番外編・勝又くんの憂鬱

皆んなが寝静まったころ…
毎晩窓をそっと開け、ベランダに出ていく。そして冷たい夜風に吹かれながら、使い古したイヤフォンで音楽を聴くのが好きだった。

聴くのは決まってギターがカッコいい曲。
ニルバーナや、エリッククラプトン
そしてスタンドバイミーやレッチリが好きだった。

初めてギターと出会ったのは、
母ちゃんがまだ元気だった中学1年生の頃。
たまたまラジオから流れてきたレッチリや、スタンドバイミーの曲に惹かれていつか…俺もギターでそんな曲を弾いてみたいと思っていた。

いまは毎日忙しくて、なかなか音楽を聴く時間が持てない。
べつに生活に大きな不満があるわけじゃないけど、もうちょっとだけ自由な時間が持てたらいいな…。

そしていつか自分だけのギターを買って、俺も演奏するんだ。星が光る夜空を見上げ、そう思った。

最近の俺はせっかく受かった高校にほとんど行けてない。
でもそれは初めから分かりきっていたことだった。遅かれはやかれ母ちゃんの具合が悪くなるのは目に見えていたし、定時制の高校を考えていたくらいなのだから…。

学校の訪問がてらサッカー部に来た宮下にあの日…、「お前の成績やったら、どこでも行けるし何でもやれる…やのになんでや?!」と聞かれた俺はなんて答えたら良いか正直分からなかった。

「母ちゃんが具合悪いから」
本当の理由はそうだったけれど、でもそんなことを初対面の宮下に言うのは違うと思った。

中学生のとき他よりちょっとだけサッカー部で活躍してた俺に宮下は声を掛けてくれていた。そしてたぶん期待をしてくれていた。
宮下はそんなせっかくの誘いに、煮え切らない俺の態度がもどかしかったのやと思う。
「俺の勤めてる高校のサッカーチームは強豪や。インターハイにも何度も出場してるし、お前なら良いところまで行けるはずや。やのに何で自分の可能性を狭めることをするんや」とも言った。

だけど俺は母ちゃんや爺ちゃんと過ごす時間を削ってまで、強豪校に行ってサッカーに専念することが良いとは思えなかった。

結果的に宮下には悪いことをしてしまってるのかもしれない。

むかしから母ちゃんは、生まれつき目つきが鋭くて赤茶けた髪色をしている俺の容姿も
「一真、あんたは世界一可愛いねぇ。
母ちゃんの自慢の息子やで」と褒めてくれた。

ほんのり温かい手で、ギュウっと抱きしめられると本当にこころから幸せだった。高校生になった今、母ちゃんの面倒を見れるのは俺しかいない。母ちゃんのことは、俺が面倒みる。これは母ちゃんと、そして爺ちゃんの3人暮らしを始めたときから心に決めたことだった。

だからこの生活に不満があるわけちゃうんや。やけど、不思議なものやな…最近ふと笹原がどうしてんのか気になることがある。

そしてなぜか家にいることが憂鬱になってしまうときがあるのだ。

笹原はどこか自信なさげやのに、変に度胸があって物怖じしない。あんなやつ初めてや。

俺がヤンチャな先輩らに囲まれてるときも、
助けようとしてあたふたしていたし…
どこかほっとけないそんなふうに見えた。

今までは皆んな
「勝又くんって、睨んでて目つき怖いね」とか「なんでそんな派手な髪色なの?」とか外見で判断する奴らばかりで、俺のことを知ろうなんて誰もしていなかった。

それなのに、笹原は…。

「あー…」
皆んなが寝ているのも忘れて、思わず大きな声を出してしまった。

「会いたい…なんて言えるわけないよなぁ…」

髪の毛を手でグシャグシャにしながら、俺は独りごちた。

笹原いまどうしてる?

俺は夜空を見上げてるで。
この空をどこかで笹原も見つめてたらいいなぁ…。

静かにふける夜をバックに、
イヤフォンからはスタンドバイミーが流れてきていた。





この度はお立ち寄り下さり、ありがとうございます。ニュイの考えに共感いただけたら、サポートして下さると喜びます!!サポートいただいた分は、今後の執筆活動のための勉強資金として大切に使わせていただきます。