読書感想文「布団の中から蜂起せよ」

布団の中から蜂起せよ: アナーカ・フェミニズムのための断章 | 高島 鈴 |本 | 通販 | Amazon

疲れてはいないだろうか。飽きてはいないだろうか。憎んではいないだろうか。

「学び続ける人が成功する!勉強しないと人生ハードモード!」等という、「成長」という美辞麗句をちらつかせることで、個々人へ無限の努力を要請する言説に。「勉強しない人は企業の中で落ちこぼれる!未来はない!」と、人間存在の価値はただ一つであり、それは即ち労働の場での市場価値的単位に還元可能なものである、との発想がなければ、決して発せられ得ないであろう文言に。
退屈だし、下らないし、つまらない。私は、私が別の誰かと交換可能であると見做す行為-俗に例えるのであれば、「あなたの転職市場での価値はこれぐらいですよ!」というような査定の行為-の全てを否定する。そして、このようにも信じている。もしもこの記述の欠片を読んでいる『あなたにもしそのような経験があるなら、この本はあなたのためにある。』と。

何故か。本著は、『生存は抵抗』と銘打っているからだ。

個々の人間を計算可能な存在から代替不可能な存在、顔のある存在へと戻すための定言があるとすれば、それはきっと、その者がただそこに「在る」ことへの感謝から始まるのだろう。”do”ではなく"be"。「できる」から優れているのではなく、その者の価値が生まれるわけではない。ただそこに「在る」、それ自体に意味を見出すこと。『必要だから愛しているのではありません!愛しているから必要なのです!』こと。恐らくは必然的に、本著はこの地点から物語ることを始めている。例えば、以下のような口ぶりで。

私は読者諸氏を生へと扇動する。そしてあなたの生が別の誰かを生へと扇動する可能性を信じる。これは決して、生を善、死を悪に振り分ける思想ではない。私は死がいかに魅力的な選択であるか、自分の生を受け入れるのがいかに困難なことか、多少なりとも理解しているつもりである。だが、死に安寧があるからと知っていて、それでもなお苦しい生へ分け入る道にこそ、社会を変える力があると信じたい。生存は抵抗だ。

読み手が生を肯定していること。あまりにも多くの書き手が無邪気に前提とするそれは、しかしながら、本著は決して自明のものとして扱わない。ただ生きること。それ自体に、とてつもない苦痛が孕んでいるものであるのだと、著者は正確に看破した上で、こう語りかけている。苦しくとも、哀しくとも、それでも、あなたに生きてほしいのだと。極めて誠実な語り方であると、私は考える。そして、それ故に、私は本著が語る内容に、耳を傾けようと思う。

アナーカ・フェミニズム。シスターフッド。ルッキズムとその呪い。メンタルヘルスと優生学。天皇制、儀礼。そして、死者たち。本著が扱う題材は須らく重々しく、読み手に安易な逃げを許さない。「こういう段取りを踏めば解決しますし、成長できますよ!」というような、自己啓発の語法で語られておらず、世間に横溢する、勝利者になるための方法論は一切描かれていない。抽象的、との誹りを受けることを承知で述べるならば。本著で描かれているのは、負け方である。より具体的に言い換えるならば、負けることに耐える方法である。

たぶん、きっと、おそらくは。著者は自らの心身を刃で刻みつけながらも、読み手に語りかけている。自身がどのようにして、社会に、国家に、家父長制相手に傷つけられ、負け続けているか。それでもなお、僅かな希望の糸を手繰り寄せるようにして、抗い続けているか。生きることは決して楽な道でなく、耐えがたい苦痛を孕んでいるものであると、著者は己の経験を通して、切々と説いている。だが、それでも、なお。筆者は読み手に呼び掛けているのだ。生きてほしいと。「蜂起せよ!」と。

もう一度言う。これは誠実な語り方である。ただ在ること、そこに内包される苦しみと悲しみを十全に知っていて、なお、共に在ってほしいという呼びかけること。凡百の評論とは違う。生の苦痛を、死の誘惑を知ってなお、こう問いかけることは、生半可な覚悟で出来ることではない。そう、私は思えてならないのだ。

それ故に。著者の呼びかけー本著のタイトルに記載されている通りの「蜂起せよ!」という要請ーに、私自身の言葉で応答する。

率直に申すなら、私は極めて恵まれている身である。心身共に健康であり、両親や友人、職場に不足を感じたことはない。著者から蜂起される対象、といっても差し支えない身分であるのだ、私は。

そんな私に出来ること、とは何か。本当に本当に、正直に申すのならば、分からない。いずれ分かるようになるかもしれない、が、今はまだ、その手掛かりも掴めていない。だが、少なくとも、これだけはしていきたいと考える。夜の実相から目を背けず、じっと見続けること。己の裡に蓄え続けること。考え続けること。

その先に安易な救いがなくとも。それが正しい抗い方であるからと、そう信じて。


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