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学部長の教科書⑨ リーダーシップ編 第4ステップ ビジョン・ミッションの伝達

ビジョン・ミッションを教員に浸透させるには

学部ビジョン・全学ビジョンや学部の教育ミッション・コンセプトが策定されたら、まずは学部教員全員に周知徹底することが大切です。ただし、これはそれほど容易なことではありません。

コッター教授は、第4ステップの落とし穴として、「たった一度説明会を開いただけ」とか、「トップがそれ相応の時間を割いて説明したつもりでも、現場はほとんど理解できていない」、「有力役員の何人かが新しいビジョンと反対の態度を取り続けている」といったことが起こりがちがと指摘しています(前掲89-98頁)。企業においても新しいビジョンを浸透させるのは、そう簡単ではないということです。

確かに、大学ビジョン等も「たった1回の説明会の開催」で終わってしまうことはありがちです。しかし、短時間の説明会で一方的に説明したところで、それを例えば1ヶ月後に記憶している教職員はどれだけいるでしょうか? おそらく10%もいないことでしょう。

学部の教育ミッションやコンセプト等でも同様です。教育ミッションは、教授会で承認をとっている事項なので、策定当時は、改めて教授会メンバーに説明する必要性を感じないかもしれません。しかし、こうしたものは教員の頭の中からすぐに抜け落ちて行くものです。

教育ミッションやコンセプトについては、「すでに説明済み」だからと思って、2回め、3回目の説明を惜しんではいけません。教育ミッションは一度説明したくらいで浸透するものではありません(ディプロマ・ポリシーについても同じことが言えます)。教育ミッションが現場の教員の頭から抜け落ちてしまっていることを「覚えていない教員のせい」にするのではなく、「ミッションを十分に浸透させられていない学部長」の説明不足だと考えるべきなのです。

ステイクホルダーにいかに伝えるか

学部のビジョンやミッションを伝える相手は学部教員だけではありません。大学は非営利組織です。ドラッカーによれば、企業との最大の違いは、非営利組織には多様な関係者つまりステイクホルダーが存在するところだと言います。ドラッカーは次のように述べています。

「非営利組織にとっては関係者はもともとたくさんいる。そのいずれもが拒否権を持っている。学校の校長は、教師、教育委員会、納税者、保護者、そして高校の場合には生徒まで満足させなければならない。これら五種類の顧客がみな、学校を違う角度から見ている。彼らのいずれもが、学校にとって欠くことのできない存在である。それぞれがそれぞれの目的を持っている。校長としては、(中略)彼らのすべてを満足させなければならない」

ドラッカー、前掲、121頁

つまり、学部の教育ミッションは、教員だけに伝えるのでなく、学生、保護者、高校生、高校の先生、地域関係者等に広く伝えなければいけないということです。以下に、私自身がどのような取組をおこなったかを紹介しましょう。

「勉強が苦手で将来が不安なきみにつたえたいこと」

前任校では、教授会で決めた「学部コンセプト」を、そのままパンフレットにしました。パンフレットのタイトルは、「勉強が苦手で将来が不安なきみにつたえたいこと」。あまりにストレートな内容ですが、これこそが、教授会で合意した学部のミッションでした。

2012年6月作成。九国大法学部パンフレット(表紙・裏表紙)

我々の目の前には、目的意識が明確だったり、学ぼうという意欲が高い学生ばかりがいるわけではありません。むしろ、そうではない学生の方が多数です。そんな学生にきちんと目を向け、学ぶ目的をきちんと持てるように支援したり、学ぶ意欲を高められる授業を行っていくことこそ、入学した学生に対して責任を持つことだと表明したこと自体が大きな転換点でした。そのうえで、「勉強が苦手で将来の目標が曖昧な学生であっても(AP)、知識や思考の方法、幅広い興味関心を段階的に修得できるカリキュラムを通して(CP)、学ぶことが好きなり、障害成長し続ける意欲と能力を持った学生を育成する(DP)」。このようなリアルな3ポリシーから構成されたこの学部コンセプトを、教授会での議論を通じてまとめられたことには、大きな意味があると感じていました。これはつまり、学部が教育に対して「腹をくくった」ことだと言えます。そうした学部の姿勢は、それ自体が高校生や高校の先生に伝える価値のある内容だと考えたのです。

したがって、このパンフレットはもちろん学内だけでなく、高校の先生や高校生にも配りました。実際、高校の先生からは「思い切った表現をしましたね」と言われつつも、「目の前の学生に向き合おうという覚悟を感じる」という評価もいただいたのです。

学部コンセプト=教育ミッションが明確になったことによって、教員の姿勢にも変化が見られたような気がします。それまでは、少しでも高い学力をもった学生がほしいという声が多かったのですが、むしろ目の前の学生が教育によって少しでも伸びることに注力しようというという考え方を取る教員が増えてきました。そこから、科目間の連携が必要だとか、虫食い履修を防ぐために科目数を減らしたカリキュラムを作ろうという考えかたの土壌が育っていったと思います。

北陸大学経済経営学部でのミッション伝達

経済経営学部でも、「マネジメント力の育成」という教育ミッションを学部教員に対していかに伝達するかは、大きな課題でした。学部立ち上げから4年間は、入学定員の増加や教員の退職や異動などにより多くの教員が入れ替わりました。そこで、新規教員に対して、ミッションや学部コンセプトがきちんと伝わることに気を使いました。例えば、毎年新規教員が着任するごとに着任前研修会を行い、その場で学部のビジョンやミッションを説明してきました。

また、「一度説明しただけ」で終わらないよう、学部で策定したミッションやコンセプトに加えて、3ポリ、アセスメントポリシー、ガイドライン、申し合わせ事項等、教授会で策定したものを1まとめのファイルにして、年度当初の教授会で配布し、毎年説明を行っていました。 

また、外部のステイクホルダーに対しても、学部の教育コンセプトについて、オープンキャンパスや進学説明会などあらゆる機会で説明してきました。

その際痛感したのは、「教育ミッションは短ければ短いほどよい」ことです。どんなに長くても3分以内に収まっていなければ、そのミッションは焦点が絞りきれていないと言えます。また、このミッションは、学部長だけでなく、一般教員や在学生が話して違和感を感じさせないものでなくてはなりません。やはりミッションとは「学生が主語」になってなければいけないのです。

当時、私が語っていた学部ミッション・コンセプトをアニメーション化しナレーションを付けたものが、今でもYoutubeに残っています。2分間の内容ですが、これくらいコンパクトに学部の内容をまとめられると、よいでしょう。


学部ミッション・コンセプトを広くステイクホルダーに伝達する

 こうした教育ミッションや学部コンセプトについては、前述したように、学部の教員が共有するだけでなく、そのまま高校の先生や高校生にも伝えていくことが大切です。つまり、学部ミッションやコンセプトとは、そのまま「広報材料」なのです。

さらには、保護者にも伝えることも大切です。保護者の目線を、自分の子どもという個別の関心事だけでなく、「学部としての方向性」という中長期的な視点に目を向けてもらうことを心がけるのです。

学生が学業へのモチベーションが低下したり、成績不振に陥ったりした時など、ちょっとした危機に直面した時に、大学側と保護者が対立関係に陥ると、話はかなりこじれることがあります。保護者の視点と大学の視点が合致していないとそういうことが起きる可能性もあります。

そこで、保護者には、入学式直後から(むしろオープンキャンパスのときからですが)、学部の教育ミッションやコンセプト、教育方針をしっかり伝え、学部が目指す方向性を納得してもらうことが大切です。そうすれば、何かあった時にも、学部と保護者が対立関係に陥ることなく、学生を真ん中において、大学ができること、そして保護者が支援できることを、お互いに話し合える関係になるのです。保護者が学部の教育ミッションを理解してくれているかどうかは、いざという時に大きいのです。

学生に学部ミッションを伝達する

学部の教育ミッションを最も理解してもらう必要があるのは、もちろん学生です。教学マネジメント指針にも次のように述べられています。

今後到来する予測困難な時代にあって、学生たちは卒業後も含めて常に学び続けていかなければならない。学生自身が目標を明確に意識しつつ主体的に学修に取り組むこと、その成果を自ら適切に評価し、さらに必要な学びに踏み出していく自律的な学修者となることが求められている

「教学マネジメント指針」太字は筆者

また、「学修成果・教育成果の把握・可視化」の箇所ではつぎのようにまとめられています。

大学の教育活動を学修目標に則して適切に評価するためには、その限界には留意しつつも、一人一人の学生が学位プログラムを通じて得た自らの学びの成果(学修成果)や、大学が学位プログラムを通じて「卒業認定・学位授与の方針」に定められた資質・能力を備えた学生を育成できていること(教育成果)に関する情報を的確に把握・可視化する必要がある学生が「卒業認定・学位授与の方針」に定められた資質・能力を身に付けられていることを実感・説明でき、大学が教育課程の改善に活用できるようにするためにも、複数の情報を組み合わせた多元的な把握・可視化が必要である。

前掲、太字は筆者

「学修成果の可視化」のために、学生はディプロマ・ポリシーに定められた資質・能力を身に付けられていることを、学生自身が実感・説明できることが求められています。学部のミッションやコンセプトを学生がまず理解しておく必要があるのは、このためです。

北陸大学経済経営学部では、学部ミッションやDPについては、入学式後のガイダンスに必ず説明しています。また、初年次科目である基礎ゼミナールまたはキャリアデザインの1回目にも必ず説明します。さらに学期末、学年末の段階での成長レベルをふりかえり、自己評価する仕組みもあります。このように学生に対してはかなり丁寧に、学部の教育ミッションを伝達する仕組みになっています。

今一度、はたして学部ミッションは、教員には伝達されているか、を考える

私自身の反省としてふりかえるならば、教員に対して学部ミッションを伝達することに、最も遠慮があったかもしれません。学部ミッションについて、2度め、3度目に話をする時には、「何度も同じ話を聞かせてしまい申し訳ない」という気持ちになっていきますし、ついそういうことを言ってしまいます。実際、教員に対する説明は、年を追うごとに簡単になっていったような気もします。教員に学部ミッションやコンセプトを伝達する方法は、やはり「一方的に話す」だけでは限界があります。

教員に対して学部のミッションやコンセプトを伝達する最重要目的は、教員一人ひとりが、担当する授業の内容を学部のミッションやコンセプトと関連させる形で変えていくことにあります。これは現在では、「カリキュラムマップ」や「シラバス」を通じて実現させることになっています。しかしそうしたツールを使っても、形式な対応になりがちです。

教員への学部ミッション等の伝達方法は、もっと工夫があってもよかったでしょう。例えば、学部の教育ミッションやコンセプトと自分が担当する科目についての関連性についてFDワークショップなどを毎年定期的に実施してもよいのかもしれません。この点は、「学部長のマネジメント」の領域になってきます。回を改めて説明することにしましょう。

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