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火星に帰りたい?

マンションのドアを開けていつも目に入ってくるのは、緑色の屋根をした3階建てのアパートだった。道路を挟んだこちら側からでもわかるくらいヒビが入り老朽化していた。アパートはコンクリートの塀ブロックで四方を囲まれ、それなりの大きさの庭を持っていた。庭には、退去勧告に応じない雑草が点々としがみついて生えていた。もうそこには誰も住んでいないようであったけれど、おそらく以前は老人ホームのアパートだったのだろうと思う。ちょうど似たような構造の老人ホームが実家の近くにあって、やはり同じように退廃的な空気を醸し出していたのを覚えている。

ある朝見ると解体用のショベルカーが、コンクリートの壁にその刃を突き立てていた。アパートの東側から順々に、刃を突き立て、まるで抹茶ケーキを大切に食べていくみたいに少しずつその身を穿っていった。やがてすっかり建物の形はなくなり、茶色い地面が剝き出しになった。雑草たちも結局は力なきただの植物であり、その身を文字通り根こそぎはぎ取られたのだ。そうして僕の早朝の視界の一部に更地が広がることになった。

この跡地に何かが建設されるというような予定はないようだ。

どうせいつかは駐車場にでもなるのだろう。森山直太朗の歌にそういうのがあったなと思った。どこもかしこも駐車場だね。建設的なことなど一つもなく、茶色い地面が舗装された灰色のアスファルトになるだけなのだ。アパートが朽ち果てていくのを見かねた誰かが、手っ取り早いからと、解体業者を雇い、きっとその破壊的な力を持ってコンクリートを砂に返したのだ。その末路がこの更地だ。

この国の多くの人々が老人と呼ばれ、やがて去り、それでもこの国の主力貿易のために車は相変わらず大量に生産され、どこかにその身の置き場所を求めていく。金持ちだけが彼らのために駐車場を大量に整備する。だけど免許返納が積極的に推奨され、老人たちはリクライニングシートからコインゲームのフカフカの丸椅子に腰を掛ける。そしてディーラーたちは一斉に転職を考えるだろう。砂漠のオアシスのカジノでカードを配る方が収入が良いのではないかととても真剣に考えるだろう。

でもきっと、海を渡る前に経済的に断念せざるをえなくなる。

どことなくセンセーショナル。

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