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2023年10月のパレスチナ・イスラエル問題に関連する戦争犯罪の疑いについてまとめ

2023年10月7日、中東ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエル領域に侵攻、民間人を虐殺したことを受けて、イスラエル側の空爆による大規模報復が開始されました。この記事では、双方に懸念される戦争犯罪の国際法上の評価についての可能性をメモしています。


背景情報

タイムライン

10月7日
・午前6時ごろ、ハマスがイスラエルに対する大規模攻撃開始(「アルアクサの洪水」)
・大量のロケット弾発射
・数十人が分離フェンス、検問所を含む7か所を突破(ブルドーザー、動力付きパラグライダー等)、イスラエル領内へ侵入、民間人らを襲撃
・ハマスが数十名の民間人およびイスラエル兵を拉致
・ガザとの境界近くでの音楽イベント会場において260人を殺害
・ネタニヤフ首相「戦争状態にある」とし報復作戦「鉄の剣」開始
・死者数イスラエル40人、ガザ160人
・日本外務報道官談話https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page7_000099.html

10月8日
・イスラエル南部でのハマス戦闘員とイスラエル地上軍の戦闘継続
・ガザに対するイスラエル軍による空爆継続
・国連安保理緊急会合(決議なし)
イスラエルのエルダン国連大使「戦争犯罪は明確に非難されなければならない。これはイスラエルにとっての911だ」
パレスチナのマンスール国連大使「イスラエルはパレスチナの人たちの生命と権利に対して力を使い続けている」

10月9日
・死者数イスラエル700人、ガザ493人
・イスラエル南部でのハマス戦闘員とイスラエル地上軍の戦闘継続
・ガザに対するイスラエル軍による空爆継続
・国連事務総長会見
「パレスチナの人たちが抱えている正当な不満はわかっている。しかしテロ行為と市民の殺害や誘拐は正当化できない。ただちに攻撃を停止しすべての人質を解放するよう求める」
「イスラエルの正当な安全保障上の懸念を認識している。一方で軍事作戦は国際人道法に沿って行われなければならない」
・各国の犠牲者(タイ人18人、米国11人、フランス人4人、ブラジル1人、ペルー人1人)
・イスラエルのガラント国防相は、ガザ地区を完全封鎖するとし(「動物」との戦い発言)

10月10日
・死者数イスラエル900人、ガザ770人
・イスラエル南部でのハマス戦闘員とイスラエル地上軍の戦闘継続
・ガザに対するイスラエル軍による空爆継続
・イスラエルによる空爆で18の国連施設が被害
・ガザ避難者18万7000人
・イスラエル南部でハマス戦闘員の遺体の回収終了

10月11日
・ガザ避難者26万3934人
・イスラエル軍による空爆継続
・ハマスは午後5時から一斉ロケット弾発射
・ハマスによる攻撃でタイ人20名、米国人14名、フランス人8名、アルゼンチン人7名、ウクライナ人3人、フィリピン人2名の死亡が確認

10月12日
・死者数イスラエル1200人、ガザ1100人
・ガザ唯一の発電所が燃料不足で操業停止
・UNRWA(11人)やパレスチナ赤十字スタッフ(4人)の死亡
・国境なき医師団が支援する病院への空爆
・ガラント国防相はハマスを「地球上から」一掃すると表明
・ハマスは最大150人を人質に
・国連独立調査委が声明 https://www.ohchr.org/en/press-releases/2023/10/israeloccupied-palestinian-territory-un-experts-deplore-attacks-civilians
・アッバス議長がヨルダン国王との会談で、イスラエル軍とパレスチナの武装勢力の双方が民間人を標的にし、「道徳、宗教、国際法に違反している」と述べた。

10月13日
・イスラエルがガザに対し24時間の退避勧告
・国連安保理非公式会合
・イスラエルが地上部隊による急襲作戦を展開
・死者数イスラエル1300人以上、ガザ1900人以上が死亡

10月16日
・アッバス議長がハマス批判の後自身の通信社での発表のハマス言及部分を修正

10月17日
・17時ごろガザ中心部にある病院で爆発、500人あまりが死亡


・ICC検察官がロイターにコメント https://www.sankei.com/article/20231013-ZI5VE4HUIFP3PFLDL6M6SDMMYY/


国際法状態

パレスチナの国家性


・パレスチナは国連の「オブザーバー国家」であり139カ国により国家承認されている(露・中含む)
・パレスチナはユネスコや国際刑事裁判所(ICC)といった国際機関にも加盟している。
・日本をはじめ西側(米、英、仏)はパレスチナを国家承認していない
・パレスチナ人民は自決権を有することは国連総会決議等で確認されている
・1993年のオスロ合意で認められたのが国境線となるべきものとの合意がある

ハマス


・ハマスは形式上も実質もパレスチナ国の軍隊ではない(パレスチナは軍隊を持たない)
・武力紛争法上は、パレスチナに属する民兵隊としてみるか、紛争当事国を代表しない武装集団としてみるかで変わってくる。(パレスチナ自治政府はハマスと距離を置く発言を行なっている(「パレスチナ解放機構の政策、プログラム、決定がパレスチナ人民を代表し、唯一の正統な代表だ。他のいかなる組織の政策でもないと議長は強調した」。他方で、「テロ」と批判することは避けている)。ハマスはパレスチナの正規軍ではないが、自身はパレスチナから独立した組織とも言っていない。ハマスの主観としては、パレスチナ人民を代表する主体であり、紛争当事国としてはパレスチナに属する。欧米、日本はハマスをテロ集団とし資産凍結等の制裁措置の対象としている)
・ハマスの行為についてパレスチナが国家として責任を負うかは、国家責任の帰属論を用いた検証が必要。

適用法

前提
・パレスチナとイスラエルの間の法状態については諸説あるが、おおむね、イスラエルは1967年の第三次中東戦争以降、パレスチナ領域を占領しており、その限りで武力紛争法の適用が継続的にあると考えられる。
・1967年第三次中東戦争から武力紛争法の適用がある(ハーグ陸戦規則(慣習法)およびジュネ―ブ第4条約(文民条約)(軍事行動の全般的終了後の期間(6条列挙の規定))(ICJ壁事件勧告的意見)(少数意見として、武力紛争法の事実上の適用継続との見解もある)
*占領国は、軍事行動の全般的終了の後、その地域で「管理」を行っている限り、「肉体罰」や「集団的懲罰」、「人質」が禁止される(文民条約32‐34条)。(戦争犯罪を構成しない(文民条約147条の適用がないため))
・ガザもイスラエルに「占領」されている(ハマスがある程度実効支配するものの不完全)(ICJ壁事件勧告的意見、イスラエルBeit Sourik Village Council v. The Government of Israel et. al.事件)
・イスラエルは2005年に一方的撤退をして占領状態終了という立場を取りましたが、他国は、イスラエルがインフラも間税も抑えているため実質的占領(「管理」)が続いてる(占領法規適用継続)という立場をとってます。そのため、適用法についてもイスラエルと欧米でも立場が分岐します。
・パレスチナはジュネーブ諸条約すべて批准、イスラエルは第一と第二追加は未批准
・パレスチナとイスラエル双方は自由権規約、拷問等禁止条約等の国際人権法を批准

今回のハマスによる攻撃とイスラエルによる報復攻撃の法的性格
・イスラエルに対する「武力攻撃」であるとすれば、イスラエルの自衛権行使の対象となる。(国以外の主体に対しても自衛権行使できるとする立場をとる場合には、パレスチナが国でない、またはハマスはパレスチナを代表しないとしても、自衛権行使が可能。)
・この時点から「武力紛争」状態が生じ、(事実主義をとれば)国際的(または非国際的)武力紛争に適用される武力紛争法の適用が開始され得る。
・(イスラエルはとっていないように見える立場だが)イスラエルによる報復攻撃は敵対行為ではなくテロリストに対する法執行行為だとする場合には、パレスチナの国家性、国際的武力紛争、「武力攻撃」の存在等がなくても可能だが、占領法規の違反の問題が残る。

まとめ


全体をまとめるとこんな感じになるかと思われます↓

*国際的武力紛争と非国際的武力紛争の区分がイスラエル-ハマス紛争で重要
以下について前者では戦争犯罪だが後者では犯罪でないため。

①「飢餓の利用」
非とすると占領状態を前提にして「集団罰」とするのみ

②過度の付随的損害
非とすると故意に文民や医療施設を標的にしている場合のみ犯罪

(ICC規程8条の、(a)(b)は国際的武力紛争、(c)(e)が非国際的武力紛争における犯罪)

・占領状態にはまた別の枠組みの規律が適用される(文民条約31〜34条

国際刑事裁判所(ICC)

・パレスチナは国際刑事裁判所ICC加盟国、イスラエルは非加盟
・国際刑事裁判所ICCは2014年6月13日以降のガザ含むパレスチナ領域での事態を付託され、2021年3月3日に捜査開始
(ICC管轄権の範囲については2021年2月5日予審裁判部決定(判例研究参照https://researchmap.jp/megumiochi/presentations/31996755))
・今回の件は逆に人質に取る行為等の戦争犯罪がハマス側により行われたとすれば形式的には捜査対象。
・ICCはパレスチナ領域全域について捜査中
・10月11日記者に対する回答メールにて捜査継続中であると表明

・ICCの捜査の領域的限界:パレスチナは締約国なのでパレスチナ領域についてICCは捜査権限があるが、イスラエル領域にはない。
→ハマスによるイスラエルでの犯罪と、ガザにおけるイスラエル軍による犯罪が捜査対象となる(ICC規程12条)。
・捜査ができたとしても、実行者が領域外にいる場合には逮捕等を請求しても効果がない。実質、ハマス側に拘束されICCに引き渡されるイスラエル兵のみが対象となり得る。
・他方、ハマスはイスラエルに拘束されている仲間との取引材料として捕虜や人質を活用するであろうから、ICCに引渡すという可能性は少ないように思われる。
・また、ICCのリソースが十分に割けるのかといった問題も。

戦争犯罪とは?

・戦争犯罪とは、武力紛争に関する条約や慣習国際法で定義される法の「重大な(著しい)違反」行為を指します。
・国際刑事裁判所(ICC)規程8条でこれらまとめた包括的な定義がなされたと考えている。(イスラエルや米国は加盟していないので、詳細について合意がないものもある可能性がある)
・戦争犯罪を行い得るのは個人であり国家。特定国の軍隊に属していようが、非国家主体の戦争員であろうが、戦争犯罪に該当する行為を行えば個人の刑事責任を負います。

人道に対する罪とは?

国や組織の政策の推進として行われる文民に対する攻撃のこと(ICC規程7条)。

ジェノサイドとは?

国籍、人種、民族、宗教による特定の集団を破壊する意図で行われる、殺人等の暴力(ICC規程6条)。

*注意*


ここ以降、基本的にはパレスチナを「国」と仮定し、かつ国際的または非国際的武力紛争があると前提して考察しています(上の「まとめ」参照)。そのため、パレスチナを国家と承認していない欧米および日本の議論と齟齬が生じる可能性があります。

ハマス側が行ったことが疑われる犯罪

拉致・人質

戦争犯罪

・「(ジュネーヴ条約に基づいて保護される人又は財産に対して行われる)(vii)不法な追放、移送又は拘禁;(viii)人質をとること。」(ICC8(2)(a))

または

・「(敵対行為に直接に参加しない者に対し)(iii) 人質をとること。」(ICC8(2)(c))

人道に対する罪
「(e)国際法の基本的な規則に違反する拘禁その他の身体的な自由の著しいはく奪(ICC7(1))

文民の殺害

戦争犯罪
・「(ジュネーヴ条約に基づいて保護される人又は財産に対して行われる)(i)殺人;(iii)身体又は健康に対して故意に重い苦痛を与え、又は重大な傷害を加えること。」(ICC8(2)(a))
・「(i)文民たる住民それ自体又は敵対行為に直接参加していない個々の文民を故意に攻撃すること。」(ICC8(2)(b))

または

・「(敵対行為に直接に参加しない者に対し) (i) 生命及び身体に対し害を加えること」(ICC8(2)(c))

人道に対する罪
・(「文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う」「(a)殺人;(i)人の強制失踪(そう)」(ICC7(1)(i))

(無差別?)爆撃

・下参照

イスラエル側が行ったことが疑われる犯罪

包囲・飢餓の利用

戦争犯罪

・包囲作戦による生活必需品の剥奪による飢餓の利用は戦争犯罪が疑われます((xxv)「戦闘の方法として、文民からその生存に不可欠な物品をはく奪すること(ジュネーヴ諸条約に規定する救済品の分配を故意に妨げることを含む。)によって生ずる飢餓の状態を故意に利用すること。」(ICC8(2)(b)))。

*非国際的武力紛争の場合は成立しない

ジェノサイド
・この包囲作戦開始にあたってのガランド国防省の発言により、この作戦がジェノサイドに当たるとする指摘が生じています。

・「当該集団の全部又は一部に対し、身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を故意に課すること」(ICC6(1)(c)) これに、国籍、宗教、民族、人種のどれかによる特定の集団の全部又は一部を破壊する意図が乗れば、ジェノサイドを構成し得る(ICC6(1))。そのため、特に包囲の目的が問題になります。

人道に対する犯罪
「絶滅」させることは人道に対する犯罪行為の一つ(ICC7(1)(b))。 「「絶滅させる行為」には、住民の一部の破壊をもたらすことを意図した生活条件を故意に課すること(特に食糧及び薬剤の入手の機会のはく奪)を含む。」(ICC7(2)(b))
これが「文民たる住民な対する攻撃」であり「国の政策の推進」であれば、人道に対する犯罪に該当する可能性あり(ICC7(2)(a))。

(無差別?)爆撃

・下参照

(無差別?)爆撃について

空爆の合法性は難しい問題です。文民を意図的に狙ったか(ICC8(2)(b)(i))、軍事的利益と比して過度な損害か(同(iv))、のいずれかが証明されなければ、戦争犯罪とはなりません。
または
「(i) 文民たる住民それ自体又は敵対行為に直接参加していない個々の文民を故意に攻撃すること。」(ICC8(2)(e))

病院や教育施設など、特に保護されなければならない施設で、軍事目標ではないもの(基地に転用されているなどがない)を故意に攻撃することは、国際/非国際的武力紛争関係なく戦争犯罪が成立します。((国際的武力紛争で)(ix) 宗教、教育、芸術、科学又は慈善のために供される建物、歴史的建造物、病院及び傷病者の収容所であって、軍事目標以外のものを故意に攻撃すること。(ICC8(2)(b))、(非国際的武力紛争で) (iv) 宗教、教育、芸術、科学又は慈善のために供される建物、歴史的建造物、病院及び傷病者の収容所であって、軍事目標以外のものを故意に攻撃すること。(ICC8(2)(e))

責任論についても同様で、それぞれの攻撃の際に、どの程度目標を視認できたか、予防措置をどれほどとったか、意図があったか、などをひとつずつ立証しなければならず、具体的行為の違法性は裁判にならなければわからない、というのが正直な見解です。


参考資料の一部

https://www.ohchr.org/sites/default/files/2022-01/TORs-UN-Independent_ICI_Occupied_Palestinian_Territories.pdf

https://www.icrc.org/en/document/ihl-occupying-power-responsibilities-occupied-palestinian-territories

おわりに:国際法の役割について

戦争や残虐行為が起きるたびに「国際法が役に立たない」と言われます。国際法は規範の枠組みであって、法を順守しない人間はどの世界にもいます。殺人事件が起きても「刑法は役に立たない」とは言わないですよね。 国際社会には効果的な制裁措置がないことも確かですが、それは主権国家の平等という国際社会の基本構造のため。
ただし、制裁の制度は国際法にももうあります。集団的自衛権と国連安保理の強制措置。国際法にも刑法はもうあります。責任ある個人を裁ける国際刑事裁判所もあります。 刑法と司法制度があっても、検察や警察が何もせず、市民も法を守ろうという意識がなければ犯罪は減りません。
法は道具で、それを使うのは人間です。これらを乗り越えて、民主主義国は法治国家になってきたのです。 国際社会も将来そうなれるかもしれません。
国際法の規範の枠組みを土台とした議論を続けることが重要だと考えます。私たち一人一人が具体的な行為を違法な行為であることを確認することが、法による秩序の形成の第一歩です。国際法制度について、もう少し解像度を上げてから、今ある制度やアクターのどの部分、どの立場、どの行為を批判すべきか、批判の焦点を絞りませんか。 私も皆さんの国際法制度に対する解像度が上がるように、微力ながらがんばります。引続き、よろしくお願い申し上げます。


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