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初めて彼に選んでもらった、部屋眼鏡

私は広告代理店で働いている。今まで、同業の女性に聞いて一人の漏れもなく全員読んでいたのが、おかざき真里作の『サプリ』だ。

この漫画の中で広告代理店で激務に勤しむ主人公は、家モードから仕事モードへの切り替えに「戦闘準備完了」とバレッタで前髪をアップにする。働く女には、幾つも顔があり幾つも儀式が必要なのだ。

私にとってこの儀式にあたるのが「コンタクトレンズをはめること」。これによって、目が奥までしっかりと開き無理矢理にでも目が覚め渋々社会に混ざっていく覚悟ができるような気がするのだ。だから、外出時は必ずコンタクトレンズをはめる。

逆を言うと、唯一メガネで過ごすのがこの後に外に出る予定のない部屋の中である。干物女よろしく謎の水滴のついたJINSで買った一番安い黒縁眼鏡で過ごすのがダメで堕落した自分を甘やかすにはちょうど良いと思っていた。

しかし、ある時旦那に「一緒にいる時間しか眼鏡かけてないよね?似合いそうな眼鏡があるから、買ってもいい?」と言われた。彼は正直ファッションには無頓着だし、私の強いこだわりを知って私に何かを身につけさせようとしたことは一度もなかったのに、だ。

そんなにやばいか?と思いながら私は、彼に連れられて金子眼鏡に向かった。「これがいいと思う!」と渡された目鏡は黒縁のウェリントンながら、眉間には金のパーツが主張する個性的な眼鏡で、サイドの繊細な金細工が美しかった。「自分の眼鏡を修理しにきた時に、絶対に似合うと思って。」

その時にハッとした。眼鏡モードは私にとってはオフモードだが一緒にいる彼にとっては、自分にしか見せない特別な姿だったということに。もちろんオフの時くらい、オフしたい。でも、その中でもいつまでも思いやりを持ち彼に愛されるような姿の自分でいるようにもしたいと思ったりした。


2019/07/20再掲 NAKAO AYUMI

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