目つきのするどい勝又くんと、わたし3
「もう遅いから帰るわよ」
お母さんの呼びかけに、今まで遊んでいた
子ども達が「はーい」と一斉に駆け寄り、
手を繋いで公園をあとにしていた。
午後17時半を報せるチャイムが鳴ったその頃、わたしは先生から渡された地図をもとに、薄暗くなった公営団地の公園にいた。
数匹の虫が公園のチカチカと点滅する電灯に集まってきていた。
「確か、この辺りやと思うんやけど・・」
地図にはこの辺りの団地に丸が書いてあった。
ニュータウンとして40年ほどまえに建てられたこの公営団地。学校から坂をぐっと登ったさきに見えてくる建物だ。公園を抜けて舗装された石畳を暫く歩くとB2棟と書いてある建物が見えてきた。
築年数がずいぶん経っている公営団地だ。5階建ての建物なのにエレベーターはついていない。
ぱちぱちと音を鳴らしながらついている蛍光灯の近くにあった集合ポストに「勝又」と書いてあったので確かにここだと思った。
202と書いてある。
わたしはトントントンと階段を登り、古びたチャイムのブザーを鳴らした。
ブーっと音がなり
「はぁいちょっと待ってくださいねー」
声が聞こえ出てきたのは、つっかけを履いた勝又くん、その人だった。
くたびれた白のワイシャツの袖を腕まくりして、ご飯を作っていたのか部屋のなかからは魚のいい香りがしていた。
「ぉお!笹原どうしたん?!こんな時間に…」
「これ、宮下先生から…」
用事をしていたのを止めてしまったのが、気まずくて書類だけ渡して足早に帰ろうとすると
「あ、笹原せっかく来てくれたんやし、ちょっと上がっていかん?それとも用事ある?」と勝又くんは聞いてきた。
「いや…特には用事ないけど、でも忙しいところ邪魔やろ?」と言うと
「ぜーんぜん!せっかくやし、飯食べていきなよ!」と誘い入れてくれた。
「ほんま大丈夫…?」と聞いた瞬間、あろうことかギュルルと勢いよくお腹の音が鳴り途端に顔が真っ赤になってしまった。
勝又くんはおかしそうに笑いながら
「狭いけど入りはいり!」と部屋の中に招き入れてくれた。
部屋のなかは6畳2間と台所がある手狭なつくりになっていた。その辺りにチラシやタウン雑誌がまとめて括ってある。
「爺ちゃんー母ちゃん、お客さん来たし通すでー」玄関前の暖簾をくぐると、奥の六畳一間に年老いたお爺ちゃんと、髪を横括りにしてパジャマを着たお母さんがいた。
「おぅ、いらっしゃい!一真がお客さん連れてくるなんて珍しいなぁ」と言いながら手招きをして呼んでくれた。
そしてわたしが用意してもらった座布団に座らせてもらうと
「狭いけど、ご飯出来るまでゆっくりしててや」と勝又くんは言ってから、お爺ちゃんの手元のチラシの上に乗っている剥きかけの鞘えんどうを指差して
「爺ちゃん、それ終わったら俺にちょうだい。あと食前に母ちゃんの薬忘れんようちゃんと見たってや」と言って台所にまた戻ってしまった。
「ほんまよぉ来てくれたなぁ。あんた名前はなんて言うんや?」とお爺ちゃんが聞いて来てくれた。
「笹原です。笹原まゆみです。」
「おぉ、笹原ちゃん言うんか、えーねぇ。一真お前こんな可愛い彼女おったんなら早う言わんかい!!」
お爺ちゃんが茶化すように台所に向かって叫ぶと「爺ちゃん、うっさいわ!笹原は彼女ちゃう!同級生で言うてみたら俺の恩人や!」と答えていた。
恩人…あのときはそんなつもりじゃなかったけど、そう言われると何だか擽ったい。
するとお爺ちゃんはヒソヒソと
「ごめんなぁ、アイツはまだ幼いからあぁ言うぶっきらぼうなとこ許したってや!」と耳打ちしてきた。あぁ、勝又くんのお爺ちゃんやなぁと思った。
その日のご飯は、鯵の開きと、味噌汁、ほうれん草のお浸しに、鞘えんどうと卵のスクランブルエッグそしてご飯に漬物だった。
どれも素材の味を活かした奥深くて優しい味わいで、田舎のおばあちゃんの味を思い出すほどだった。
素直に感動して勝又くんに
「…すごいなぁ、これ全部勝又くんが作ったん?」と伝えると
「まぁ、俺が小学生の頃からずっとやってるしなー」と照れ臭そうに笑っていた。
その日の帰り「ここら辺道が暗いから送ってくわ!!」と自転車を押しながら勝又くんは送ってくれた。
チャリチャリチャリ…と自転車の音だけが聞こえる静かな夜だった。
「勝又くん、今日はほんまにありがとう。めっちゃご飯美味しかった!それに素敵な家族やな!」と言った。
すると勝又くんは自転車を止めて
「あー…なんか、俺ちょっと感動してるかも」と言った。
「え、なんでなん?」とビックリしていると
「いままでさ、小中と俺の外見だけ見て恐いって見られることはあっても、こんな普通に接してもらえることがなくてさ…笹原は良い意味でほんま変わってるわ」と言った。
本当はいい格好をしていたら良かったのかもしれない。だけど、それをしてしまったら勝又くんに嘘をついてしまうと思った。だからわたしは本当のことを言った。
「たぶんうちな、あの一件がなかったら他のみんなみたいに勝又くんが恐いひとやって思い込んでたと思うねん。だけど、ほんまにそれは自分が恥ずかしいと思った」
その言葉を聞いて勝又くんはガッカリするかな…と思ったけれど、ポンポンとわたしの頭に手を乗せ
「そんなこと気にするなんて笹原はアホやな。でもそのままの笹原がええわ」と言った。
その夜は、ずっと勝又くんとの会話を思い出してはうまく寝つくことが出来なかった。
そしてわたしは、勝又くんを好きになってしまったことに気づいた。
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