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際っきわを歩く。


人が発言することは

いろんな意味が含まれる。

どういう意図があって

どういう相手に対して

発言するかによって

また、その受け取り方によって

すれ違いも生まれるのだろう。


プラスマイナス岩橋の件も

他のスキャンダル的な件も含め

外野が、やいのやいので言っても

本人たちにしかわからないことも。


そして受けた側と送った側の意図。

どう受け止めるかにもよるのだから。


岩橋は、やるなと言われたら

やりたくなってしまう性質があるし

それがお笑いとして成立していたし

周りがうまく導いてあげると活きる。


危なっかしいこともあるが面白い芸人。

それくらい際っきわを歩くくらいでないと

生き残りは難しいだろうし、際立たない。


誰かと同じではその椅子にはもう

既に誰かがいるのだから被ってもダメ。

常識的に振る舞うことが良しとするなら

芸人は個性が死ぬ、イコール売れない。


常識の中で振る舞うことをしつつ

面白いことをやれというのなら

結果的にやれる選択肢が狭まる。


世間の流れ的にはイチ市民、住民として

守るべきことを守り、芸人だから許される

っていう甘えを許さない流れですけどね。


難しいのは一般市民側とは性質が違う

仕事であるということでしょうね。

これは一般と一緒にしてはいけない部分と

一緒にしなきゃいけない部分が混在する。


一般の側に引っ張りたい流れと

それもわかるがそうすると

個性が死ぬ景色が見える側。


わかってるけど、それじゃダメなんだと。

この溝を埋めるのは難しいのだろう。


松本にしても、世間一般とは違う角度で

見ている視点があって、長年悩まされた

週刊誌という媒体の手法と逃げ方に対し

風穴を開けたい意思が強いのかもしれない。


芸能人だけでなく、一般人も含めて

世間の耳目を「集めてしまった」人に

都合の良い解釈を許して書いたもの勝ちを

どうにかして止める判断を裁判という場で

なんらかの言葉で裁判官に示してほしい。


そっちの基準やある種の線引きを示して

プライバシーの侵害についても

週刊誌側が踏み込んではならないラインを

判決として示してほしいのかなと。


あえて、記者会見をやらないのも

相手の有利な場で切り取られ伝えられる。

それを誘導されて読む国民がいて。

そういう流れ、週刊誌やマスコミ側に

有利な流れを許したくないのだろうと。


松本動きますって意味を深読みすると

誰も手をつけない部分でなんとかして

風穴を開けたい、盤石で揺るがない

アドバンテージを崩すために

先頭に立って、後進のためにもやると

今回も腹をくくってるのかもしれない。


私たちが考える常識のラインは

安全すぎてそこを守るだけだと

週刊誌の思惑のまま進んでしまう。

その展開がわかっているからこそ。


その牙城を崩すためには相手が苦しむ

際っきわのラインに危なっかしいけど

立って進み、人ひとり分くらいしか

通れないところを通って崩そうとしてる。


たぶん、通って崩すところまで

松本が行かないと世間は認めないから。

そこに行くまでは、しゃべらないのかな。


また、しゃべることで余計な方向に

進んだり無駄な疑念を増やすよりは

自分が見えている回路を一般的にみんなが

理解するまでは、自分だけで進もうと。


事務所に対しても迷惑がかかるから

あえて遠ざけて距離を意識的に取って

会社のダメージを軽減させてるようにも。


私たちが通常、こうするべきだと思うこと

そのラインを進んでしまうと、最終的に

週刊誌側の逃げ道に通じてしまうことまで

見越したうえで、相手が嫌がる弱点まで

際っきわのラインを進もうとしてるのかな。


普通に考えてそうすべき選択をすると

週刊誌をこれからもノサバラせてしまう。


だからこそ別の進み方をしないと

業界のためにも、世間一般のためにも

ならないからと決意しているのかな。


想像のみですけど笑、そんなことを

松本は考えているの、かもしれません笑



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