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【ノアール小説】 「es」 episode_015

 深夜三時だというのに、むせるような暑さであった。岡崎が美林閣につくと、何故か臨時休業の札がかかっていた。
「岡崎さん」
 和明から声がかかる。和明のそばには、南と仁も一緒だった。
「臨時休業じゃないか、どうするんだ? それにその二人は?」
「気にしないでください、ただの知り合いです。臨時休業ですが、玲香さんには言ってありますので、中に入りましょう」
 仁がドアをノックすると、開いた。
「さあ、いきましょう」
 四人は、店内に入った。店内は冷房が効いておらず、外以上に蒸し暑い。ドアをあけた陳が、個室に四人を案内する。ドアを閉め、陳は去った。席につくと、汗を拭きつつ、岡崎がたまらずに聞く。
「大輝君、どういうことだ? 本当に真由美は来るのか? それに、その人達は関係ないだろう」
「関係あるんだよ!」
 南が、すごんだ。
「どういうことなんだ・・・」
「うるせい野郎だな、ちょっと、俺たちにつきあえよ、お前、中国語できるんだろ」
「何言ってるんだ、理解できない。どういうことだ、大輝、説明してくれ」
「岡崎さん、今から、ちょっと商売の話をしなくちゃならないんだが、相手は中国人でね。普段は、日本語わかるヤツがいるんだが、そいつが強制送還されて、通訳が必要なんだよ。それをあんたにやってもらおうと思ってね」
 和明が説明する。
「そんな話、聞いてないぞ。大輝、玲香は来るのか? 来ないんなら、俺は帰るぞ」
「うるせーって、いってんだろう」
 南が、上着のポケットからナイフを出して、机に突き立てた。
「なんなんだ・・・・やめてくれ、お願いだから帰してください」
「ちょっと通訳してくれたら、すぐに帰すから、大人しくしていろ」
「本当ですか? 本当に助けてくれますか?」
 そういいながら、岡崎は軽く失禁していた。
 個室のドアが開き、謝と陳、そして、三人の中国人が入ってきた。
「この部屋、くさいな」
 中国語で、謝が言った。
「なんて言ってるんだ、ちゃんと、通訳しろ」
 南がいらだちながら、言う。
「あの、くさい・・・と」
「くさいか、お前漏らしたな。ちゃんとあとで、拭いとけよ」
 そういいながら、南が笑うと、緊張していた和明と仁も笑った。その声に重ねるように、五人の中国人も笑った。
「お前達、自分が死ぬのが、そんなに楽しいか」
 岡崎は、謝の言葉が一瞬、わからなかった。
「間抜けな日本人は、死ぬのが楽しいそうだよ」
 謝が続けて言った。
 死ぬ・・・日本人が死ぬ・・・どういうことなんだ
「何を言ってるのか、しっかり、通訳しろよ」
 南の言葉は、岡崎の耳には届いていたが、それに応えることはできなかった。謝の言葉のせいだ。
「中国人は、信義を大切にする。田淵さんもそういう人だ。だから、田淵さんと我々の関係を邪魔するヤツは、殺すだけだ」
 謝がそう言い終わると、五人の中国人は、サイレンサーをつけた拳銃を取り出し、南、和明、仁を躊躇無く撃った。
 弾丸が発する、無数の風を切る音に合わせるように、三人は座ったまま、不格好なダンスを踊っていた。それは、弾丸の衝撃で、身体が振動しているせいだ。血が飛び散り、岡崎の顔にも降りかかる。岡崎は、その中で動けずにいた。
 たまらずに岡崎が、悲鳴を上げた。
 その口にビール瓶がたたき込まれ、岡崎は椅子からひっくり返った。折れた歯が、血で汚れた床に落ちる。
「静かにするんだ」
 謝が言う。岡崎は、陳に髪の毛を捕まれ、椅子に座らされた。その傷みに声をあげようとしたが、割れたビール瓶で、口の中が切れた。
「ゆ、る、し、て、ください」
「ダメだ。人の口に戸は立てられない」
 そう言いながら、陳が岡崎のこめかみに銃口が突きつける。
 中国にも、日本と同じようなことわざがあるのだ・・・
 陳が、引き金を引いた。
 岡崎の脳裏に、一瞬、顔を傾け微笑む史子の顔が浮かんだが、すぐに、深黒となった。

 もうすぐ夏休みが終わる。なぜか、岡崎から、一切、連絡が来なくなった。
 それが史子の心を軽くしていた。
 その一方で、和明とも連絡が取れなくなっていて、カイザーにも出勤していなかった。そのおかげもあってか、遼介が長くナンバーに君臨していた。昨日、麻菜から「話しがあるんだ」と言われ、バイトのあとに食事に行ったが「あたし、店を変わるから」と言われ、「新しい店は教えない」と言われた。それ以上、訊く事ができないと感じた。
 田淵さんは、スプレンディに現れることがなく、美咲さんの店がクローズしたと、一人で飲みに行ったとき、本宮さんに教えてもらった。
 交換留学制度で、アメリアかの大学に行く事を決めた史子は、十一月の試験に向かっての勉強とその資金を貯めることの両立に、悩みながらも、うれしい気持ちが勝っていた。
 最近、指名となった飲食店を複数経営している山岡さんとの同伴は七時。史子の腕には、トノウ・カーベックスはなく、タクシーの中で、スマホで時間の確認をした。

<完結>

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