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生きづらさは、日本文化の定義が間違っていたのが原因かも

今ある常識や伝統って、そんなに歴史は無いこも結構多いです。歴史が長ければいいというものでもありませんし。だから、常識にとらわれなくていいし、気が重ければ、伝統を重んじなくていいです。すなわち、今までの常識や伝統での価値観に違和感があるのなら、その流れに乗らなくていいし、その価値観の中での期待に応えなくていいです。

私が、そう思ったのは、日本の古代史や日本の音楽史を調べたのがきっかけです。

私は、ずっとクラシック音楽に親しんでいました。主に、クラシックのピアノをやっていました。バイオリンやチェンバロ、ジャズピアノも少々やりました。大人になっても、週末はピアノを弾いていました。でも、去年、興味がなくなってしまいました。

そして、1年間、音楽と無縁の生活を楽しんでいました。今年になり、古事記を読んだことをきっかけに、2、3月は、日本音楽に興味が湧いて調べてみました。

雅楽・琵琶法師・能楽などは、みなさんも歴史で習った記憶があると思います。それぞれの音楽もイメージが湧きますよね。

お正月によく聴く、箏と尺八の「春の海」は、明治時代の作品です。尺八の別の曲を調べてみると、馴染みのあるものは見つかりませんでした。今ある尺八は、江戸時代に広まりました。日本の歴史の中では、かなり最近ですよね。この辺りで、最初に書いた、「伝統といっても、歴史があるわけでもない。」という考えに至りました。また、次世代に繋げてく行くには、今のシステムだと難しいということも分かりました。曲も知らないし、教えるシステムも広がりが期待できるものではありません。

そして、奈良東大寺のお水取りにたどりつき、国際色豊かな声明に感動しました。

以下は、引用です。

「お釈迦さまのはじめた原始仏教が、はじめから今日われわれが伝統として伝えている声明のようなりっぱな音楽文化を持っていたかということになると、大へん疑わしいのです。むしろ、ほとんど持っていなかったのではないかというように考えられています。大日如来とか、御不動さんだとか、そういった、本来はお釈迦さまと関係がないような仏さまも、後から仏教の中に入り込んできました。

そういう密教文化というものができたときに音楽のほうも発達してきたという歴史的な関係から、おそらくこの声明というものも、本来の仏教以外のインドの宗教 | |と言うと、結局はバラモン教ということになるのですけれども、バラモン教などの濃厚な影響のもとに生まれてきたのではないかというように考えられています。

時代的に言いますと、お釈迦さまの生きておられた紀元前五世紀という時代からはるか後世に南インドで大乗仏教が興り、ヴェーダをはじめ豊かな音楽をもつバラモン教の影響を受け、さらにインドの民間信仰と混って密教になりました。そういうものが盛んな実りを示すようになったのは、発生から千年もたってからと想像されています。これがチベットだとか中央アジアを経て中国へ新しい密教文化とともに入ってきて盛大に流行しました。

奈良時代には日本にも声明を伴なった密教の法要が渡来しましたが、中国での密教の最盛期は唐で、それを最澄とか空海およびその前後のお坊さんたちが日本に持ってきたというわけです。

このような経路を経てきましたので、今日、日本の仏教音楽が持っている音楽的な特徴が、そのまま大昔のインドのバラモン教の音楽に直接結びつくというわけにはいきませんが、そこには、本来の日本的なものとは違った音楽的構造や、その背景になる理論、またさらに中国において新たに加わった要素を持っておりますので、いわばインド的なものと、それに中国的な要素、そしてさらには、それを日本的に発展させたもの、それが今日の日本の仏教音楽ということになります。」

—『日本の音 (平凡社ライブラリー71)』小泉 文夫著

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更に、「ビジュアル 日本の音楽の歴史① 古代〜中世」という本に書いてあったことをまとめました。

1、仏教について
・紀元前5世紀頃、北インドで仏陀によって説かれた教え。 
・中央アジア、西アジア、中国、朝鮮半島を経て、6世紀に日本に伝わる。
・僧侶によって唱えられる声の音楽を、日本では声明(しょうみょう)とよぶ。

2、東大寺大仏開眼供養会(かいげんくようえ)(752年)
・400人を超える僧侶によって声明が唱えられた。
・日本に古くから伝わる歌舞や、諸外国から伝来した楽舞が演奏された。
・当時つくられた鐘は、現代まで用いられている。

3、東大寺二月堂修二会(しゅにえ)(752年から毎年)
・新しい年が豊作であることや、人々が平安に暮らせることなどを祈るために毎年行われる。

昨日の記事と同様に、そもそもの定義が間違っていて、苦しんでいた部分が私にはあったと思います。

日本文化は、1400年前から(あるいは、もっと以前から)国際的なものであったことを知って、そんなに形にはまらなくていいことに気づきました。それに、音楽の3要素は、メロディ・リズム・ハーモニーでなくてもよくて、自分が発したい音色でいいんです。

今はまだ、音楽を奏でることへの興味は戻っていないけど、チャンスが巡ってきた時は、今までと違う表現になっていることでしょう。別に音楽に限らず、生活全般で、自分が気持ちいいことを優先していこうと再認識した2月と3月でした。

みなさんも、伝統を尊重してもいいし、新しく生み出してもいいのです。どうか自分の気持ちを最優先してくださいね。

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