「ヤマシタさんはそういうの向いてないですよ！本当にやりたいのってそこじゃないでしょう！」

弱りきっている僕を励ますということで集まった飲食店オーナーさんと施工会社さんと設計者である僕の3名の飲み会は、施工業者さんの頭領のゲキで幕をあけた。

僕は正直、この席に着くまでオーナーさんに呼び出されて正座して怒られるシーンを何度も思い浮かべていた。

なぜかというと、半年ほど前に頼まれた立看板の案件をおせおせにして放置してしまっていたからだ。

これはプロとしてはあり得ない。確かに具合は悪かった。でも、それは僕の事情でありお店のオーナーさんには関係ない。

仮にその看板があれば入ったはずのお客さんが月に5組いたとして。5組2名でも10人。客単価3000円で試算しても月に3万円の売り上げだ。

月に3万円が6ヶ月。18万円。大学の友達なら絶交レベルでもおかしくないだろう。個人事業主にとっては死活問題でもある。

損害賠償ではないが、それを請求されても理論的にも納得できる。頭下げて支払うべきだろうと僕は思っていた。

ところが、オーナーさんはそんなことはおくびにも出さずにこう言った。

「謝らないでください！僕らはそういう関係じゃない！ギリギリで追い詰められながら一緒にお店を作った仲間ですから。」

「実は次の店舗を考えてまして、今日はその話で集まってもらったんです。」

なんということか、謝罪の要求どころか次の仕事を用意してオファーを準備してくれていた。しかも、僕にお願いしたいと言ってくれた。

指名案件、かつリピーター、おまけに順番待ちをしてのオファーだ。これほど職業冥利に尽きることはないだろう。

ここ数ヶ月、いろいろな仕事に手を出しすぎて全ての仕事が雪崩式に遅延していき、ゆるやかに自信を失ってきた。

そんな崩れかけていた自信が、クライアントさんからの言葉で持ち直した。

普通の設計者ならばDIYで製作の面倒を見るといっても、せいぜい一緒に壁を塗る程度だろう。僕はもっと踏み込んで、木工に左官に器具の手配や取付け・建材の立替購入（もちろん必要数の算出も）までしている。時には解体や産廃の手配も。

理由は色々あるが、良いものをお得に提供したい。お店を作りたいオーナーさんの想いを、なるべく実現してあげたい。

予算を理由にやりたかったことを我慢してほしくない。職人さんに頼むお金はなくとも、材料と道具を買うお金があるなら可能性を諦めたくない。（クオリティ的に頼むべきところはプロに頼むが）

そして、気づいたらちょっとした一人工務店みたいなことになっていた。

飲食店の廃業率は実はかなり高く、創業しても2年以内に潰れるお店がほとんどだ。

借金をして生活の全てを賭けた個人オーナーさんにとって、お店が潰れることはその人たちの暮らしの基盤が失われることと同じだ。飲食の路面店の場合は数百万円、時には一千万円以上を借りて個人オーナーさんは出店する。

だからこそ、あらゆるハードルを創意工夫で乗り越えて、沈まない船で送り出してあげたい。デザイナーとしての自分のエゴを推すのではなく、売れるお店を作るために美観や意匠よりも機能性を優先することもある。

もちろんその逆に、人を惹きつける為のシンボルとして美観や意匠を優先する時もある。全てはより価値のある空間を作るためだ。

これらの技術や知識に関しては、今だって日々研鑽を積んでいるし、この10数年のキャリアの中でひたすら愚直に磨いてきた。

今回、ずっと続けてきたこだわりや思いが、きちんとお客さんに伝わっていたということがとても嬉しかった。

そして、励ましてもらいつつ新しい挑戦に誘ってもらった以上、前回よりもさらに進歩したクオリティを出してみせようと思う。

実際にこの1年ちょっとで新しい技術をいくつか身につけたし、トラブルも何度か経験して予測できる幅も広がった。メンタルも一度折れたけど持ち直した。今なら1年前の自分よりも、もっと高く跳べる。

仕事で失いかけた自信は、やっぱり仕事で取り戻すしかない。

半年待たせても許されたのは、その夜も満席で座れないお客様がカウンターとテラスにあふれていたからだろう。看板があってもこれ以上売上は増やせないのだ。何度も徹夜しながらも、美味しそうな顔が溢れるお店を作った過去の自分に救われた。

さて、オープン丸2年を年末に控えた2店舗目の新規出店という、より大きな成功への期待と信頼に応えるために、くすぶっていたモチベーションにもう一度火種をくべようと思う。