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味の素の罪の罪

「うま味調味料」について気になり、擁護派と反対派の本を読み比べた話をする。


うま味調味料への疑問を持ったキッカケ

私自身は「味の素」の回し者ではない。ただ、うま味調味料が袋叩きにされるのを目にすると、「そこまで悪いものだったっけ?」という疑問を持つ。

お仕事として、調理家電を使っていただくためのクリエイティブに携わることがあり、その中の売り文句として「うま味調味料は使わなくても」があった。

カラクリとしては、食材を60℃手前の低温帯でゆっくり加熱することで、タンパク質がアミノ酸へと分解され、うま味をつくる。時短がウリの圧力自動調理鍋は「ゆっくり」を捨てざるを得ないため、「食材からうま味を引き出す」は非圧力方式の強みとなる。

それはそれで素晴らしいのだけど、悪者にされたうま味調味料ってそこまで悪者なんだろうか?と気になった。


料理研究家のくせに「味の素」を使うのですか?

書店で目に留まり、リュウジ先生による『料理研究のくせに「味の素」を使うのですか?』を読んだ。

写真は「無限キャベツ」つくってみたもの
ごま油の風味ベースでうま味を補う用途で味の素が活躍するレシピ

安全性、使いこなし、歴史など多角的にうま味調味料を深堀りしつつ擁護する内容だった。率直な感想として、納得感はあった。

何事にもリスクはあり、完全に排除することは難しい。交通事故が怖ければ引きこもり、電磁波が怖ければスマホは手放し、健康被害が怖ければ酒はやめしかない。

そうしないのは、害と天秤にかけて、手放し難い利便性や恩恵があるから。リュウジ先生の本を読み、味の素もそのレベルの存在に感じられた。

以下、この本に関する私の備忘録。


科学視点から安全性について語る

大きく分けて批判の対象は①主成分と②不純物に分けられる。

前者、①主成分であるグルタミン酸ナトリウムの摂取で不調を訴える人は、濃い目の昆布だしでも同じ症状が出る可能性が高い。

たくさん摂取したら害があるのは、塩分でも糖分でも酒でも同じ。酒が悪いのでなく、飲み過ぎた人が悪い。

後者、②不純物に関しては、過去の製法(石油から合成)への批判も根強い。今日の食卓という文脈では、議論する意味がない。

遺伝子組換だけは現役で、正直、私も抵抗はある。ただ、味の素に関しては生産性の高い発酵微生物を作るための遺伝子組換えであり、生成の過程で除去されるため口には入らない。最終的な精製物はグルタミン酸ナトリウム。

人体への影響も検証を踏んでおり、利便性と危害の確率で捉えるしかない。0と言い切れない程度の確率を恐れるよりは、明らかに健康被害につながる酒や牡蠣や餅を先に辞めるほうが賢い。辞めんけど。

塩や砂糖と比べて優位な害は無いのに、うま味調味料を避けるとすれば、もはや宗教的な信念になってくる。

この場合に避けるべきは、味の素だけではない。顆粒だし、鶏ガラスープ、アジシオ等も避けなければダブスタとなることをリュウジ先生は指摘しておられた。

現代社会で信念を貫くのは、スマホ使わず生活するくらいに難易度が高い。


料理観点から役割について語る

与えられたレシピだけで満足ならばオールインワンな調味料が便利だけど、味を創作して整えたい場合や、食材によらず再現性よく作りたい場合は、要素分解された基本味の調味料が使い勝手よいという話。

ちょうど、辛味におけるガラムマサラ(調合したスパイス)とカイエンペッパー(唐辛子のみ)の使い分けを思い出した。

ガラムマサラの中にはカイエンペッパーを含有するものも多く、辛みを加えることができる。同時に、調合された他のスパイスはカレーらしい味を作る。
反面、既に整えた味を変えずに辛味だけを加えたい場合や、カレー以外の味を作りたい場合には、他のスパイスが邪魔になるのでカイエンペッパーを使う。

うま味における昆布だしと、うま味調味料の使い分けも同じ。

昆布だしは成分としてグルタミン酸を含有し、うま味を加えることができる。同時に、昆布ならではの風味が料理のおいしさを作る。
反面、料理のバランスを変えずにうま味だけを加えたい場合や、他の食材を風味の主役にしたい場合には、昆布の風味は邪魔になるのでグルタミン酸ナトリウム使う。

うま味調味料を使わずにおいしい料理を創作するには、様々な食材からだしをとる術を覚え、味のバランスをパズルのように組み合わせる必要がある。食材のバラツキへの対処も必要で、なるほど素人に難しい。


味の素の罪

妻から見て、私は読んだ本に影響されやすいらしい。うま味調味料をあまり良く思っていない妻が図書館から取り寄せて渡してきた「味の素の罪」を読了。

本の内容としては破綻している。詳細は後述。「だから、うま味調味料は安全だ!」と結論づけられる訳ではない。それでも、何も主張できていないのと同程度には無意味な本と感じた。もう少しマシな反対派の本を勧めて欲しい。

以下、この本が破綻していると思った点を列挙する。


本の中で主張が一貫していない

味の素に反対する主要な根拠は「グルタミン酸は安全だけど、グルタミン酸ナトリウムは金属化合物だから危険」だった。

食塩が「塩化ナトリウム」だと知らないのだろうか?と冒頭から心配になった。水に溶けて乖離するとナトリウムイオンになる点では同じ。

昆布だしを蒸発させてもグルタミン酸ナトリウムは析出される。何が危険なのだろうか?

「残存MSGが毒性を発揮」の節では、乖離せずに残り毒性を発揮すると述べられていた。続く「MSGは100倍も溶ける」の節では、多く溶け過ぎることを問題視していた。同じ本の中で主張が一貫していない。

私が知らないだけで塩(←化学的な意味)が「乖離」せずに「溶ける」現象があるのか?ただ、本の中で科学(化学)に関する記述はWikipediaの切り貼りなのが頼りない。


高校化学を履修すれば顆粒状な時点で塩と分かる

「アミノ酸とは似て非なるグルタミン酸ナトリウムを、アミノ酸と信じ込ませていること」を糾弾していた。これは食品表示のお約束として認められた表記のため、味の素を批判するのはお門違いに思う。

筆者が言うに、味の素は大企業だから政府に圧力をかけているらしい。そこそこの大企業に務めてみた実感として言えるのは、大企業にそんな影響力ないってこと。

アジシオの裏面を確認したところ、味の素さんは正々堂々と「グルタミン酸ナトリウム」と表記していた。誠意ある。

アジシオは食塩をグルタミン酸ナトリウムでコーティングしたもの
お刺身にかけると昆布の味を足さずに刺身そのものの味でうまい

目に見える違いとして、グルタミン酸は液体に溶けた状態で、グルタミン酸ナトリウムにすることで固体になる。顆粒を目にしながら「グルタミン酸だと誤認した」ことを責める人は、高校レベルの化学を履修し直した方がよい。騙されないために教育がある。

筆者は勝利宣言よろしく「味の素からの反論が無かった」旨を書いていたけれど、科学(化学)の素養の無い人と科学(化学)の話をしても不毛だから、反応しないだけじゃないのかと疑う。


賛成反対の両方の仮説を紹介して検証する本が読みたかった

言いがかりを付けるコストは低く、潔白を証明するコストは高い。後者は悪魔の証明となるためである。

リュウジさんの本と読み比べて、疑いが出たことを「危険と断定した」と書き、その後の検証の結果を紹介しないことは、フェアでない。

どちらを信じるかと言えば、原文を当たって引用しているリュウジさんの方が文章を書く作法に則っており、信頼は持てる。

賛成意見と反対意見の両方が出て、批判・検証を重ねて真理に近付くのが科学としてのあるべき姿だと思う。それに対して、「危険と断定した!」一辺倒で組み合わないのは、結論ありきで聞きたい情報だけを聞こうとするエコーチャンバーに思える。


因果関係に対する説明がない

本の中で、怖い事件がたくさん紹介される。が、グルタミン酸ナトリウムとの因果関係について何ら説明が薄いので、有効な主張になっていない。

例えるなら「犯罪者の9割は前日にご飯を食べていたので、ご飯は危険な食べ物である」くらい雑な論理。わざわざ本を書くくらいなら、対照実験として(摂取した、しなかった)✕(犯罪した、しなかった)の4パターンで比較してほしい。

データを集めるのが難しいとしても、4パターンを意識しつつ考察の中で触れるくらいの配慮が無いと、ただの無知な筆者だと思ってしまう。

筆者の主張を裏付けるには、グルタミン酸ナトリウムの摂取では発生する害が、濃度の高い昆布だしの摂取では発生しないことまで示さねばならない。それをランダム化比較試験で示していただければ、私も手放しに因果を認める。

グルタミン酸ナトリウムは昭和以前から普及しているのに、平成以降のグラフを挙げて「昨今の犯罪率増加は味の素のせい」を言うのは、無理筋に思えた。
MSGの生産量とガンの発生率の相関に関しても、別の要因として他の病気が克服されて平均年齢が伸びたことが要因で、生き続ければかかる病としてガンが増えただけじゃないのかと疑う。

怖いエピソードが紹介されるたびに、「因果関係じゃなくて〇〇なんじゃないの?」という掘り下げを読者に強いていて、その検討に役立つ情報を何も提供していないので、本当に読む価値のない本だなぁと感じる。


科学の素養が無い人はAll or Nothingで捉えがち

最も馬鹿げていると感じたのは「安全と言い張るならスプーン山盛りの味の素を一気食いしてみろ」話。この評価法を食塩に置き換えれば、安全だとしても一気食いしたくはない。致死量があることと、日常使用で害がないことは矛盾しない。

論文に書いているらしい「体重1kg当たりMSGを0.5g経口摂取で...(中略)...神経細胞の損傷や破壊」は、私が味パンダ300振りする量となる。流石にそこまでかけんやろ。

科学は確率や分量で議論するものなのに、科学に素養がない人はAll or Nothingで捉えようとする嫌いがある。

そういう人は、本を書いちゃ駄目だと思う。真面目な反対派に対しても、本質的でないところで叩く材料を与えて、議論の害になってしまう。

真面目に科学をやっている人は、読む価値ないと判断して相手にしないけれど、「認められた」というシグナルとして受け取ることが読み取れた。きちんとマジレスするのも大事だと思った。だから長文を書いた。


我が家の結論

妻と話し合ってわが家の結論は出た。生活の質を落とさない範囲で、減塩と同列で減MSGをやる!というもの。

うま味調味料の必要性や利便性は認めつつも、とり過ぎは良くないのに身の回りには溢れているのも事実。

家くらいは減らせるなら減らそうよと話した。それは、家電があれば苦労なく実現できる。

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