見出し画像

2.イントロ ー 翔

「ではまた、来週の水曜日あたりに最終チェックさせてください。」
「わかりました。時間とかはまた連絡ください。空けるんで。」


対バンライブまであと2週間とせまり、会場との打ち合わせや各バンドのセットリストに合わせた照明のプランニング、進行など、準備が大詰めを迎えていた。


「オレ、これから練習だから大学もどるわ。」
「了解。」
「飲み物とか買っといてくんない?酒類と、お茶と、ジュースかな。」
「お茶とか必要か?いつものメンツだろう。」
「朱里ちゃんたち呼んだから。つまみは任せた。」


任せる相手を完全に間違えている。真人は捨て台詞を残して車のエンジンをふかした。窓越しによろしくといって爆音をたてながら走っていった。悩んだ末、真人のバンドメンバーで、まあまあ仲がいい、ベースのトウジに電話して付き合ってもらうことにした。いったい、女子は何を食べるのかと考えながらヘルメットをかぶった。


買い物を終え真人の家に着くと、すでに全員そろっていた。朱里たちに会うのは久しぶりだった。セッティングをして皆が座った。真人の両隣はきまって女子が座る。今日はそれが実緒とスミカだった。スミカの隣でオレの隣に朱里が座った。

「よし、じゃあ始めるか。みんなお疲れ。乾杯!」
「かんぱーい。」


一杯目は飲み干すという謎のルールにのっとり、全員がグラスを空けた。それからしばらくはテストの話や真人たちのデビュー話などが続いた。少し酔い始めたころから音楽をかけ、各々話の合う仲間と楽しんだ。朱里がキッチンへ行くとすかさずスミカが近づいてきた。


「先輩、なんで朱里に連絡しないんですか。」
「なんでって、そもそも連絡する用がないでしょ。それ以前に番号知らないしさ。」
「用事くらい作ってくださいよ。」
「酒、飲んだの。」
「未成年です!」
「…そうでした。」
「そうじゃなくて。あの、先輩、彼女さんいますか。」
「いないけれど…何で?」
「じゃあ、言わせてもらいます。朱里のこと、ちょっとは見てあげてください。」
「と、唐突だね。」
「なんか、私たち、いつも一緒にいるけれど、時々一緒にいても一緒じゃないっていうか、笑っていても目が死んでるみたいっていうか。でも何かあったのって聞くと、大丈夫、平気、何もないとしか言わないし。」
「あいつがね。」
「課題のこととか、失恋とか、何でも言ってくれれば、慰めようがあるんですけど。」
「いっぱいいっぱいなんだよ、きっと。無理して。」
「だったら、キツいって言えばいいのに。」
「無理してでも、君たちと一緒にいたかったんじゃないのかな。」
「それはうれしいけれど。…今日もちょっと強引に連れてきちゃったし。」
「自覚あるのね、そういうところは。まあ、君も心配だから誘ったんだろう。」
「先輩のほうが付き合い長いし、朱里のことをもっとわかってると思うんです。」
「それはどうかな。本人が話をしてくれなきゃわからないことだってあるでしょ。」
「別れた相手ほどいい相談相手はいません。」
「どういう理屈だよ。‥‥‥‥わかったよ。」
「あともう一つ、お願いしていいですか。」
「どうぞ。」
「真人先輩のタイプと、好きなものと、あと誕生日、教えてください!」
「ま、真人ね。」


ラインしますねと言い、すぐさまキッチンから戻ってきた真人に話しかけた。彼女のバイタリティーには頭が下がる。それからまた、たわいのない会話で盛り上がっていた。


「いや、大丈夫です。ちょっと風にあたってきます。」
「でも、今日寝てないんでしょ?それに夜道でひとりじゃ危ないし。翔、一緒にいってやれよ。」

真人の言葉に、ケータイを手にして立ち上がろうとした途端、朱里が倒れた。

「ち、ちょっと朱里、大丈夫?」
「真人、ベッド。」
「あぁ。」


抱き上げた朱里は青白く、冷や汗をかいていた。ベッドに寝かせると、スミカがホットタオルをオレに渡してきた。そのままスミカに返して、いったん寝室を出た。さすがに汗をふけというのは無理だ。しばらくしてドアが開き、スミカが顔を出した。よく寝ているようだった。


「朱里ちゃん、昨日徹夜だったっていってたんだよね。昼間からあんまり調子よくはなかったみたいだったけど、大丈夫だって言い張ってたっけ。」
「変わらないな、そこは。」

「お前さ、いつになったらちゃんと向き合うんだ。今の朱里ちゃんにはお前が必要に見えるけど。」
「どうだろう。」
「それとも、ケイトさんのこと、引きずってるとか。」
「それはない。」
「だったら。」
「前にも言っただろう。オレが一方的に好きだっただけで、振り回してたって。」
「中学と今じゃ違うだろう。その一方的ってのも、お前がそう思ってるだけで朱里ちゃんだって好きだったかもしれないし。」
「それはない。」
「じゃあ、何だったらありなんだよ。もしかして、しばらく恋とかはいらないって感じ?」

深くため息をつき、ベッドに寄りかかるようにして座った。真人はでデスクの椅子に腰かけた。

「卒業して、何も言わずに音信不通。そのまま4年。偶然再会して実は昔好きだった、なんて虫が良すぎだろう。」
「なんで昔なんだよ。」
「中学なんて昔だろう。」
「今だろ、今。お前の初恋は終わってない。」
「ちが…」
「違うとは言わせない。オレには隠せない。」

「…もう少し、考える。」
「考えるのもいいけど、手遅れにならないようにな。」


真人はそう言って寝室を出て行った。ライブが終わったらバイトが始まるし、色恋どうこうという余裕がなくなる。何より朱里のことは忘れられなかっただけで、進展させたいという気持ちはなかった。おもむろにシガーに火を付けた。

「すみません。」
「起きたか。」
「もう平気です。寝不足なだけなので。」
「本当にそれだけか。」


シガーの火を消し、朱里の顔色を確認した。まだ調子が戻っていないようだった。

「真人先輩にも言われました。体調管理、大事だって。」
「それだけじゃないだろう。今のお前、あの時みたいな…」
「あははは。まさか。授業とか試験とか、ちょっと大変だっただけですよ。ほら、ライブも近いし。無理したのがたたったんです。」


相変わらず、他人行儀な口調だ。どう考えても距離を置いている。真人が言う通りにはならないと感じた。

「信じていいんだな。」
「そんなオーバーな。徹夜明けで練習して、この騒ぎですから、疲れますよ。」
「休むときは休めよ。昔みたいに胃が痛いとかいう前に。」
「すみません。」
「もう少し寝てろ。まだ顔色が悪い。」
「すみません。」


「朱里さ… 散歩したくなったら連絡しろよ。付き合ってやるからさ。」
「ありがとう、ございます。」


自分で言い放っておきながら、信じられなかった。彼女を安心させるためとはいえ、もっと違う言葉があったはずだ。ケイトと別れて数か月だというのに、どうかしている。あれやこれやと考えるうちに、ベッドに寄りかかったまま、寝落ちした。

ベランダの扉を開ける音で目が覚めた。振り向くと朱里がベランダから外を眺めていた。後ろ姿が妙に寂しそうだった。


「起こしちゃいましたね。すみません。」
「別に。」


急に気まずくなってシガーをふかした。声をかけようにも、何から言ったらいいか整理がつかずにいた。


「根つめるなよ。」
「平気だってば。」
「変わんないな、その言いぐさ。」
「わるかったですね。口が悪くて。」
「大丈夫そうだな。そんだけ言い返せれば。」


笑った。それが元気になったという証だろう。ほっとした。自分のことより、倒れたせいで場の雰囲気を壊したのではないかと心配するところは彼女らしい。周囲のことが考えられるようになったらのなら、本調子なのだろうと思った。

「朝ごはんでも作ろうかな。」
「お前、料理できんの?」
「…さぁ。」

思わず笑ってしまった。何を気にしていたのだろうか。真人の言う通り、気持ちなんてコントロールできるものではないはずなのに。朝陽を浴びながら、夏の青臭さを感じた。

ーーつづくーー


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?