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【会期終了】世田谷美術館|世田谷のまちで息づく美術家たちの軌跡


こんにちは。CONOMACHI STORIES編集部です。

約100年前、いまにつながるまちづくりが世田谷ではじまりました。
鉄道で都心と直結し、便利さとくらしやすさを兼ねそなえた新しいまちには、多くの美術家も集まりました。

世田谷にくらし、まちとかかわりながら作品をつくってきた美術家たちを「鉄道沿線」という切り口から紹介する、世田谷美術館の「美術家たちの沿線物語」。シリーズ4回目となる小田急線篇が2月17日(土)から開催されました。
この展覧会を担当する、世田谷美術館学芸員の池㞍豪介さんにお話をうかがいました。

世田谷美術館学芸員 池㞍豪介さん

■「美術家たちの沿線物語」について

世田谷美術館は、世田谷区が設置した美術館として1986年にオープンしました。
みどり豊かな砧公園の北側にあり、建築家内井昭蔵による鉄筋コンクリートの建物は方形の直線とゆるやかな円弧でふちどられた有機的なかたちをなし、つつむように周りをかこむ高い木々とも調和しています。

世田谷美術館では、アンリ・ルソーなどの素朴派や世田谷にゆかりのある作家の作品を収集しており、収蔵作品を紹介するためのコレクション展を毎年行っています。

「美術家たちの沿線物語」シリーズは、2020年から4回に分けて行われています。区内をはしる鉄道を切り口に世田谷の美術家を紹介するシリーズで、田園都市線・世田谷線篇(2020年度)、大井町線・目黒線・東横線篇(2021年度)につづき、同時開催となる京王線・井の頭線篇(2023年度)とあわせて、今回の小田急線篇で完結となります。

開催中の「美術家たちの沿線物語 京王線・井の頭線篇」
各シリーズで配布した小冊子。小田急線篇では過去のシリーズとあわせた全4回分の小冊子を特製たとうに入れて配布するそうです

(池㞍さん)
「どのような切り口で世田谷の美術家を紹介するかについて、これまでは各作家やグループなど個別に取りあげることが多かったのですが、そうしたいわば『点』どうしをつなげて『線』でとらえてみようと考えたのが、このシリーズの発想のきっかけです」

(池㞍さん)
「はじめは玉川地域、北沢地域など区内の地域でわける方法を考えました。しかし、行政の区分は美術館のお客さまにはピンとこないのではとなりました」

■新しいまちに集まる若き美術家たち

世田谷の美術は、東京の宅地開発とともにはぐくまれました。
1907年(明治40年)に玉川電気鉄道(現在の東急田園都市線)が開通し、その後1913年(大正2年)には京王電気軌道(京王線)、1925年(大正14年)下高井戸線(東急世田谷線)、1927年(昭和2年)小田原急行鉄道(小田急小田原線)、1932年(昭和7年)に東横線とひろがっていったのです。また、実業家・渋沢栄一が「田園都市構想」にもとづき、いまの洗足(目黒区)や田園調布(大田区)を中心に宅地と鉄道をいっしょにつくる事業を始め、1923年(大正12年)に目蒲線(東急目黒線)、1929年(昭和4年)大井町線が開通しました。

『沿線案内 小田急電車』小田原急行鉄道株式会社 1936年 世田谷区立郷土資料館蔵

(池㞍さん)
「目蒲線沿線では、田園都市として開発されたまちの周りにも人が集まり、多くの貸家がつくられました。そこに当時は若いかけ出しだった美術家たちがくらしはじめたのです。向井潤吉や宮本三郎など、後に昭和の画壇で活躍した美術家もいました」

(池㞍さん)
「宅地や鉄道とともに新しいまちづくりがひろがるなかで、若い美術家たちは親しく交流しながら成長していったのです」

■経堂「白と黒の会」と成城の充実した文化芸術

「白と黒の会」は経堂を中心に活動しました。経堂は昭和初期の宅地化範囲の先端で小田急線の発着駅でもあったそうです。白と黒の会には彫刻家を中心にさまざまなジャンルの美術家が集まりました。

(池㞍さん)
「美術家の集まりといっても堅苦しいものではなく、ゆるやかにつながる親睦のための会でした。世田谷八幡宮に集合し、二次会は経堂駅前の美登利寿司でわきあいあいと酒をくみかわし、場がもりあがるとカット画を描いて楽しんだりしていました。多いときは20数名もの美術家がいたそうです」

「白と黒の会」寄せ書き 1951年 世田谷美術館寄託

(池㞍さん)
「会費集めのためにカット画を描き、それを飲み代にまた集まって…ということもあったようです。会の名前の「白と黒」はカット画を『白地の紙に墨で描く』からという説もあります」

成城も、学園都市として新しい人々が移り住み発展してきたまちです。

(池㞍さん)
「成城に家をもち、先進的な教育を取り入れてきた『成城学園』に子どもをかよわせる文化人も多くいました。1932年(昭和7年)の設立以来、多くの映像作品を生みだしてきた東宝スタジオも、まちを独特の存在にしています」

伊原宇三郎《トーキー撮影風景》1933年 世田谷美術館蔵

1912年大分県に生まれた日本画家・髙山辰雄は、1951年から亡くなるまで成城にアトリエをかまえていました。

髙山辰雄《星辰》1983年 世田谷美術館蔵

髙山と親しかった日本画家・稗田一穂も1955年から成城にくらし、近くにあった髙山のアトリエ兼自宅をたずねたり、町内で偶然に会ったりしていました。髙山も稗田も成城から祖師谷あたりまでの風景画を描いており、稗田は「川や坂が生み出す起伏と変化」が世田谷の風景の魅力とかたっていたそうです。

(池㞍さん)
「成城の文化や芸術はとても充実していて、成城だけで1つの展覧会ができるほどです。小田急線篇では『街歩きでめぐる成城100年』というイベントを成城学園教育研究所の協力で開催します。成城学園歴史記念館でまちのなりたちなどを学んだあと、まちの空気を感じながら美術家が描いた風景を楽しむ体験をしていただきます」

■基礎研究の成果が展覧会を実現

本展覧会では、世田谷の美術家に関する基礎調査が大きく役立ちました。15年ほど前から始まった調査は、東京文化財研究所や美術手帖による美術家年鑑から世田谷にゆかりのある美術家の情報をデータ化するもので、1927年から2006年までの記録をもとに約3000件ものデータを抽出したとのことです。

(池㞍さん)
「当時の年鑑には住所などの情報ものっていたので、そこから世田谷にどんな美術家がいたか調べることができました。その成果が2020年からの本展覧会につながったのです。この基礎研究がなければ『美術家たちの沿線物語』は実現しませんでした」

コレクション展は、約17,000点にのぼる収蔵作品を紹介する機会にもなるそうです。

(池㞍さん)
「作品によっては紹介する機会が少ないものもあり、中には収蔵されてから一度も展示されていないものもあります。世田谷ゆかりの作家には良い作品をのこしながら名前が知られていない美術家もいます。コレクション展はそういう美術家にも光をあて、広く知っていただく機会になるのです」

■美術家が暮らすまち・世田谷の魅力

大学時代にインターンとして世田谷美術館に通い、その後職員として約15年間にわたり世田谷の美術にかかわってきた池㞍さん。

(池㞍さん)
「髙山辰雄は『世田谷には一種の空気がある』と語りました。田畑や森が残る武蔵野らしいのどかで落ちついた景色のなかに、鉄道がはしり、人々が息づきさまざまに活動するにぎわいやぬくもりがあるまち。その独特の情趣を感じながら、美術家たちは作品をつくってきたのです」

(池㞍さん)
「世田谷の地形は起伏があって見はらしが良いところが多く、昔の風景を今も感じられるところがあります。かつて美術家たちが風景画を描いたその場所に立つと、時間をこえて同じ空間を感じるよろこびを味わえるんです」

また池㞍さんは、世田谷の美術はとても奥深いとおっしゃいます。

(池㞍さん)
「世田谷の美術は、日本の美術史と重なる部分が多く、厚みと奥深さがあります。今回私たちは世田谷の美術を『鉄道沿線』という切り口からとらえましたが、膨大な量の作品や情報があったため、表面的に紹介するにとどまりました。これからさらに深堀りできると考えています」

(池㞍さん)
「美術館では評価がある程度さだまった美術家を紹介することが多いですが、これから『いままさに世田谷にくらし活躍する美術家』も紹介していきたいと考えており、その試みを小田急線篇でもはじめています」

今回のお話をとおして、美術家をはぐくむまち・世田谷の魅力にあらためて気づくことができました。
身近な鉄道から美術家たちが息づき活躍した軌跡をめぐり、世田谷のまちにくらし、かかわるよろこびを多くの方に感じていただければと思います。

池㞍さん、ありがとうございました。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


■展覧会情報
(本展は終了いたしました)

美術家たちの沿線物語 小田急線篇
会期:2024年2月17日(土)~4月7日(日)
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:毎週月曜日
会場:世田谷美術館 1階展示室(世田谷区砧公園1-2)
観覧料:(個人)一般500(400)円/65歳以上 400(300)円/大高生400(300)円/中小生300(200)円
※()内は20名以上の団体料金。事前に電話でお問い合わせください。
※障害者の方は300円。ただし小中高大専門学校生の障害者の方は無料。介助者(当該障害者1名につき1名)は無料(予約不要)
※未就学児は無料(予約不要)
※高校生、大学生、専門学校生、65歳以上の方、各種手帳をお持ちの方は、証明できるものをご提示ください。
※詳しくは世田谷美術館ホームページをご確認ください。