"QUADLIPS"は我々にどんな新しい世界を見せるのか?
ヒット曲とは?
『1人が100回聴くこと』、『10,000人が1回聴くこと』どちらが「ヒット」ですか?
こんな刺激的な問いかけで「ビルボードジャパンの挑戦 ヒットチャート解体新書 データを読み解きアクションを加速する」という本はスタートします。ビルボードジャパンチャートデレクターである礒崎誠二さんが書いたこんな刺激的な問いかけから始まります。
もともとアメリカの「USビルボード」と提携関係を結んで作られたビルボードジャパンですが、「ヒット」だけではなく「チャート」を読み取れるものにするという考えがありました。現代のヒットだけでなく、その国の音楽の過去も未来が包括されているというのが「チャート」であると。
ビルボードジャパンがスタートした時、販売数だけでなくラジオでの聴取回数もカウントしました。その結果、「このチャートからは音楽が聴こえる」というコメントがあったそうです。ビルボードジャパンがスタートした2008年頃から日本のヒットチャートは、「売れているけれど、聴いたことの無い曲」が増えていきました。
その背景にあるのが、CDの複数購入です。
これには、僕が好きなSKE48も含む48グループが生んだ「AKB商法」と呼ばれるもので、一枚のCDに握手券などの特典を付けたりバージョンを複数枚つけたり、という方法です。この方法は20年代の今となっては当たり前でテイラー・スウィフトですら限定の特典を付けて複数枚売るという手法をとっています。ただ、曲の良さや価値を考えていく時に、この複数購入という仕組みは、チャートの数値をかき乱すものになります。
そこで、ビルボードジャパンは、2010年にダウンロード回数、2015年にストリーミング回数、2018年にカラオケ回数もヒットチャートを構成する数値に含んでいます。
音楽を楽しむスタイルが時代と共に変化していることもあるかもしれません。ただ、聴くことや買うことだけでなく、自分で踊ってみたり踊ってみたりした様子とTikTokやYoutubeなどにアップするというスタイルは、今では珍しくありません。また、わざわざCDを買うのは面倒です。データとしてダウンロードして聴く形式や動画サイトでMVを観るという方が易しいです。
こうして、複数購入でチャートが乱れることは回避できるようになったかと思いきや、今度は、ファンが動画の再生回数をガンガン回していくという恐ろしい動きが起こり始めます。その結果、再生回数は物凄くあるのに、ライブを単独で行えないアーティストが生まれてしまうという矛盾した状況が生まれてしまいました。多分、このイタチごっこは永遠に続いていくのだと思います。
さて、この本で興味深い点がいくつかあります。
一つは、ファンのタイプの違いです。
楽曲に起因したファンとアーティストに起因したファン。
たとえば、アニメのタイアップ曲になった曲は、楽曲起因のファンとなります。そこからその曲を歌っているアーティストの他の曲も聴いていくタイプのファンです。
それに対して、アーティスト起因のファンは、先にデビュー前のオーディションからその姿を応援していきます。そして、楽曲を手に入れてデビューという物語を愛でるタイプのファンです。
ちなみに、この2タイプは、アーティストがある状態まで成長すると合流します。たとえば、あるアーティストがオーディションを経て、デビューしました。この時点ではアーティスト起因のファンが多いです。そこから、楽曲起因のファンが徐々に増えて行くわけです。その逆のパターンももちろん、あると思います。近年では、顔を出さずにオリジナルの楽曲だけを出しているアーティストも多いです。そこから少しずつアーティストの内面をしっていくというやり方ですね。あなたはどんな感じで自分の好きなアーティストを知っていったでしょう?
SKE48は、AKB48の総選挙の影響でアーティスト起因ですが、欅坂46は楽曲起因です。
2つ目の興味深い点は、日本初のグローバルヒットの曲は、国別にみていくと、まだまだ少ないという点です。グローバルチャートの対象となる25万曲の中からわずか260曲、全体の0.4%です。KーPOPは全体の4%。USが53%です。そして、各国のチャートはローカル化も進みつつあり、日本で作った曲が日本のチャートのほとんどを占めているという状況です。旅行して、その国の文化に触れて、さまざまなものを持って帰るように、音楽を日本から持ち帰る外国人曲も増えて行くと面白いのでは、読みながら思いました。
ちなみに、データを元に櫻坂46と日向坂46を比較したり、NewJeansとLE SSERAFIMを比較したりしているのは、データで見るからこそ明確になる課題も勉強になりました。
加速する魂の熱さ
さて、前置きが長くなりましたが、"QUADULIPS"は、上記の現在の音楽シーンにおいて、どのような刺激を与えてくれるでしょう?
まずは、デビュー曲の「Catch Me Kiss ME」のMVを鑑賞しましょう。
普段、聴いているアイドルの曲とは少し違う雰囲気の曲でしたね。
大人向けのカッコイイ楽曲になっていると思います。
それでは、まず、歌詞の世界を見ていきましょう。
※日本語に翻訳した文の後に英語の元の歌詞を入れています。
ドアや壁という「あなた」や「君」と歌い手を隔てるものを否定し、その内面の奥にあるコアである「心」に火を点けていくという宣言からこの曲は始まります。
「maybe」を「多分」で訳しても通じると思うのですが、「丁寧な提案」としての用法で使ってみました。英語に強い方、間違ってたらアドバイスをください。
彼女たち"QUADLIPS"が生み出していく音楽やパフォーマンスに触れてみてはどうか、という風にも聞こえます。
「squad」をスラング的に「仲間」として訳しました。
音楽業界というシーンに介入していき、全部ぶっ壊していく。
そして、ビートと共に加速していく彼女たちのスピードについてこれるのか?
とても挑発的で魅力的な歌詞ですね。
「ターボパワー」とは、車に搭載されているエンジンのパワー補給する装置でしょうか。だとしたら、先ほどのスピードとの関連も伺えますね。
ここの歌詞では比喩的な表現が多用されます。
ポスターとジェットコースター、上へ下へ回転していくにしても、スピードが違いますよね。そして、誰かの冗談なんて聞こえないスピードで進んでいきます。
そして、1番のサビです。
ここまでの歌詞を読んで行くと、物凄いスピードで壁や扉をぶち破っていく彼女たちを果たして捕まえられるだろうか、と思わせるサビですね。
さて、ここからは音楽のスピードが落ちて、再びラップパートになります。
観客の視線を独占していく歌詞がカッコイイですね。
彼女たち"QUADLIPS"が生み出す熱さがどんどんフロアに広がっていくようです。その熱さはそのまま次の歌詞に繋がっていきます。
"QUADLIPS"の生み出す熱で、もう聴いている「君」や「君の友達」が溶けていくという歌詞がユニークですね。フロアだけでなく街でも鳴り響くというのがいいですね。この後は、2回目の歌詞ですが、内容が同じなので、省略します。サビを挟んだ後の少し静かになった終盤の歌詞を見ていきましょう。
ものすごくロマンチックでカッコいい終わり方だと思います。
個人的には、「Get busy get lit over here」という歌詞がカッコ良くて好きです。日本のラッパーの”Mummy-D”の「同じ月を見ていたfeat.ILL-BOSSTINO」という曲に登場する僕が好きなバースに似ていて、とても胸が熱くなります。
歌詞の世界を見ていきましたが、"QUADLIPS"が音楽シーンに登場することのインパクトを歌った素晴らしい歌詞だと思います。こうして歌詞を頭に入れて聴いて行くと、曲の疾走感と時々変わるテンポは上へ下へと動くジェットコースターのようですね。そして、彼女たちは、これから世界の音楽シーンに繰り出していきます。様々な野次も飛ぶかも知れません。しかし、彼女たちは、そんな罵詈雑言も追いつけないスピードで月の高さまで駆け上がっていく。通り過ぎた後には音楽が響いていく。そんなことをイメージさせられる曲でした。
可能性に満ちた世界観
さて、"QUADLIPS"は、冒頭に挙げた「ビルボードジャパンの挑戦」でいえば、アーティスト起因のグループだと思います。日本のSKE48の"HINA"、JKT48の"FENI"、BNK48の"FAME"、そして、MNL48の"COLE"とこのグループが結成される前から、4人それぞれが自分のアイドルグループにいました。そこから、現在の"QUADLIPS"というプロジェクトの為に集結しました。今回、ついに楽曲を手に入れたことで、"QUADLIPS"のアーティストとしてのイメージが見えてきたのではないかと思います。4月5日に日本でコンサートがありますが、それまでに追加で新曲が発表されるのか、それぞれが所属していた48グループ曲のダンスナンバーは披露するのか。それはまだ分かりません。ただ、この「Catch Me Kiss Me」で提示したカッコ良さの延長線上にあるものでくるのか、大きく予想を裏切ってくるのか、楽しみです。
また、各国でローカル的なヒット曲があることに対して、"QUADLIPS"はタイのバンコクで活動をしていますが、彼女たちの音楽は、独自の"QUADLIPS"という国を作っていると思います。この国はまだ建国されたばかりで、どんな成長を見せていくか分かりません。今回、僕が楽曲やMVから感じたのは、スピードと熱でした。
ちなみに、MVはカットの切り替わりが早く、一回では全ての情報を読み取れるものではないと僕は思います。ただ、この仕掛けに対して僕は大賛成です。「ビルボードジャパンの挑戦」の中で礒崎誠二さんと「BE:FIRST」のプロヂューサーである"SKEーHY"さんとの対談で、こんな興味深い言葉が登場しているからです。
「MVにしろ楽曲にしろ、1回聴いてインパクトがある、1回見てインパクトがある、だけど100回見ないと気づかないような仕組みを入れておくとか、過去作、その前、その前まで見ないと分からない仕組みを入れておくとか、そういうことは絶対にやり続けたい」
推しの為にMVを作業的に100回も見続けるのではなく、見ることで発見がある。このMVでも1回見るだけではわからない魅力が沢山あると思っています。
アーティストの為に複数買いしたうちの1枚もお小遣いを必死で貯めて買った1枚もチャート上では1枚という数字に過ぎません。推し活のための100回再生も自分の人生で最高の1曲を100日間1回ずつ再生しつづけることもチャート上では同じです。
曲の価値をつけていくのは、我々です。
だとしたら、僕はこの"QUADLIPS"の「Cath Me Kiss Me」に新しい48グループの可能性を託したいと思います。
後年、振り返った時に、このグループの誕生が分岐点だったと。
熱とスピードのあるこの曲があなたの街でも響きますように。
こんな大変なご時世なので、無理をなさらずに、何か発見や心を動かしたものがあった時、良ければサポートをお願いします。励みになります。