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次に来るのは愛着障害ブームか?

昔から精神疾患は流行すると言われている。

多重人格障害、境界性人格障害、双極性障害、新型うつ、アダルトチルドレン……

ここ数年でいえば発達障害とHSPが二大ブームと言えるだろう。

(これらの中には医学的診断名でないものも混ざっている)


そんな中、最近目にする機会が多くなってきた言葉がある。

それは愛着障害だ。

このまま行けば近いうちに愛着障害ブームが来るのではないかと心配している。

(小さなブームは過去に何度か来ている)


愛着障害ブームの予兆


Twitterにおける出現頻度を年別に調べてみると、愛着障害という言葉は2009年から使われている。

同年に登場した回数は年間のトータルで8回。

それから年を追うごとに使用回数が増加していく。


2020年には出現頻度が1日30回前後となり、2024年現在では1日50回以上にまで増加した。

ここ最近とくに認知度が上がってきていると見ていいだろう。

そして僕はこれを非常に悪い傾向だと思っている。


愛着障害って何さ?


そもそも愛着障害とはどんな障害なのか?

辞書による定義は以下の通りだ。

乳幼児期に長期にわたって虐待やネグレクト(放置)を受けたことにより、保護者との安定した愛着(愛着を深める行動)が絶たれたことで引き起こされる障害の総称。
[補説]愛着障害を示す子供には衝動的・過敏行動的・反抗的・破壊的な行動がみられ、情愛・表現能力・自尊心・相手に対する尊敬心・責任感などが欠如している場合が多い。他人とうまく関わることができず、特定の人との親密な人間関係が結べない、見知らぬ人にもべたべたするといった傾向もみられる。

デジタル大辞泉(小学館)

公式の診断基準であるDSM-5とICD-11では、

  • 脱抑制性対人交流障害

  • 反応性愛着障害

という診断名になっている。

それぞれの定義をここに貼ると長くなってしまうので、興味のある人は各自で調べてほしい。

重要なのは本来ごく稀にしか診断されないレアな障害であるということだ。


ところが現在ネット上では愛着障害という言葉がいたるところで見られる。

明らかに元々の定義を知らないであろう人間が愛着障害を自称していたり、誰かを愛着障害だと決めつけていたりしているのだ。


本来の定義と大きく異なる「愛着障害」


愛着障害という言葉を現在のような形で世に広めたのは、おそらく精神科医の岡田尊司氏だろう。

現在50冊以上の著作が出版されており、その多くが「生きづらさ」の原因をなんらかの病名(正式でないものも含む)に関連づけて説明する内容である。


そんな彼の著作の中でもっともAmazonのレビュー数が多いのが

『愛着障害~子ども時代を引きずる人々~ 』

という2011年に発売された本だ。

2024年4月時点で949件もの評価があり、非常に多くの人間に読まれているのが分かる。


注目したいのは、この本で語られる愛着障害はDSMやICDが定義する愛着障害とはまったくの別物だということである。

つまり岡田氏オリジナルの「愛着障害」なのだ。

そしてこのオリジナルの定義を採用すれば、非常に多くの人間が「愛着障害」に当てはまってしまうのである。

さらに成人でも、三分の一くらいの人が不安定型の愛着スタイルをもち、対人関係において困難を感じやすかったり、不安やうつなどの精神的な問題を抱えやすくなる。
(中略)
こうした不安定型愛着に伴って支障を来している状態を、狭い意味での愛着障害、つまり虐待や親の養育放棄による「反応性愛着障害」と区別して、本書では単に「愛着障害」と記すことにしたい。

岡田尊司『愛着障害~子ども時代を引きずる人々~』光文社新書.


3分の1も当てはまるなら障害でもなんでもない気がするし、紛らわしいから別の言葉を使えばいいような気もするが、とりあえずそれは脇におこう。

岡田氏によれば、(彼が考える)愛着障害には以下のような特徴が見られるという。

  1. 信頼や愛情が維持されにくい

  2. ほどよい距離が取れない

  3. 傷つきやすく、ネガティブな反応を起こしやすい

  4. 過去の傷にとらわれやすい

  5. 気疲れしやすい

  6. 依存しやすい

  7. 青年期に迷いやすい

  8. 本心を抑えて相手に合わせてしまう

  9. 自分をさらけ出すことに臆病になってしまう

  10. 拒否されたり傷つくことに敏感になる


これは同書で語られた特徴の一部だが、多少なりとも内向性を持つ人間ならほとんどの項目にある程度当てはまるのではないだろうか。

いくつかはバーナム効果の例文に使われていても違和感がない。

こうした特徴をすべて「愛着」に結びつけるのは無理があるだろう。


凄まじい「こじつけ」


岡田氏の本を読んで思わず笑ってしまったのは、あまりに何でもかんでも愛着障害に「こじつけ」ていることだ。

彼は太宰治やルソーといった偉人のエピソードを次々に紹介する。

そして偉人のあらゆる性格や行動を「愛着障害に典型な特徴」として説明するのである。

挙句の果てにゴータマ・シッダールタまでもが愛着障害にされたときにはブッタまげてしまった。


参考までに岡田氏が愛着障害の典型として紹介した人物を一覧にしよう。

  • 川端康成

  • ジャン=ジャック・ルソー

  • 夏目漱石

  • 太宰治

  • ミヒャエル・エンデ

  • ビル・クリントン

  • ヘミングウェイ

  • スティーブ・ジョブズ

  • 高橋是清

  • 種田山頭火

  • ジャン・ジュネ

  • 釈迦


岡田氏の本を読んでいると、哲学者のカール・ポパーが精神分析やマルクス主義に対して述べた皮肉を思い出す。

このようにして、いったん目がひらかれると、いたるところにその理論を支持する事例が見えるようになり、世界はその理論の検証例でみちあふれていることになる。
(中略)
マルクス主義者が新聞をひらけば、どのページにも自己の歴史解釈を支持するような証拠が必ずといっていいほど見つかる。しかも、それは報道記事だけでなく、その新聞の階級的偏向をあらわに示しているような記事の書きかたや、とくにその新聞が述べていない事柄についても勿論、そうなのであった。

カール・R. ポパー『推測と反駁』(藤本隆志ほか訳) 法政大学出版局.


岡田氏はほかにも

  • 『発達障害「グレーゾーン」』

  • 『カサンドラ症候群』

  • 『父という病』

  • 『母という病』

  • 『夫婦という病』

といった様々な「病気」の本を執筆しているが、彼の手にかかればいかなる人物であっても何らかの病名がつけられそうだ。


しかしAmazonのレビューを見てみると、彼の著作はどれも評価が高い。

そしてメチャクチャ売れている。

病名をつけられることや自分について説明されることをありがたく感じる人が世の中には多いのだろう。


スッキリの危険性


岡田氏の著作に対するレビューで目につくのが

「もやもやが晴れてスッキリしました」

「生きづらさの正体に納得できてよかったです」

といったコメントだ。


一見すると何の問題もないコメントに思われるかもしれないが、僕の目には非常に危険なコメントに映る。

というのも、歴史上における数々の悲劇は「説明」に納得した者たちによって引き起こされたからだ。

ナチスドイツのユダヤ人陰謀説はその最たるものだろう。


世の中は複雑怪奇な構造をしており、白か黒で割り切れるものなどほとんどない。

無理やり納得しようとすれば必ずこぼれ落ちるものがある。

納得と思考停止はいつも同時にやってくるのだ。


いかようにも解釈可能なものから単一の因果関係を読み取るのは、極端に走りやすい人に共通する特徴である。

ラディカルな反ワクチン論者は、あらゆる不定愁訴からワクチンとの因果を読み取る。

ラディカルなコロナ恐怖論者は、あらゆる不定愁訴からコロナとの因果を読み取る。

偉大なる妄想家は、あらゆる心の問題から「性」との因果を読み取る。


あらゆる心の問題から「愛着」との因果を読み取るのも本質は変わらない。


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