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バスに乗る小さな背中

私の頭の中に、少し肌寒くなった夜の渋谷で過ごしたあの日々が突然、呼び起こされた。
時刻は20:00頃。夜の賑わいが見え隠れし始める街の一本裏道に入った坂道にいつも座っていた。ちょっぴりお洒落をして、友達ときゃっきゃと笑いながら、今か今かと道行く人を観察して過ごすその時間がとても楽しかった。夜のワクワクと好きなものに囲まれたワクワクが相まって、目に写るものが全て輝いて見えた。


そんな8年前のある日の夜を私に思い出させたのは、朝のワイドショーだった。テレビをつけたまま眠ってしまった朝。日テレ派の私は『スッキリ』の音で目が覚めた。在宅勤務とはいえ、切り替えねばと身支度をしていると、聞いたことのある名前が耳に入ってきた。

“キム・ジェヒョン”-。

最近Twitterでもよく見かけるようになったその名前。韓国のバンドN.Flyingに所属し、ドラムを担当、韓国の音楽シーンで活躍しているのが彼だ。
「キム・ジェヒョン…」その名前を私は呟いた。
先日最終回を迎えた毎週日曜22:30の枠で放送されていたドラマ『君と世界が終わる日に』で韓国からやって来た青年ユン・ミンジュンとして出演していた。日本にいる姉を追って、引っ越し屋のアルバイトをしていたところ、ゴーレムが支配する世界に巻き込まれてしまう。言葉は少なく無口だが、本当は心優しく、テコンドーでゴーレムを次々と倒していき、主人公である間宮響の右腕のような存在を演じた。整った美しい顔立ちと華麗なアクション、そして正義感の強い役柄を演じ切ったジェヒョンは一躍人気者となったようであった。
まさか日本の朝の顔とも言える『スッキリ』が私とジェヒョンの再会の場になるなんて思いもしなかった。流暢に日本語を操り、出演者と会話をするジェヒョンはもう私が知っているジェヒョンではなかった。私は正直N.Flyingのメンバーが、FNCに所属するアーティストが日本のドラマに出演する日が来るとは思わなかった。Twitterでジェヒョンが出演することを知った時にもすごく驚いた。同時に時の流れを感じた。


私がジェヒョンと出会ったのはもう8年も前の話。2013年だそう。当時ジェヒョンは18歳。私も18歳だった。今と全く変わらない太陽のような笑顔を振り撒いて、人目を引く青年だった。初めてジェヒョンを見たのは、所属事務所であるFNCの先輩バンドFTISLANDのオープニングアクトだった。当時のN.Flyingは現在のメンバーとは違い、Vo.スンヒョプ、Gt.フン、Ba.グァンジン、Dr.ジェヒョンの4人組だった。当時FTISLANDのイ・ホンギを推していた私はオープニングアクトで出てきた彼らに最初はあまり興味を持てなかったが、何度かその姿を見るうちに興味を持ち始めた。まんまとFNCの罠に嵌まっていった。


当時彼らは日本で下積みをしていた。FNCのバンドは必ず日本での下積みを経験している。ロックバンドのシーンは韓国よりも日本の方が盛り上がっていることから、勉強のためにライヴハウスで経験を積むのだ。もちろんFNCの先輩であるFTISLANDやCNBLUEも同じ経験を積んでいる。N.FlyingはFTISLANDのツアーのオープニングアクトを務めながら合間に自分たちのライヴを毎週やっていた。おそらくそんな生活を半年くらいしていたのではないだろうか?韓国に帰らずに、ずっと日本に滞在して、地道に活動していた。

彼らが主な活動場所として拠点にしていたのは渋谷・表参道あたり。各地でライヴを行っていたが、印象に残っているのは宇田川にあるSHIBUYA CYCLONE。キャパは300人くらい。そこで毎週対バンライヴをしていた。観客は30人前後だったと思う。対バンなので、N.Flying以外のバンド目当ての観客ももちろんいた。当時彼らは自分たちの曲はたった3曲しかなく、その3曲とカバー曲2曲でライヴをしていた。日本語がそんなに話せるわけではないため、MCも少なかった。でもその分、演奏の中でコミュニケーションを取ろうとしてくれるメンバーが印象的だった。ジェヒョンは当時からメンバーの中では日本語が堪能な方だったと思う。そしてライヴ終了後にはインディーズでリリースした彼らのCDの手売りをし、ハイタッチをしてくれた。わずかながら取れるコミュニケーションが楽しかった。ライヴの感想を伝えると満面の笑みで喜ぶ彼らはキラキラしていた。今では考えられないことだが、ライヴハウスを撤収した帰り道、彼らは4人だけで帰ることもあり、駅まで一緒に歩くなんてこともあったくらい距離が近い存在だった。

当時の音源がYouTubeに。

恥ずかしながら「I love you」という歌詞で一緒に歌って叫んでいるのは自分だと思う。

私はライヴハウスに通ううちに知り合った彼らのファンと友達になり、徐々にコミュニティができていった。遊ぶ約束をするかのように、次回のライヴのチケットを買い、毎週通った。どんなに嫌なことがあっても、ライヴを重ねるたびに演奏やMCやファンへの接し方が変化する、成長する彼らを見ることが楽しかった。一緒にデビューまでの道のりを歩んでいるかのようで幸せだった。


しかしもちろん彼らは韓国に帰る日が来る。夏の終わりから冬にかけて日本を拠点に活動した彼らは冬には韓国に戻っていった。「韓国に戻ったら、すぐデビューするだろう」と推測していたが、そんなことはなく、彼らが韓国でのデビューを果たしたのは2年後の2015年だった。一度、2014年に韓国の事務所の近くで偶然彼らに会ったことがあるが、あの時もまだデビューしていなかった。それでも私たちファンに優しく接してくれた。

デビュー後も決して順風満帆なバンド人生ではなかった。楽曲がなかなか売れなかっただけでなく、ツインボーカルへの体制変更やリーダーであったグァンジンがファンとの熱愛報道により脱退するなど、苦労が絶えなかった。
それらを乗り越え、2019年デビュー4年目にして、悲願の1位に。波に乗り始めたこのタイミングでのジェヒョンのドラマ出演はN.Flyingの後押しとなるはず。


渋谷の街で、街行く人のハロウィンのコスプレに驚いたり、カツ丼を食べに行ったり、真剣な顔でメンバー同士で話したり。楽器を持ちながら渋谷の街を歩き、バスに乗って帰るその小さな背中を見ていた私にとって、今回のジェヒョンの日本での活躍ぶりは、なんだか子どもが巣立ったような気持ちになった。頼もしく、大きな背中になっていた。


「いつまでもいると思うな、親と推し」

なんて言葉があるが、その逆で。推しがこんな風に大きくなって帰ってくることがあるんだなって。これからときっとジェヒョンが、N.Flyingが、活躍している姿を見るたびに私は青春を思い出す気持ちと、あたたかい気持ちになるんだなと認識した。

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ジェヒョンに少しでも興味を持ってくれた人がいるのであれば、どうかN.Flyingまで手を伸ばしてほしい。いい歌奏でてます。



▼最新曲「Oh really.」


▼ちなみに日本に住んでいた頃の街を“ぶらり”している映像が公式にありました。そうそう。幡ヶ谷行きのバスにみんなで楽器を持って乗り込んでたな。




おけい


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