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学部長の教科書⑬ リーダーシップ編 第6ステップ 短期的成果を上げるための計画策定−初年次教育改革案その3

学部長の教科書「リーダーシップ編」の「ステップ6」は初年次教育改革に重点を置いたため、かなり分量が増えてしまいました。前回は、⑤ 教員協働による共通教材・授業シナリオ作成、⑥SA制度の導入とSAのチームビルディング、⑦SAを巻き込んだ授業設計までを説明しました。今回は残りの3つのステップを解説します。

⑧ 授業後のふりかえりと打ち合わせ

1で述べたように、基礎ゼミナール90分とキャリア科目45分を連続実施すると、2コマ目の半分で授業が終わります。つまり、45分間余ります(100分授業だと50分です)。この時間は授業時間中なので、絶対に他の会議が入ることはありません。そこで、この45分間に、担当教員とSAが集まり、当日の授業のふりかえりと次週の打ち合わせ、そして学生情報の共有を行います

45分間という短時間でどんな打ち合わせができるのでしょうか? 本学部の基礎ゼミ打ち合わせ風景がどのように行われるか、実況中継っぽく書いてみます(実際の内容をもとに創作を加えています)。


キャリア科目が終わると、基礎ゼミナール主任の教室に、授業が終わった教員とSAが集まってきます。全員が揃うまで、教員とSAはそれぞれ今日の授業のふりかえりをしています。今日の授業の様子、学生が躓いた箇所、クラスで気になったことなどを話し合っているのです。

時間が来ると主任が司会として口火を切ります。

「今日は◯◯先生はお休みでしたね。ということは、◯◯先生のクラスと◯◯先生が合同でやったってことですね? 先生は9名、SAは10名が揃いました。では、今日の授業の報告をお願いします。記録は◯◯先生、お願いします。」

ちなみに、本学部では、昨年度から報告はすべてSAが担当しています。SAの報告には教員たちも真剣に耳を傾けます。

「◯◯ゼミです。今日の欠席者は2名です。今日は予定どおり進みました。最初のパワーポイントがわかりやすかったみたいで、1年生はスムーズに取り組んでいました。ただ、 “問題”と“課題”の言葉の区別が難しかったみたいで、そこでワークが止まってるグループが見られたので、私がグループに加わってアドバイスしました。2限目は3名がスピーチをしました。3人とも高校で頑張ってたことを話してくれました。ただ、1人は途中で話せなくなってしまって、来週もう一度やるって言ってました。以上です。」

次のSAが話を続けます。「◯◯ゼミです。今日の欠席者は0名でした。うちのゼミでもやはり途中でワークが行き詰まってるグループがありました。僕たちも去年そうだったのですが、課題解決にいきなり進むとやっぱり難しいです。自分たちのテーマを扱う前に、簡単な例をいくつか考えてみるようなワークを挟んでもよいかと思いました。」

こうしたSAの意見も記録に残ります。そのため、次週以降の教材の改良、あるいは次年度の教材の改良に繋がっていきます。授業改善のPDCAサイクルにSAが関与しているのです。

続いて、教材作成担当の教員から次週の授業について簡単な説明があります。その他、連絡事項などを伝えて終了します。ここまでで30分ぐらいです。時間が限られているので、スピーディーに進みます。

その後、SAたちは退席し、気になる学生等の情報について教員だけで共有します。◯◯という学生が3週間連続で休んだとか、〇〇という学生が休学しそうだとか、先日◯◯という学生からこんな悩みを打ち明けられたといった内容です。

若手の先生からは、コミュニケーションが苦手な学生への対処方法の相談があったりします。そんな時、他の先生からは、「先生が最初に動くのではなく、周りの学生が気づいてサポートする動きが出てくるようにしたほうがいいですね」とか、「コミュニケーションが苦手な学生は、言いたいことをいったん紙やPCにまとめてから話をさせてみたらどうでしょう。クラス全員がそうしてもいいと思います」といったアドバイスができます。必要があればSA、あるいは職員にも情報共有し、カウンセラーにつなぐこともあります。


いかがでしょうか? 私は、このやり方は、初年次基礎ゼミを組織的に運営し、PDCAサイクルを回していく方法としてだけでなく、「担任制」の欠点を乗り越える仕組みだとも考えています。

「担任制」という制度には、自分が担当する学生だけに注意を払い、他の学生に対しては無関心になる、という欠点がつきまといます。学生に対する“目”が担任一人に限定されてしまうのです。

ところが、教員たちが毎週他のクラスの学生情報に耳を傾けたり、他の先生や職員に気軽に相談できる環境があると、一人の学生に対して、他の教職員やカウンセラーなど、担任以外の目も注がれていくようになります。次第に「この学年の学生は、ゼミ担当教員全員で支援する」という考え方が先生の間に広がっていきます。それは、「責任を担任一人に押し付けられない」という安心感にもつながります。学生情報をフランクに共有し合う場があることは、先生たちの「心理的安全」を生み出すのです。

通常の担任制と、教員この違いを図で表すと、次のように表現できるでしょう。

図表通常の単陰性と、脱担任制のパーソナル支援の違い

また、このような情報共有の場では、例えばクラスをまたいだ人間関係のトラブルに気づくこともあります。かつて、ある教員が「学生から◯◯という相談を受けた」と何気なしに報告した時がありました。すると、他の先生が、「その学生が言ってること、もしかしたらうちの学生も関わってるかも」と気づいたのです。そこから聞き取り調査を始めると、実は、かなり大きな人間関係のトラブルが発生していることが判明したことがあります。

以上の仕組みについては、以下の論考でより詳しく論じました。ご興味がおありの方はどうぞご参照ください。
山本啓一「大学における担任制度の課題とインクルーシブ教育システムの意義〜北陸大学経済経営学部の事例」『私学経営』2021年11月号

⑨ 学生情報共有システムの設定

もちろん、上記の打ち合わせだけでは、学生情報の共有は十分にできません。オンライン上の学生情報共有システムは不可欠です。私は、学生情報共有システムは、クラウド上のスプレッドシートを使うのがベストだと断言します。

本学部ではGoogleスプレッドシートを使って、ゼミを担当する教員で学年全員の学生情報を共有しています。アクセス権限を学部長と教務課職員に加えて、担当教員だけに付与することで、セキュリティを確保しています。

下図はそのイメージです。スプレッドシートには、学籍番号、氏名、入試、出身高校、部活、毎学期GPA、外部テストスコア等が入力されています。その横に教員が月ごとに記入する欄があります。担当教員は学生と面談を行うなど、何らかのパーソナル支援を行った月には、その内容を記入します。その他、欠席が多い等、打ち合わせ会で報告した内容も記入します。

図表 学生情報共有スプレッドシートのイメージ

年度最後になると、ゼミ担当教員は全員の所見を100字から200字程度で記入します。翌年度には、次の学年の担当教員別にソートし、アクセス権限を付与し直すことで、翌年度の担当教員に申し送りができるようになるのです。このスプレッドシートは4年生まで持ち越されます。4年時はキャリアセンターとも情報を共有します。担当教員とキャリアセンターでバラバラになりがちな就活情報を集約することに使うのです。

他大学の方にこのシステムの話をすると、「うちには学生情報を共有できるシステムがあるので、、、」と返答されることがあります。ただし、多くのシステムは、1人の学生の情報を引き出すために、何度もキーボードを操作し、カーソルでクリックするといった手間が必要になる場合がほとんどです。そうしたシステムは、情報がいくら入力されたとしても、その後活用されることはほとんどありません。

ところが、スプレッドシートだと、学年全員の学生情報を1クリックですべて閲覧できます。教員は、自分がその学年のゼミを担当していれば、授業で気になった学生がいた場合、ゼミの学生以外でもその学生の状況を確認できます。必要と判断すれば、自分の授業での様子について、ゼミ担当教員に伝えることもできます。閲覧にかかるコスト(キーボード入力回数とクリック数)を最小限まで減らせるのが、スプレッドシートなのです。

次に聞かれるのは、「そんな名簿を共有して個人情報保護の観点から問題になりませんか?」とか、「セキュリティは大丈夫ですか?」ということです。

まず、学生の個人情報は、大学としてしっかりと管理体制を作らなければならないのは当然です。しかし、教育目的のために、学生情報を教職員が共有することは、事前に学生本人に了解を取れば可能です。また、クラウドだからセキュリティが心配だというのも杞憂です。現在は、個々人がローカルPCでデータを保有するより、クラウドで管理するほうが、はるかに安全といえるでしょう。

ただし、学生の機微に触れる「要配慮個人情報」は、オンラインに残さないようにしています。センシティブな情報は、口頭でのみ共有すべきでしょう。

⑩ 教育成果の可視化と改善のサイクルの導入

これまで初年次教育を十分に行ってこなかった学部であれば、このやり方初年次教育を改革すれば、成果は半年で出るはずです。この方式は、私が所属してきた学部だけでなく、「大学魅力化プロジェクト」として支援している他の大学にも導入した経験があります。その時も、大きな成果がすぐさま出ました。

具体的な成果としては、まず、学生の満足度があがったことを学生アンケートから確認できます。特に、SAの存在は新入生に大きな印象を与えるようです。また、先生たちの満足度も高まります。「学生の成長ぶりをみて成果を実感できた」「他の先生と協力して教材を作るのは大変だけど、達成感があった」「SAのモチベーションの高さにびっくりした。うちの学生がこれほど優秀だとは今まで気づかなかった」といった感想が出るようです。退学率も低下傾向になるはずです。

もちろん、短期的成果を出せる改革とは、基礎ゼミに限りません。ライティング科目でもよいでしょうし、情報リテラシーでもよいでしょう。いずれにせよ初年次教育科目の中で重要性が高いものから手をつけるのがよいと思います。

こうした成果を教授会で伝えれば、改革に懐疑的な先生方の声もやわらいでいく可能性があります。高校向けの広報にも十分活用します。このように、初年次教育改革で短期的な成果を出し、内外の評価を得ることで、カリキュラム改革といった大きな改革に手をつけられるようになるのです。

ただし、ここで重要なのは、基礎ゼミ改革の手綱を緩めないことです。そのためにも、基礎ゼミの改善サイクルがしっかり回る仕組みを作ることです。これは後ほど述べるようなマネジメントの分野です。

具体的には、担当教員が協働でシラバスを作成するワークショップを定例開催するとか、SAの研修を継続的に行うといった取組を、学部の定型業務=ルーチンとして落とし込むようにしましょう。私は、2月中に基礎ゼミのシラバス作成ワークショップを毎年実施するようにしていました。この研修には翌年度の着任予定教員にも着任前研修として参加してもらっていました。SA研修も春休み中に実施し、その後、SAたちが自主トレーニングすることも支援しました。

こうしたプロセスをルーチン化するためには、次年度から研修やワークショップも含めた基礎ゼミの年間スケジュールを教務事項として確定し、教授会で決定しておけばよいでしょう。いったん制度化しておけば、制度には慣性の法則が働きだします。学部長退任後もこの仕組みは続いていくはずです。

なお、基礎ゼミ改革の成否を大きく左右するのは、「主任」の存在です。主任は絶対に必要です。現任校では、最初の年は私が基礎ゼミの主任を担当しましたが、翌年度からは、他の教員に主任を依頼しました。その後、ほぼ毎年交代しつつ、この仕組みが受け継がれています。主任の職位もどんどん若くなり、現在では助教の先生が主任を担当するようになりました。

主任を担当する教員には、学部長としてできるだけのインセンティブをつけてあげることが大切です。基礎ゼミの主任は、若手であろうとベテランであろうと、多くの教員やSAを束ねつつ、年間を通して基礎ゼミの運営に責任を持つという意味で、やはり大変な仕事です。たとえば学部長裁量経費があれば優先的に割り振ればよいでしょうし、表彰制度があれば表彰するといったことでもよいでしょう。学部のために尽力してくれた教員に対して、学部長ができるかぎり報いることが必要です。

また、主任を育てる取組みも重要です。外部の研修や初年次教育学会や大学教育学会などに参加してもらうのはその一例です。教育改革を担う次世代のリーダーを育てることも学部長の重要な仕事です。若いうちから外に出て情報交換を行ったり、他大学の教職員と交流する機会があることは、後々の成長のために重要な経験となることでしょう。


やっと第6ステップが終わりました。残りは2ステップです。早めの更新を心がけます。

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