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【読書感想】お薬手帳は紙だと忘れるし電子だと記録しない

便りがないのは良い便りという言葉には疑問を持たざるを得ない。その人、便りを出せないくらいの鬱だったりして。

前回は医者から適応障害だと診断された話を書いた。心配の連絡をくれた方々、本当にありがとうございます。波はあれど、こうして便りを出せるくらいには今は元気です。

そんなこんなで今月頭から休職に突入した。そう、何を隠そう私は今ニートである。ニート。なんて甘美な響きなんだ…。

以前は新しい文章を頭に入れるのが辛かったのだが、仕事から離れたらだいぶ精神が回復し、本を読める程度には元気になった。真っ先に手を出したのが道尾秀介の『向日葵の咲かない夏』だったのだが、これがとんでもなく後味が悪い話であり、高校3年生のときに受験勉強よりも2ちゃんねるで「後味の悪い話」を読んでいる時間の方が長かった自分のことを思い出してしまった。パパママ先生ごめんなさい。

なんだか知らないが自分は若干精神状態がよろしくない時に後味の悪い話に手を出す傾向があるらしいと気がついたので、そんな暗い本3冊について書いていく。でもみんなは元気な時に読んで欲しいよ。

道尾秀介『向日葵の咲かない夏』

蝶ネクタイをしたどこぞの少年が「真実はいつも1つ」とキメているが、それは全員がその答えに納得しなければならないという、本格ミステリ的な考えである。答えは主観の数だけあるのではないのか。自分に見えている世界と他人に見えている世界が同じ保証なんてどこにあるのか。足元が揺らぐ感覚になる本だった。

欠席したクラスメイトのSくんにプリントを届けに行った主人公は、彼が首を吊って死んでいるのを発見してしまう。主人公は慌てて学校に戻って報告し、教師と警察がSくんの家に駆けつけるが、Sくんの死体は忽然と消えていた。

ここまでは不穏なシーンもあるものの一般的なミステリだなと思い読み進めていたが、Sくんが蜘蛛に生まれ変わり主人公に会いに来て、「自分の死体を見つけてくれ」と頼むところから、異常さが滲んでくるのを感じた。正確には「蜘蛛に生まれ変わったSくんをあっさりと受け入れる主人公」に気がついてから。「普通の人間」であるならば、そんな異常事態はなかなか信じることができないだろう。

この本の中で正常な登場人物は誰なのだろう。そもそも正常の証明とは何だ?誰だって自分はまともで正常な人間だと思うだろう。でももしも他人から「あなたはまともじゃない」なんて言われたら、自分が正常だと信じきることができるだろうか。

ただ1歩引いてこの作品を見ると、主人公の主観を客観的に描写する作者の文章力に気がつくことができる。その技巧的な部分に注目することで、私はようやくこの作品の気持ち悪さから逃れ、息をつくことができたのだ。

新井素子『ハッピー・バースディ』

気持ちの悪いカップルランキングベスト3を作るとしたら、私はその中に「恋人を神格化している」をぶち込む。

売れっ子小説家・あきらは、自分の夫・公人(きーちゃん)をもうとにかく愛している。自分に小説を書くよう勧めたのもきーちゃんだし、その小説を賞に出すように勧めたのもきーちゃんで、受賞できたのはきーちゃんのおかげ。だから自分はきーちゃんがいてくれるおかげで今の生活があるし、とにかくきーちゃんありがとう愛してるきーちゃんきーちゃんきーちゃん…。

この時点でもうホラーな気もするが、まだまだ序の口である。

カフェであきらがインタビューを受ける際、インタビュアーとカメラマンの準備の悪さで、近くにいた客の裕司という男から逆恨みを買ってしまうところからあきらの転落は始まる。浪人生である裕司は、「あきらの家に嫌がらせ電話をする」という最悪の方法でストレス発散をするようになった。度重なる電話に耐え切れなくなったあきらは、ある日電話線を抜いてしまう。おかげで嫌がらせ電話は鳴らなくなったが、「公人が事故にあったからすぐに病院に来い」という電話に暫く気がつくことができなかった。

あきらは今までずっと主体性がない女で、私はそれが嫌いだった。自分の中にいるのはきーちゃんだけで、世界はきーちゃんを中心に回っている。カーッ。しゃんとしろ。

だからきーちゃんがこの世から消えた時、分かりやすく発狂するかと私は思ったが、たとえ亡くなっているとしても「きーちゃんの妻としてまっとうな社会人でいたい」と考えるあきらは、しばらくは他人の前では何とか生活を続けていた。

だがそんなハリボテがいつまでも持つわけがない。徐々におかしくなっていくあきらは「この事故で悪いのは誰か」「そもそもあの日自分が電話を取れていれば」を考え出し、裕司に復讐をすることを決める。軸がきーちゃんであることに変わりないにせよ、この決意からやっとあきらは自主性を見せたと思う。私は物語が始まる頃のあきらよりも、終わる頃のあきらのほうがずっと好きだ。

また新井素子は言文一致体で体言止めを多用した、非常に独特な文章を書く。たとえ作家名が伏せられていたとしても、10行読めば私は新井素子の作品だと見抜くことができると思う。それがまたこの作品の狂気を引き立てる。ぜひあなたも一度新井素子の文章の毒に捕まってみて欲しい。

貴志祐介『青の炎』

後味が悪い。後味が悪い界の王者。

まず表題作は「倒叙推理小説」というジャンルに該当する。一般的なミステリは、事件を解決するために警察やら探偵やらが活動する内容だが、このジャンルは読者にはあらかじめ犯人が分かっている。トリックは全部明かされている場合もあれば一部の場合もあり、その辺はまちまちな印象。有名作を挙げるならば東野圭吾の『容疑者Xの献身』とかだろうか。

表題作の主人公・秀一は、酒乱!ギャンブル好き!金遣い荒い!女癖悪い!暴力!という、人間の嫌なところのハッピーセットな義父を殺すことにした。理由は、母と妹に被害が及ぶのに耐えられなくなったから。

秀一はずっと自分ではなく周りの人のために動いている。義父を殺したこともそうだが、もし自分が捕まったら、母と妹は「殺人犯の家族」になる。加害者の家族が世間でどんな扱いを受けるかは想像に難くないだろう。

たとえお天道様が許さなくても、読者はみな秀一の肩を持ちたくなってしまうような優しさが彼にはある。途中から「秀一なんとか逃げ切るんだ…よしいいぞ刑事を騙せ!!」と必死に応援している自分に気が付く。

表紙裏に「完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い」という言葉があった。湘南の爽やかな風景と楽しそうな他の高校生、それと必死に逃げる秀一とのコントラストに胸を衝かれずにはいられない。間違いなく名作である。

おわりに

治療のための薬の名前をド忘れし、別の病院で医師に聞かれた時にどうしても思い出せずに咄嗟に「デパスです」と答えてしまった。良くない。完全にINTERNET OVERDOSEの聞きすぎ。に〜でぃ〜が〜る。





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