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学部長の教科書⑪ リーダーシップ編 第6ステップ 短期的成果を上げるための計画策定−初年次教育改革案その1

教学マネジメント改革は一朝一夕で成し遂げられるものではありません。明確な3つのポリシーの策定、スリムで体系的なカリキュラムの導入、DPと連動した授業展開、教育成果や学修成果の可視化など様々な要素に相互関連性を持たせながら導入していく必要があります。こうした体系的な教育プログラムの整備に時間がかかるのは当然です。

しかし、学部長の任期は2年間または4年間がほとんどです。まず、2年間ではこのような学部変革はおよそ無理でしょう。私の経験からも、カリキュラム改革を導入できるのは3年目からです。学部改革には少なくとも4年間はかかります。そして、根本的な学部改革には、学部長の任期期間以上の長期的な取組が求められます。

ただし、学部長の任期が4年間あるからといって、4年間の長期的な改革プランだけを掲げても、学部教員はついてこないという点にも注意が必要です。多くの学部教員は、そのような長期間にわたる改革に対して辛抱強く取り組もうとは思いません。最初は協力的だった教員ですら、ゴールがいつまでも見えないことに不満を感じるようになるでしょう。抵抗勢力が増えていき、結局、いかにその改革案が優れていたとしても、頓挫する可能性は非常に高いと言わざるを得ません。

長期的な改革を進めるために、短期的な成果が必要

学部長の任期期間が何年であろうと、学部長は、改革に協力的な教員の信頼を獲得し、抵抗勢力を減らすために、最初の1年間または2年間で結果を出す必要があります。特に2年間任期の学部長であれば、1年目または2年目の早い時期に成果を出してはじめて、学部教員からだけでなく、全学執行部からも信頼を得られることになるでしょう。そうすれば再任される可能性が高まり、結果として、より中長期的な改革プランに着手できるのです。

コッター教授も「順調に進んだ改革を見ると、経営陣は業績が明らかに改善しうる手段を積極的に模索し、年度計画に目標を設定し、その目標の達成に貢献した社員を表彰したり、降格させたり、また報奨を与えたりする」と述べています。長期的な学部改革を成し遂げるためには、逆説的ですが、短期的な成果を上げることが不可欠なのです。

どのように短期的成果を得るか

では、短期的に成果の出る改革とはどのようなものがあるでしょうか? 学部のコンセプトが明確になれば、その内容をオープンキャンパスや進学説明会などで効果的に伝えることで、募集状況の改善が見られるかもしれません。その前に、高校の先生からの評価が変わったことなどをアンケート等で学部教員に伝えることもできるでしょう。

1年次必修科目である専門基礎科目の改革などもよいかもしれません。後述するような初年次教育改革に近い改革ができる可能性があります。地域連携科目を全面的に刷新するといった方法もあり得ます。学部長が主導して文科省の競争的資金を獲得することなどは、タイミングが良ければあり得るでしょう。大学や学部がこれまで取り組んできた「強み」を生かすやり方も一つの方法です。

ただし、この段階で新たな取組を単純に「付け加える」ことにならないように注意すべきです。その理由はステップ5で述べたとおりです。退学率を改善するためにパーソナル面談を単純に増やしたり、授業改善には時間がかかるからという理由で課外講座を増やしたりすることは、結局のところ学部内の資源配分を薄く分散させることになり、期待するような成果は見られないばかりか、次の改革につながる一手とならないのです。むしろ既存の取組みの刷新やバージョンアップを狙うほうがよいでしょう。

初年次教育を根本から変える

私自身の自論を言えば、まずは「初年次教育改革」に集中することだと考えています。

初年次教育とは、次のように説明されています。

高等学校から大学への円滑な移行を図り、学習及び人格的な成長に向け、大学での学問的・社会的な諸条件を成功させるべく、主として大学新入生を対象に作られた総合的教育プログラム。高等学校までに習得しておくべき基礎学力の補完を目的とする補習教育とは異なり、新入生に最初に提供されることが強く意識されたもの

中教審「学士課程教育の構築に向けて」

日本の初年次教育学会も設立15周年をむかえました。文科省の調査では、「初年次教育に取り組んでいる」と回答する大学は今や97%に達します(文科省「令和2年度の大学における教育内容等の改革状況について」)。すでに、ほとんどの大学では初年次教育が導入されていると言ってよいでしょう。

多くの大学では、初年次教育科目とは、「基礎ゼミナール」(大学によっては入門演習と呼ばれることもあるようです)等の演習形式の授業科目のことをさすようです。大学によっては、文章表現科目や情報リテラシー科目、キャリアデザイン科目などの複数科目をパッケージ化しているところもあります。ちなみに、北陸大学経済経営学部では、基礎ゼミナール、キャリアデザインI、日本語リテラシーI・II、情報リテラシーといった授業科目を初年次教育プログラムとして位置づけ、必修化しています。このうち基礎ゼミナールとキャリアデザインIは、20名程度のクラス編成のもとで演習形式で行われています。

基礎ゼミナールの改革を学部長が手掛けられる機会は意外に多そうです。文科省の調査によれば、「初年次教育を実施するためのセンター設置」を行っている大学は25%未満です。全学レベルの一般教育科目として実施されている大学もありますが、大半の大学は学部ごとに初年次教育を行っているようです。そんな大学であれば、学部長が初年次教育改革に手を付けることが可能になります。

初年次教育をすでに導入しているにも関わらずその成果がはっきりしないとか、学生の授業評価アンケート結果がはかばかしくないとか、初年度退学率が3%以上あるとか、学生が成長しているように思えないといった課題を抱えている学部は、初年次教育の根本的な改革に取り組むべきだと私は考えます。

私が前任校そして現任校で真っ先に取り組んだのは、入門演習や基礎ゼミといった初年次科目の改革です。また、現在、私が支援に関わっている大学でも、初年次教育改革から手を付けています。もちろん、その改革は簡単なものではありません。授業科目レベルの改革ではありますが、実は学部レベルの組織的な改革が必要です。学部長は、1年がかりでこの改革に集中する必要があるでしょう。

私的基礎ゼミ改革案

初年次教育改革の成果はすぐさま表れます。夏休みに入る頃には、学生の満足度が前年度と比べてかなり向上したとか、退学率が減ったといった具体的な数字となって現れます。学生の雰囲気も変わります。

なによりも参加する教員の意識が変わります。教員同士の関係性が変わり、改革に対する手応えを感じるようになります。特に重要なのは、教員の学生に対する考え方にも変化が起きることです。「うちの学生は素晴らしい」。そんな気持ちを持つ教員は確実に増えます。学部長にとって、1年目で成果を出し、学部長のリーダーシップへの信頼感を獲得し、次の改革につなげるために、これほど重要な改革はないのです。

私の初年次教育改革の具体的な内容については、大森昭生, 成田秀夫, 山本啓一, 吉村充功(2018)『今選ぶなら、地方小規模私立大学! 〜偏差値による進路選択からの脱却』レゾンクリエイトや、拙著(2018)「学部マネジメントと学部長の役割」『大学マネジメント』などでも紹介しています。そちらをご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、ここでは、より具体的に、ステップ別に説明していきましょう。

私の基礎ゼミ改革の方法は次の10ステップから構成されます。
① 基礎ゼミと他の科目の連続実施の設定
② ジェネリックスキル育成を意識した到達目標の設定
③ 教員のチームビルディング
④ コマのユニット化を基本としたシラバスの作成
⑤ 教員協働による共通教材・授業シナリオ作成
⑥ SA制度の導入とSAのチームビルディング
⑦ SAを巻き込んだ授業設計
⑧ 授業後のふりかえり
⑨ 学生情報共有システムの設定
⑩ 教育成果、学修成果の可視化と改善のサイクル

この基礎ゼミ改革ステップのうち、①と②はすでに、学部変革のステップ2で述べた「改革推進プロジェクトチーム」で取り組むべき内容です。学部改革案を構想する段階で、初年次改革に手を付けると決めたならば、その時に大きな方針は固めておく必要があります。

① 基礎ゼミと他の科目の連続実施の設定

私は、基礎ゼミとキャリアデザイン等の他の科目を2コマ連続実施することを推奨しています。といっても180分授業にするのではありません。基礎ゼミは年間を通じて実施される4単位科目であることが多く、90分授業×30回実施が基本です。それに対して、もう1つの科目は2単位科目を活用して、45分授業×30回実施という形態にするのです。つまり、90分間と45分間の授業が続けて実施されることになります。残りの45分間は担当教員の打ち合わせ時間にあてます。

現在では、前期後期のセメスター制度や90分授業方式だけでなく、クォーター制度や、100分または110分授業が導入されている大学も増えています。その場合、授業回数や授業時間等に細かい違いはあるものの、初年次演習科目ともう1科目を連続実施させることは、いずれの方式でも可能なはずです。

基礎ゼミと連続実施する科目はなんでもよいでしょう。私の場合、前任校では「キャリアチュートリアル」という科目を設定しました。現任校では最初はそのような科目がなかったので、「ライフプランニング論」というキャリア科目を流用しました。現在は「キャリアデザインI」という科目にしています。また、私が改革支援に関わっている大学でも2コマ連続実施を取り入れています。この方式を取り入れることが可能な大学や学部は多いはずです。前年度のうちに教務課と相談し、流用できそうな科目の目星をつけておくとよいでしょう。

基礎ゼミの改革については、教授会を通すことが最初の関門です。もし、既存の基礎ゼミが特定の教員を中心に長年にわたって実施されているようなことがあれば、必ず抵抗されるはずです。その場合、長年にわたって担当していた教員にはずれてもらう必要があります。これは学部長が避けることのできない対立の局面です。対立を恐れて改革の導入を断念するか、改革のためには対立も辞さずと思えるかどうかは、学部長のリーダーシップにかかっているでしょう。

対立を解消するためには、学部内で根回しをするほか、学長から各学部に初年次教育改革をするよう命令してもらうよう段取りを図ってみるのも一つの方法です。学部長の任期月がいつから始まるかにもよりますが、こうした準備を年度末までにすませておけば、就任後の最初の4月から改革をスタートできるでしょう。

② ジェネリックスキル育成を意識した到達目標の設定

これらの科目のねらいや到達目標については、事前にプロジェクトチームで大枠を決めておきます。社会で必要となるジェネリックスキル(汎用的技能)育成を到達目標に含めるべきです。これまでの基礎ゼミがリメディアル的な内容だったり単純なスタディスキルを中心とする内容であれば、絶対に変更する必要があるでしょう。

ここで、ジェネリックスキルについて少し解説しておきます。ジェネリックスキルとは、大きく分けると2つあると説明されます。1つは「知識をもとに考える力」です。これは「リテラシー」と呼ばれたりします。リテラシーとは、情報を収集し、その情報を分析し、その中から課題を発見し、その上で自分なりの言いたいことや解決策を構想し、それを表現に結びつけていく、という一連のプロセスを自分の中で回せる力のことです。リテラシーはレポートやプレゼン作成に求められる力です。1コマ目の基礎ゼミはリテラシーを主要な到達目標にします。詳しくはステップ4で述べます。

もう一つは「コンピテンシー」と呼ばれる力です。この力の源流の一つは、OECDが1999年~2002にかけて行ったDeSeCoプロジェクトで定義された能力概念です。コンピテンシーとは、単なる知識やスキルの習得を越えて、共に生きるための力を身につけ、幸せな人生を送り、良い社会を作るための「生きる力」と言えます。これは我が国の「社会人基礎力」にも大きな影響を与えています。社会人基礎力では、「考え抜く力」「人とつながる力」「自分自身を伸ばす力」の3つに分類されます。これらの能力は「知識」ではありません。経験とリフレクションを通じて徐々に成長していく力です。アクティブラーニングやPBL型の授業が重要だと言われるのは、こうした力を身につける上で、リアルな学習経験が不可欠だからです。

コンピテンシーを伸ばすためには「経験」に加えて「リフレクション」が不可欠です。「リフレクション」とは、自己の過去の具体的な経験を思い出し、そこから教訓や自論といった抽象的概念を見出し、それをもとに次のステップの目標をたてて、次の行動につなげていくという「経験学習サイクル」を支える学習行動です。「経験」に対して「リフレクション」を行い、そこから見出された結果を「次の経験」につなげるためには、リフレクション能力をきちんと育成する必要があります。

私は、初年次教育におけるキャリアデザインとは、学生自身が、大学に入学するまでのパーソナルヒストリーをリフレクションすることから始めるべきだと考えています。自分の将来を考えるためには、まず自分の「歴史」を知るべきだというのは、私が学生時代に教養ゼミに参加したことがある阿部謹也先生から学んだことです(阿部謹也『自分のなかに歴史をよむ』ちくま文庫、2007年)。

2コマ目のキャリアデザイン科目では、リフレクションを中心とする内容にするとよいでしょう。具体的には、春学期は一人ひとりの学生が入学までにがんばってきた経験を他のゼミ生の前で話す「10分間スピーチ」を中心にします。学生がこれまで頑張ってきたことや、自分が大きな影響受けてきたことなどを10分間ひたすら話し(もちろん10分間話せない学生がいてもよいのです)、他の学生と教員はその内容を傾聴します。こうした時間は、学生の自尊心を高め、他の学生との相互理解を深めるよい機会になるはずです。教員にとっても面談よりもはるかに深いレベルで学生理解ができる場合もあります。

私はこの時間を「アフター・ゼミ」と呼んでいます。私の学生時代は、ゼミが終わった後に先生も交えて飲みに行き、その時に先生に自分の過去の経験を聞いてもらったという思い出があります。そのリラックスした自由な雰囲気を授業時間内に再現し、リフレクションを通じた学生の精神的成長を見出そうというのがこの2コマ目の意図です。

しかも、この2コマ目の授業準備はほとんど不要です。初年次科目を担当する教員からは、「キャリアデザインなんて担当したことがない」とか「2コマも連続で授業を担当するのは大幅な負担増だ」という不満がでるかもしれません。しかし、実際に授業を実施してみると、むしろ2コマ目は、教員にとっては、学生のスピーチに耳を傾けるだけで良いという意味で、授業準備のプレッシャーから開放された安心できる時間になるのです。

③ 教員のチームビルディング

基礎ゼミ担当教員は、まずは改革チームとなった教員が中心となります。学部長も加わる可能性が高いでしょう。もちろん、学部改革に賛同する教員だけで担当者を編成することはできないはずです。学生指導には熱心だけど、改革には懐疑的な教員も含めざるを得ないでしょう。

そのためにも最初に担当教員間のチームづくりは不可欠です。一番良いのは、大学を離れて合宿(オフキャンパス研修)を行うことです。そうした予算を捻出するのは、新米学部長にとっては大変なことですが、職員に相談したり、全学の支援なども受けながら、実現できるとよいでしょう。教職協働推進といった名目で職員も加わった研修にすることも一つの方法です。

オフキャンパス研修では、レクチャーなど知識のインプットに関する時間はなるべく短くし、チームビルディングに時間を割きましょう(チームビルディングを専門とする講師に研修を実施してもらってもよいと思います)。また、夜を徹してじっくり議論できるのも、合宿形式の研修ならではのメリットです。非日常空間の中でじっくりと授業の構想を立てるといった贅沢な経験は、現在の大学ではなかなか実施が難しいだけに、こうした経験を共有した教員同士のチームワークは得難いものになるはずです。

私も前任校では何度となくオフキャンパス研修を手掛けてきました。2012年から2014年にかけて文科省の支援のもとで行われた「産業界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」では8大学の教員や学生を交えたオフキャンパス研修を、日本文理大学湯布院研修所で何度も行った思い出があります。現任校でも着任当初、セミナーハウスを使ったオフキャンパス研修を行いました。他大学でもオフキャンパス研修を提案し、最近実施したこともあります。オフキャンパス研修は、教員の意識を変え、チームとして改革をスタートさせるキックオフイベントしてもっと推奨されるべきだと私は考えています。

字数も多くなってしまったので、今回はここまでにします。続きは次回!

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