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Sun Flower

2018年5月4日。

彼はいつもの通り、早起きだった。

時刻は6時を過ぎたところ。

彼は服をまといリビングへ行ったようだった。


冷蔵庫を開ける音。

水道を使う音。


私は彼のそばに行きたい衝動より勝る、眠気の気怠さにベッドから出ることはできなかった。

彼は早起きだ。昨日あんなに飲んだのに・・・・

彼曰く、「休みのほうこそ早起きしなきゃもったいないだろう?」

それから笑って

「僕は貧乏性なんだ」と言った。

コーヒー豆を引く音が聞こえてくる。

眠気より彼のそばに行きたい衝動が勝ち、私はガウンを羽織ってベッドを出た。

彼は、キッチンで咥え煙草でコーヒーを淹れていた。

「おはよう。おこした?」

「大丈夫。」

私はあくびをしながら応えた。

「コーヒー、飲むでしょう?」

「うん。」

私はコーヒーが好きではない。たまに外で飲むくらいだ。彼が家に初めて来る日に彼のためにコーヒー豆を買った。彼は喜んで飲んでくれた。

いつしか彼が自分でコーヒー豆をひいて淹れるようになった。今では彼にコーヒーを作ってもらう方が多い。

私はまだ半分以上寝ている。

そのあけっぴろげた私に彼は近づくとおでこにキスをしてきた。

ラークの臭いが漂った。


「お風呂しよっか」

「うん。」

「それからビールを飲もう。」

「うん」

「料理の仕込みにもう少しかかるから、パーティーは9時30分ころ

スタートでいい?」

「うん」

「まずは、コーヒー飲もう」

「うん」

彼は私の分のコーヒーカップも用意してリビングのテーブルに置いてくれた。

「お風呂さっきわかしたからまた適当に止めてね。」

そう言うと、昨日から仕込んでいた鍋を彼は凝視していた。

換気扇の下でくわえ煙草。傍らにコーヒー。

私はそんな彼の姿を見るのがとても好きだ。

冷蔵庫を開ける音、包丁で刻む音。ガスコンロに火をつける音。

全てを私はソファーに頭を乗せ目を瞑りながら聞いていた。

彼が生きている。


きりがいいところまでやったのだろう。

彼は私のところまでやってくると、覆いかぶさるように抱き着いて「お風呂しよっか」と耳元でささやいた。

私は彼の唇を吸うと、「うん」とうなずいた。


風呂からあがり、髪を乾かす。

彼は冷蔵庫からビールとグラスを出すと私にビールが入ったグラスを渡してくれた。

「乾杯」

彼が一息でグラスのビールをなくす。時刻は8時30分だ。

彼はまた煙草に火をつけると、鍋に再び火をつけた。

「ねぇ、楽しみ」

「食べれる?」

「もちろん。お腹すいたよ。」

「よかった」

彼は野菜スティックを作り、冷蔵庫に入れた。

ニンニクを刻み、鍋に火をつける。アンチョビ、それから生クリーム。

同時進行で何やらソースを作っている。味見をして一人で頷いている。

彼は時刻を気にしている。

彼は時間には正確な人だ。去年のピクニックにも私より40分も早く待ち合わせ場所についていたらしい。


昨年の5月4日にピクニックに行って私たちは付き合い始めた。

そんな記念日に彼は「外で食べるのもいいけど、のんびり家で二人で過ごしたいよね」といい、「僕がフルコース、作るから」と。

冷蔵庫には彼のお気に入りのテタンジェが冷えている。

「朝からシャンパーニュなんて素敵だろ?」

そう言っていたので、彼のお勧めのシャンパンを私が買っておいた。

前日に購入していたお肉屋さんのホルモン。彼は昨晩から何やら仕込みをしていた。丁寧にゆでこぼし、ホールトマト、ミックスビーンズ、赤ワインとローリエなどで煮込んでいた。

今はそれを温めている。部屋の中にトマトの香りが充満する。

カリフラワーもゆでて、ミキサーにかけ、さらに裏ごししてゼラチンを加えたムースも冷蔵庫に冷えている。

前日から塩、こしょう、ハーブをまぶした豚塊肉は既に冷蔵庫から取り出されて常温に戻しているところだった。

バケッドはお気に入りの近くのパン屋に昨日二人で買いに行った。

時刻は9時を回った。

彼は調理を勧めながらやはり時間を気にしている。

その様子に気が付いて、私は少し不安に思ったのを覚えている。

9時15分。玄関のベルが鳴った。

彼は振り向くと、ゆっくりと煙草に火をつけて、

「ごめん、手が離せないから出てくれるかな?」と言った。

私は不思議に思いながら

「なんだろう?なんか届く予定あったかな?」とひとりごちた。

「佐川急便です」

やはり届け物のようだ。

私は玄関を開け、サインをする。

受け取って、差出人を見て驚いた。

「ねぇ、君から届いているよ」

「さぁ、同姓同名じゃない?」

「あけていい?」

「君が受取人だ」

花束だった。小ぶりの向日葵だ。

彼は冷蔵庫からテタンジェを出すと、白いハンカチをあてて、音も立てずに栓を開けた。

そして、シャンパングラスに静かに注いだ。

「さぁ、まずは乾杯しよう。僕が初めて美しいと思った酒だ。今日という日にはふさわしいだろう」

グラスを掲げ、二人でグラスに湧き出る気泡を見ていた。

本当に美しい酒というものがあるんだ。そう思った。

ひとしきり眼で愛でてから一口飲むと、私のグラスにも自分のグラスにも並々と注いで、それから料理を一から出してくれた。

まずは前菜

カリフラワーのムース(カレー風味のソース)

季節野菜のバーニャカウダ

つまみながらシャンパンを飲む。

テーブルには花束。

彼は照れた風に「友達に自慢してもいいよ」といってやっぱり煙草に火をつけた。部屋にラークの香りが充満する。

前菜でテタンジェはなくなりかけ、彼は続けて赤ワインの栓を抜いた。

昨日から仕込んでいたローマ風のモツ煮込み。

バケットも焼いてくれた。

チーズも切った。

それから彼はオーブンで豚塊肉を焼き始めた。

途中で何度もオーブンを開け、天板に白ワインを注ぎいれる。

「こうすると蒸される感じになるから豚肉がしっとりとなるんだよ」

彼は赤ワインを飲みながら自分の煮込み料理を自画自賛している。「やっぱりここのホルモンは正解だよね。これ作ってみたかったんだ。やっぱりホルモンは安心したところで買わなきゃね。」と満足そうに言っていた。

バケットも美味しい。オリーブオイルと塩コショウだけで十分だ。

40分後肉をオーブンから取り出し、さらにアルミホイルで包んで10分休ませる。

天板に残った肉汁などを煮立たせてソースまでつくる。

私はそんな彼を眺めながら料理をつまみ、ワインを飲んだ。

綺麗に切り分けられ、豚塊肉は彼の料理に昇華された。

「肉には赤ワインだというけど、これにはキレのある白ワインもあうと思う。」

そう言って、白ワインもグラスに注いでくれた。

彼の料理をつまみ、お酒を呑む。そして話をする。

去年の今頃はこうだったね。ああだったね。

そして時折唇を重ね、彼の料理に舌鼓を打ち続けた。

彼といると美味しいものにことかかない。


「ねぇ、なんで花束なの?」

「『花束を君に』てね。もらい飽きて嫌いかい?」

「そんなことはない。」

「ならいいじゃない」

「ねぇ。なんで向日葵なの?」

「向日葵の花言葉しっている?」

「知らない。」

「そう・・・・僕も知らないよ」

そう言って、彼はやっぱり照れたように煙草に火をつけた。



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