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書籍【世界でいちばん透きとおった物語】読了


https://booklog.jp/users/ogawakoichi/archives/1/4101802629

◎タイトル:世界でいちばん透きとおった物語
◎著者: 杉井 光
◎出版社:新潮文庫



これほど感想を書きづらい小説もない。
とにかくトリックが秀逸。
著者はこの道十数年のベテラン作家であるが、このキャリアでも発想が凝り固まらずに、こんな新しいものを生み出す情熱を兼ね備えているのがスゴイと思う。
読後は本当に爽快感。
「あぁ人生でこんな素敵な小説に出会えて本当に良かった」と心から思う。
本書を読まずして人生を過ごす人は、大きな損をしているんじゃないかとすら感じてしまう。
「一期一会」とは他人との出会いについて説いた心得であるが、素敵な書籍との出会いもまさに「一期一会」だ。
人生は誰にとっても等しくたったの一度きり。
出会う相手に対して、その時に精一杯の誠意を尽くすこと。
「一期一会」という言葉は茶道の心得がルーツらしいが、本当にその通りだと思う。
本書との出会いで、私は作者から精一杯の誠意を尽くされた気がしている。
本当にこんな素敵な小説と出会わせていただいてありがたい。
それぐらい意味のある出会いなのではないだろうか。
たった数百円でこんな気持ちにまでなれるのだから、書籍というのは本当に素晴らしい。
実は私は元来から「紙派」である。
歳を重ねてきて、徐々に老眼になってきた。
電子書籍の方が文字を拡大できる分だけ読みやすいはずであるが、老眼もそこまでひどくない状態なので、それよりも今は紙とインクの文字の方が有難い。
電子書籍も進化していて、E-Inkも試したことはあるのだが、不思議なものでどうしても紙の書籍に戻ってしまう。
普段PCで仕事をしたり、スマホを見たりしているので、紙の書籍で読書をすることは「デジタル断捨離」の意図もある。
そもそもPCスマホで目が疲れたから気晴らししたいのに、電子書籍を読むという行為がどうしても違和感だったのだ。
この文字もPCで書いているのは事実だが、たまには紙に手書きで文字を書きたい衝動に駆られる時がある。
昭和のオジサン世代だからこその感覚かもしれないし、そんな考えは古臭いというのも百も承知だ。
全てがデジタル化されていく未来の中で、本当に紙の書籍のアナログ部分を切り捨ててしまってよいのかと抵抗してみたい。
最近の世の趨勢を見ていても、「価値」よりも「意味」の重要度が増していると謳われている。
これには完全に同意する。
近代から始まった資本主義が様々な価値を生み出してきたことで、我々の生活が豊かになったことは否定しない。
しかしながら、大切な何かを失って手に入れた価値であることは事実であるし、手放した損失はもう二度と手元には戻らないものだ。
そんな「あれかこれか」という二項対立の中で、我々はより価値のあるものを選択し続けて今の発展がある訳であるが、もうそんな社会はとっくに限界なのである。
本書はビジネス書でも何でもない。
ごく普通の良質なエンタメ小説であるが、実は私にとって「意味」について考えさせられた書籍であったことは間違いない。
本書には確実に「意味」がある。
へそ曲がりな人は、サステナブルな文脈で紙の書籍の悪を語るかもしれない。
確かにペーパーレスになって、電子書籍で何千冊も1端末内で保存できた方が、地球環境にとっては優しいことなのかもしれない。
それもある面では正しいのかもしれないが、どうしても「意味」について考えを巡らせてしまう。
こんな素敵な体験は、本当に電子書籍では絶対に味わえない。
本書に出会えて良かった。
そう思えることこそ「意味」がある。
もし、価値を徹底的に追求したり、効率や生産性などを考える必要があるのなら、人間という存在そのものを否定することと同じである。
この傷ついた地球を最優先で守らなくてはいけないならば、人類なんてとっとと滅びた方がいい。
サステナブルも行き過ぎると、究極的にはそういう文脈になってしまう。
しかし、人間は生きて存在しているだけで「意味」がある。
価値だけで測ってはいけないものだと思うのだ。
電子書籍派の人も、たまにはデジタルデバイスを封印し、このアナログ書籍に興じてみては如何だろうか?
本当にお薦めしたい一冊である。
(2023/10/27金)


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