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最近の日記~”よく晴れた空を少し切り取って君の胸をさいた傷を塞ごう”~

慟哭のヤフーニュース

新卒1年目の仕事が明日で終わりを告げるという。この1年でなにか成長できたんだろうか。午前10時。まだ就業して1時間しか経っていないのに集中力が途切れてしまっているところを省みるに、そんなに成長もできていないのかもしれない。
そうぼんやりと思いながら、ヤフーニュースを開いた瞬間、衝撃的な情報が目に飛び込んできた。

志村けん、死去

え…
絶句した。新型コロナウイルスに感染して闘病中だと先週のニュースで知っていたし、心配ではあったけど、こんなことって…まさか…そんな…
目の前の文字の羅列をうまく飲み込めなくて、僕は同僚の肩を叩き、このニュースがホントのことであるのかを訊ねた。彼はパソコンを打つ手をピタリと止めて「私も驚きました」と言った。
どうやら僕の目にだけ映る、悪い冗談ではないらしい。
突然視界の彩りがワントーンかツートーン落ちたような気がした。目を閉じ、長い息を吐いて立ち上がる。激しく動揺し、混乱しているのが分かった。
トイレの個室に入り、もういちどニュースを開く。同じ内容の速報。ツイッターを開く。トレンドに死の文字が躍る。多くの人が僕と同じように激しく動揺し混乱し、その死を悼んでいるようだった。超有名人の死によってウイルスの恐ろしさが、行政やメディアの呼びかけよりも顕在化されたと言う者もいた。今に始まったことではない、ウイルスに対する認識がみな甘いのではないか?とこの状況を批難する者もいた。

そして、僕は泣いた。個室から音が漏れないように声をころして涙を流した。
あまりにも突然で、強引で、静かに暴力的で、あまりにも哀しい死だった。
その日の仕事は、もうそれ以上集中することができなくなった。

変なおじさんとの思い出


例えば、正月にいつもバカな失敗話をしたり、おどけてみせてくれたりするそんな親戚のおじさんを亡くしたような気持だった。ぽっかりと心の一部を持っていかれた感じだった。

小さい頃からバカ殿様が好きだった。それほどお笑いに触れる機会もなかった幼少時代、僕にとってコメディとはバカ殿様かMrビーンのどちらかだった。小学生の頃、そのバカ殿様のコントが面白すぎて夏休みの絵日記に書いたことがある。お腹がよじれるほどゲラゲラ笑った。弟と二人でアイーン体操を大声で歌いながら踊ったこともある。優香演じる「バカ姫」とのコントを何度も何度も二人で再現したりした(セリフや流れをとちると、弟はよく怒ったものだった)。「怪しい陰陽師」コントの真似をして奇声をあげながら、ご飯やみそ汁や納豆や鰹節やプリンを混ぜこぜにして食べたこともあった(全然美味しくなかったし、叱られた)。
親は「またしょうもないテレビ見て!」と度々呆れ怒ったものだった。
でも、仕方ないじゃない。子どもはバカしたがる生き物だし、バカ殿様はそのお手本なんだから。ビートルズの「birthday」を聞くといつも、CM入り前のスポンサーテロップを思い出す。それほど幼いころから触れてきたバカ殿様だった。

中学で志村けんが好きな奴と友達になった。おかげで「だいじょうぶだぁ」のキャラでその友達と毎日ふざけ倒して過ごすことができた。デシ男のウェイターのコントとか、いいよなおじさんとか。部活でまじめに練習もせずにずっとウェイターコントの再現をしていて遊んでいた(もちろん部長は怒った)。
春はいいよなぁ~ンフ、ンフフフ。のどかって感じで!あれ?お花見?お花見はいいよなぁ。お花見はいつもならいいはずだよなぁ、、。なーんて。あれ?沁みるよ

ドリフターズの特番があると必ずビデオテープに録画したうえでちゃんとテレビの前に座って見て居た。両親がリアルタイムで見ていた番組を数十年経った後でも一緒に見て笑うことが出来た。それはかなり特別な時間だったんだろうと思う。そんな特別な時間が大人になる今までずっとそばにあった。

陽だまり

けど亡くなってしまった。
「まだまだ死なねぇよ~」なんて言って起き上がることも、「なーにバカやってんだよ」なんて言ってツッコむこともない。
思わず姉に連絡した。「とても悲しい」と。
「私もそう。日本国民みんなそうだろうね」とやさしく彼女は言った。

僕はそうして紛れもない喪失感を抱いた。

ところが。ところが、なんだよ。改めてYoutubeなどで往年の名コントの数々を見るたび、笑っている自分がいた。ぽっかり胸に空いた穴に、自分の笑い声はよく響いた。寄せては返す波みたいに笑い声が反復した。意外にもそれがもたらす響きは、あたたかく、心地のよいものだった。それは虚空にこだまする虚ろな響きなんかじゃなく。限りなく体温に近く、良く晴れた青空の下の陽だまりのようなあたたかみを含んだ、人間的な響きだった。それは志村けん、その人の人柄によく似ていると思う。
そのあたたかみを胸いっぱいに感じて、やっぱり志村けんは最高のコメディアンなんだと思った。

今、想うこと


このままでは日本はもっともっと最悪な状況を辿るに違いない。暗い未来が舌なめずりして僕らを引きずり込もうとしているのが丸見えだ。僕はもはや日本中や世界中の他人を心配できるほどの余裕を持ち合わせていないかもしれない。みんながみんな結構ギリギリかもしれない。ただひたすら、僕は田舎の両親や祖父母や家族や、幼い甥っ子や愛犬や、大切な友人や応援しているアーティストの無事を祈る。自分の身の回りの人の無事ぐらいしか祈れない。なるべくなら家でじっとしていたいし、マスクは外せないし、手洗いうがいも欠かせない。
ただ僕は、他人にもそれぞれの大切な人を(僕がその大切な人の無事を想えないぶん)想って祈り、できることをしてほしいなと願う。誰かが誰かを想って行動する。その連鎖がこのやるせない、不条理な事態を乗り越えるための一つの方法である。
とにかくそう信じていけば、なんとかだいじょうぶだぁ。

追記:

「志村どうぶつ園」、チンパンジーのパンくんとのお別れのシーンで大号泣した。カーペンターズ、「close to you/あなたの傍に」

Just like me, they long to be
私みたいに 彼らも居たいの
close to you
あなたの傍に

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