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【初投稿】 気まぐれな切符くん

それなりに年を重ねたせいもあるのか昔よりものを“無くす”ことは減ってきた。


昔はよくものを無くしたものだ。


ベタに電車の切符。今考えると理解するまでに時間を要するが、幼い頃は切符を出発駅から目的駅まで持ち続けることがとてもかっこいいことだと思っていた。親に預けることはどこか負けたような気がしてならなかった。


だが不思議なもので切符を買い、改札を通り、親からの打診を断ることで不戦敗を回避し試合開始のゴングがなってある程度電車に揺られ残り3駅ぐらい(2005年の阪神で言うと藤川が投げ始める)時点で切符は忽然と姿をくらます。

下半身地区のライト・ポケット家にホームステイしていたはずの切符くんはご飯がまずかったのか寝具が合わなかったのかわからないがいつのまにか家出しているのだ。


そうなるともう冷や汗が止まらない。プチパニック状態に陥る。

まず改札で親に投了しなかった自分を脳内でぼこぼこにする。

そして「預けたら負け」という考えがいかに愚かだったかということを知る。

しかしそんなことを考えているうちにも列車は着実に進んでいる。

いきなり始まったカウントダウンに焦りながらもう一度ライト・ポケット家に半ば強引に押し入るがやはりいない。ホストファミリーも出かけてしまっているのでどうしようもない。念のためレフト・ポケット家も訪問してみるがそこは数年前から空き家になっているため誰もいない。


無理やり深呼吸をしようとして冷静になろうとするが完全にテンパっているため浅呼吸しかできない。


「次は~○○~。○○~。」と車掌がけだるそうに告げる。あと2駅だ。やばい。

「君は~なにを~やってるんだ~」と車掌にも言われている気持ちになった。

このままだと最悪のスタートを切ることになる。


あとはどこがある?と考えを巡らすとライト・ポケット家が“はなれ”を所有していることを思い出す。

ライト・ポケット家からカーブを曲がってすぐのところにある、例の“はなれ”だ。

僕は急いで向かった。

その“はなれ”に到着しインターホンを押すと中から返事が聞こえた。

僕は心の底から安堵した。ここにいたのか切符くん。探したぞ。

しかしガチャという音とともに登場したのはまさかのやつだった。

その当時よりさらに幼い頃によく遊んでくれていたティッシュくんだった。

唐突すぎる再会に戸惑いを隠せなかったが、切符くんの居場所を聞いてみた。

そうするとティッシュくんは「知ってるわけないだろ」と吐き捨てるように言った。

そして「今作業してたのに邪魔しやがって。はやく帰れ」と続け力強くドアを閉めた。

僕はティッシュくんの変貌ぶりに驚き玄関先で立ち尽くした。

遊んでくれていたころのなんでも包みこんでくれるようなあの感じは微塵もなく、感情を忘れたのかと錯覚するぐらいカチカチの冷徹な人間になっていた。

時というものはこれほど人を変えてしまうのかと落胆していると、「○○~○○です。」

あ、完全に忘れていた。僕は切符くんを捜索している途中だった。あと1駅だ。

もう潮時だ。

懺悔のお時間だ。

親への懺悔の第一歩として親の顔をチラ見する。

中吊り広告を見ている。

しかもよりによって電車1日乗り放題のフリーパスの広告。

そしてもう一度親をチラ見する。

まだ広告をじっと見ている。

なんなら「これいいかもな」と思っている表情にも見える。

その光景をみて心に誓った。

もしこのフリーパスを使って旅行に行くなら絶対に預けよう。


そんなことを思っているうちについに到着してしまった。

改札がどんどん近づいてくる。はやく伝えなければ…

だが子供というものは不思議なもので素直になれず小芝居を始める。

「あれおかしいな?」や「たしかにポケットに入れたはずなのに」という最低の武器を引っ提げて。完全に親からの「どうしたの?」待ちのセリフを口走ってしまうのだ。

しまいには「預けてなかったっけ?」という根も葉もないことを言う暴挙に出てしまう。

当然そんなこざかしい芝居(通称:小芝居)が大の大人に通用するわけもなく、この後僕は強めの正論シャワーをじっくり浴びることになる。


-fin-

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