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絵文字 演☆習    

画像が粗くてスミマセン🙏

表紙早々、読まれる気がしない記事。

さてっと…(気を取り直して)前回の「全部口から出ちゃう系」ともつながる話と思います。
独り言というのは自分から もれ出たある種の”過剰さ”とも考えられるわけで…。
その同じ線上に私の”過剰に芝居がかった仕草”も挙げられると思うんです。
どういうことかと申しますと、古畑任三郎的というか…

田村正和さんがすればそれは名演

1,考えるときに鼻に指をあてる

例えば、古畑任三郎的に👆
額や頭に指をあてて考えたり…

2,額に手の平をパチンとあてて😫

いっけねーヤ!😫みたいな仕草を失敗した時にしてみたり…

3,じゃっ!とかヨッ!の挨拶がこれ

「こんなこと私してませんて!」と本人は思ってますが…

人からの証言による検証

上記のは多分に絵文字的🤔
この仕草を十分じゅうぶん時間をためてしていたところ
後輩から「教頭先生」とツッコまれる羽目に。
「ほほぅ、そうですかぁ」て吹き出し💭がつきそうなムードだったらしく。

は、ケアレスミスをして、
本人は無意識で上司の前でとった反応(仕草)です。
「その”いっけーね~や”みたいな仕草はいいからっ」って
言われてハタと気づいた(自覚した)わけです。

は、むかし新入社員に
「奥さん(わたし)はこうやって現れました」と言われました。
ええええ?
そんなことあんのか!
こんなのって、トレンディドラマで石田純一がやるヤツだろ?
って思ってましたけど…

…とか何とか言ってこの時代の石田純一が好きだったワタシ。

そう言えば最近も、思い当たるフシあり

ある昼下がり…私はとある場所で苦情を申し上げたのです。
「○○と書いてあるけれども、そーなってないじゃん」みたいな。
そうしましたら担当者がやってきて、
ワタシの勘違いだったと判明したわけです。

こちらに非があったことの気まずさを埋めるために
私は即座に指パッチン
🤞「あ、そういうことネッ!」
…考えと動きが同時!
それってもう身についちゃっているお家芸?

絵文字 演☆習

演ってるやってる自分が解説すると
何かが恥ずかしかったり、演出的ドラマチックにした先の過剰な仕草が「絵文字 演☆習」の意味するところです。

絵文字は”分かりやすさ”のひな型

まあ、絵文字だから…。
絵文字だから舌を出してみたり😋
目が> <になったり😖するんだと思いますが
それを実際には、ほぼやって演ってみて習てはいないわけですね。実際にやるとナンセンスになってしまう。

結論

私は、独り言めいたものが全部口から出ちゃうし、
絵文字仕草も多めで、それって色んなものが
過剰に自分からあふれ出ちゃってるってこと?!

過剰こそ我が意

自分の作ってた壁新聞『ガシガシ賀詞賀紙』がいつも文字が多くてはみ出てる。

インスタの紹介も同じ
アイコンの「ガ」も、はみ出

壁新聞をパッと見た人から
「(なんかよくわからんけど)情熱やエネルギーがすごい」
とそのほとばしるエナジーだけは感じていただけてることが
『ガシガシ』の何よりの美点かとおもう。

too much

ってなわけで、オレの…いやガシガシの存在意義⁈である
過剰さをこれからもグイグイ出していく…
やりすぎるのもガシガシのウチってことで。

ただ、最後にこう言っちゃあ何だけど、
「書いたものと、言ってる本人が違う」ともよく言われてきました。
書かれたもののキャラクターと本人のやっていることが一致してない模様。
言文不一致じゃん?
えっ?何言ってんの??

なんかちっともまとまらねーや。
では、今宵はこんなところでな。
ごきげんよう。





表:書いたもので「恥ずかしさの先頭に立つ!」 裏:読んだあとに「なんとはなしにおしゃべりしたりお散歩したくなるような…」そんな”かの地”まで帆走おねがいします。