太鼓の音は聞こえているか?

 12月になりましたね。
 そろそろ、今年のベスト映画を決めていきたい頃ですが、まだ30日もあります。あと、何本観られるでしょう?
 アニメ映画は既に今年のベストが固まっています。
 それは「君たちはどう生きるか?」でもなく、「スパイダーマン・アクロス・スパイダーバース」でもなく、「雄獅少年/ライオン少年」です。

 中国の田舎町に住む広東省に住む少年チュンは、祖父と二人で暮らしています。両親は、チュンを大学に進学させる為に大都会広州に出稼ぎに行っています。ある日、チュンは、中学獅子舞の姿をみて、この獅子舞を自分もやってみたいと憧れます。
 町でバカにされている友達とチームを組み、獅子舞の達人だったと言われている塩漬け魚屋さんの主人チアンの元で修行をします。三人一組で、獅子の頭を持つ係、獅子の後ろを持つ係、太鼓を叩いて踊りのリズムを作る係に分かれます。
 チュンは友達が叩く太鼓の音に合わせて、獅子舞を操れる体力を持ち、表現力も手に入れ始めます。これで大会にエントリーして活躍しよう!
 ところが、物語はここから急変します。
 なんと、チュンの父親が過労で倒れてしまったのです。
 父親の代わりにチュンは日雇い労働の為に広州に行きます。
 都会へのバスに乗る時、師匠のチアンはチュンの友達と一緒にバスを追いかけながらこう言います。「いいか!練習を続けろよ!心の中に太鼓を鳴らし続けていれば、お前は獅々だ」というような内容だったと思います。僕はこのシーンでボロボロ泣いてしまいましてね。
 チュンは様々な仕事をすることになります。
 工事現場や荷物の宅配など、肉体労働が多く、何人もの大人たちが寝ている大部屋で寝なければいけない時もあります。この映画の隠れたスパイスとして、格差社会があると思います。どんどん田舎町への電話もしなくなっていくチュン。彼の特技である獅子舞は労働の前では全く必要のないものになっていきます。
 「花束みたいな恋をした」の麦くんが、あんなに好きだった絵をやめてブラック企業に就職してから本を読まなくなり、スマホゲームしかできなくなるところを何故か思い出しました。求めるのは、今この瞬間、今月役に立つことで、今すぐに成功体験を得られるものであって長いスパンで心を豊かにするものは、疲れた身体には響かないのかも知れません。
 それでも、チュンは朝早起きして獅子舞の練習をしていました。しかし、もっと稼ぎが良いところがあるからと誘われたチュンは、ついに獅子舞をドサ部屋に置いたまま旅立ってしまいます。
 ちなみに、この話には続きがあるので、もし、この週末に観る映画が決まってない方は観てみてください。
 
 さて、この映画がなんでこんなに好きかというと、前半のキラキラした青春部活映画みたいなノリも良いんですが、やはり、後半の生活にどんどん文化や芸術が飲み込まれていくところが、今の自分にしっくり来てですね。
 今年の春にわりと安定した職を辞めて雑誌を作ったり、電子書籍を売っていく為にダブルワークが大丈夫な職場に転職したんですが、なかなかハードでしてね。人生で一番残業と休日出勤をしているのに、人生で一番給料が安いというベリーハードな毎日でしてね。
 たとえば、この文章を書いている今頃は繁忙期で、朝出勤して家に帰るのは23時頃になります。だいたい職場に12時間以上拘束される日が続きます。
 ふと、休憩時間に空を見ながら、「ああ、こういうこと書きたいな」と思ったり、「週末の記事はまだあそこ直さないとアップできないな」とか考えます。そして、また黙々と仕事に戻ります。その時間の間、僕が積み重ねてきたスキルは全く必要とされません。この半年間でどんどん目の下のクマが大きくなり、徹夜が続くとほほに蕁麻疹が出るようになりました。マスク社会で良かった。それでも生活していくためには、自分の好きなものを作っていくには働き続けるしかありません。ときどき、あまりにも疲れて寝てしまいたくなることがあります。それでも、ちょっと書いてから寝よう、とか、せめて、資料になりそうな本を読み進めてから寝よう、と無理やり何かをして寝ます。それは、そういう文化的な行動をとっておかないと、自分がどんどん消費されて終わりそうな怖さがあるからです。
 転職してからの半年間で何度も雑誌の企画を立ち上げようとして、交渉が上手くいかなかったり、タイミングが合わなかったりとなかなかうまく行きませんでした。今年の2月に雑誌を出してから自分のメディアはずっと動かないままでした。ただただ、労働をして企画書を書いて相手にされず、それでもあきらめずに別のアプローチをして、労働をして。
 徐々に何もかも辛くなってきた時に、このテーマならいけるんじゃないかということが閃き、そこからはあっという間に執筆陣と交渉して雑誌作りに取り組んでいます。
 12月3日からはこの雑誌のクラウドファンディングが始まります。
 残念ですが、この日も僕は休日出勤で初動を確認できるのは、昼休み。
 本格的に動けるのは夕方からです。
 ちなみにこの記事がアップされる12月2日も休日出勤です。
 多分、仕事をしながらも、僕の心の中では太鼓が鳴っていると思います。
「帰ったら何を書こうか」、「まだあの原稿の書き起こしが終わってないな」、「無料公開するのは、まず僕のあの記事のあの部分からだな」とか、虚ろな目で笑っていると思います。
 怖いけれど、今、生きてる感じがするのは、やっぱり何かを創っている時間だと思います。
 あなたの心にもまだ何か太鼓の音がしているなら、是非、読んで欲しい1冊です。

※12月3日の日付が変わった0時から開始です。

こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。