今井絵理子と市井紗耶香 議員じゃなくても、あの子のために頑張ってもらいたい

基地問題を語れない沖縄県の政治家

 2016年夏に実施された参議院議員選挙では、アイドルグループSPEEDの元リーダーである今井絵理子さんが自民党から全国比例区で出馬した。

 選挙から3カ月前に開催された自民党の党大会では、すでに今井さんの参院選出馬が発表されていた。党大会後の懇親会で、今井さんは自民党員間をあいさつに回っていた。

 このとき、自民党員からは「SPEEDだ~」といった感じで早くも人気になっていたが、政治の世界はそんなに甘いものではない。

 いくら芸能界の人気者とはいえ、まだ30そこそこの女性。政界にツテもないし、選挙に出ても手伝ってくれる人がいなければ票はとれない。自民党員へのあいさつ回りは、自民党議員への第一歩でもある。

 会場内に設置されたテーブルを回る今井さんを追っかけまわしながら、このとき私は「本当に、今井絵理子は参院選に出るのだろうか?」とぼんやり思っていた。

 そして、本当に今井さんは参院選に出馬した。元人気グループの一員だけあって、世間の目はタレント候補として扱っていた。それは、仕方がないことだろう。また、テレビや週刊誌が格好のターゲットとして彼女を追いかけてしまうのも仕方がなかったと思う。

 問題は、当時の国政における最大の関心事だった沖縄県の基地問題に対して、今井さん自身が政見を述べられない点だった。今井さんは沖縄県出身。自民党から出馬するとなったら、当然ながらマスコミから普天間基地問題の質問が飛ぶ。

 それは、誰もが容易に想像がつくだろう。だから、3月の自民党党大会の時点で、今井さんは想定問答集を作成するなり、身近な人たちと話し合いをして、とにかく政見を詰める必要があった。

 もちろん、沖縄県の政治課題は基地問題だけではない。人々の暮らしの数だけ、政治が解決しなければならない問題はある。だから、沖縄県出身もしくは選出の政治家が、すべて基地問題に知悉していなければならないとも思わない。

あの子のためだけにでも、障碍者支援に尽くしてほしい 

 政治家・今井絵理子にとって、沖縄の基地問題は一丁目一番地ではなかった。今井さんが政治家を志したのは、街頭演説でも述べていたように、障碍者支援・福祉であることは間違いない。

 今井さんのお子さんは聴覚に障碍がある。だから、今井さんも親子でのコミュニケーションのため、手話を習得した。

 街頭演説でも、淀みなく話をしながら手話を披歴する。歌とダンスのパフォーマンスに長けているだけあって、手話を交えながらの演説風景は見る者・聞くものを魅了する力があった。

 私が初めて今井さんをカメラに収めたのは、自民党の党大会のときだった。しかし、そのときに演説らしきことはしなかった。つまり、今井さんの選挙演説を始めて聞いたのは、埼玉県大宮駅だった。

 その日、私は今井さんが大宮駅前で街頭演説をする情報をキャッチすると、カメラを手にして一目散で大宮へと駆け付けた。到着したのは、予定時刻の1時間前。

 今井さん目当ての聴衆は、まだ誰もいない。駅前のペデストリアンデッキでは、他党の候補者が街頭演説をしていたが、立ち止まる人は少なかった。

 そして、今井さんの街頭演説の予定時刻が迫ってきた。取材陣は私一人だけだったように思う。平日ということもあり、集まったギャラリーの数も元SPEEDという知名度を考えれば少なかった。

 カメラを片手に待機していると、いつの間にか隣に女性がいた。年のころは、25歳前後といったところだろうか。どちらともなく世間話が始まる。

 彼女との会話からわかったのは、「彼女が中学校時代にSPEEDのファンだった」ことと「今回、今井さんが参院選に出馬することを聞き、どうしても応援したくなった」ことだった。

 そして、「住んでいるのは池袋だが、どうしても今井さんを見たくて大宮まで来た」と言う。池袋から大宮までだったら、埼京線で一本。所要時間も約30分。それほど遠い距離ではないし、電車賃も多額にはならない。

 25歳前後の女性だったら、痛い出費ではないだろう。ただ、彼女は片足が不自由で、杖をついていた。そして、傍らには母親と思しき女性が介助者として付き添っていた。

 聴覚障害の子を持つ母親が、障碍者支援を訴えて参院選に出る。その母親は、自分が青春を送っていた頃に熱狂したSPEEDなのだ。

 彼女にとって、応援しないわけにはいかなかった。今井さんを待つ間、彼女は興奮気味にSPEEDについて語った。

 そして、今井さんが到着し、演説を始めると、一語一句聞き漏らさないようにじっと聞き入っていた。その間、彼女はキラキラとした眼差しを今井さんに送っていた。

 そして、今井さんの演説が終わる。タレント候補と言われていた今井さんだったが、大宮駅西口での街頭演説は地面にそのまま立っていた。

 街宣車の上から訴えかけるスタイルではなかったので、1メートルほどの距離を置いて、ギャラリーが取り巻くような形で演説していた。

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大宮駅で街頭演説中の今井絵理子候補

 私は輪の最前列で街頭演説を撮影していたのだが、終了後の握手タイムになると、隣にいた彼女は不自由な足を懸命に動かそうとした。少しでも、今井さんに近づきたかったのだろう。

 そんな気配を察し、私は彼女に「せっかく来たのだから、一緒に写メを撮ってもらえば一生の記念になるんじゃない?」と振ってみた。

 その言葉に、彼女は一瞬狼狽した。まったく考えてもいなかった言葉を投げかけられたのだろう。少し間が空き、「でも、芸能人と一緒に写メを撮るなんて、許されるんですかね?」とおずおずと訊いてきた。

 憧れの人だから、恐れ多い気持ちを抱くのは無理もない。しかし、芸能人といえども、選挙初出馬の新人候補。一票でも多く自分に票を入れてもらいたいはずだ。「気軽に応じてくれると思うよ」と返したが、それでも彼女はとまどっていた。

 「まだ議員になってないから大丈夫。むしろ、何回か当選して偉くなってしまうと、近づくことさえできなくなっちゃうから、今がチャンスだよ」とさらに背中を押す。

 彼女は意を決したかのように頷き、そして母親らしき介助者とともに今井さんへと近づいた。そして、念願だったツーショットをスマホに収めた。

 私のところに戻ってきた彼女は顔を紅潮させながら、「一生の宝物にします」と言い、私にも礼を述べた。そして、隣にいた母親らしき介助者も私に礼を述べ、大宮駅から帰っていった。

 街頭演説が始まったときは明るかった空も、カメラをカバンにしまう頃には暗くなっていた。大宮駅西口のペデストリアンデッキは夜になっても人が激しく行き交う。

 そんな様子をぼんやりと見ながら、今井さんは絶対に当選するだろうという思いがよぎった。手話もできるし、障碍者や障碍者家族の気持ちにも寄り添えるだろう。

 しかし、だからと言って魑魅魍魎が渦巻く永田町で、自分のやりたいことを実現させることは難しい。

 障碍者支援の法案を作成しても、ほかの議員から理解が得られるとは限らない。百戦錬磨の官僚からも理解を得なければならない。それらを説得して回るのも、議員の仕事のひとつだ。それが、彼女にできるだろうか?

 仮に落選して国会議員になれなくても、今後も何らかの形で障碍者支援に取り組んでほしいなと思った。

 障碍者支援は、県議会議員でも市議会議員でもできる。もっと言ってしまえば、政治家ではなくて、芸能人のままでもできる。いや、芸能人どころか一般人、誰だってできるのだ。

 今井さんに期待している障碍者は、彼女だけではないだろう。たくさんの期待を背負っているはずだ。大宮駅では、その一端を目撃したに過ぎない。

 大宮駅西口のわずかな時間ではあったが、今井さんは彼女の心を大きくつかんだ。それ以前から、彼女は熱烈なファンだっただろうが、街頭演説に足を運び、アイドル・今井のファンから政治家・今井の支持者になったはずだ。

 だから、私は思う。仮に政治家じゃなくても、これからずっと障碍者支援に取り組んでほしいな、と。

新星 市井紗耶香の出馬

 今回の参院選では、2016年の今井絵理子候補のような話題の多い新星が再び現れた。今度はSPEEDではなく、元モーニング娘。の市井紗耶香さんだ。

 今井さんと市井さん、どちらもアイドル的な存在として芸能界で活躍し、年齢も同じ。また、活躍時期も重なっている。それだけに、今後、この二人は何かと比較されることになるだろう。

 今井と市井、どちらも全国比例区から出馬している。言い方は大変失礼だが、現状は「人寄せパンダ」「比例票集めの候補者」という見方をされるし、その枠を出ているとは思えない。

 市井さんの街頭演説は、公示日に有楽町駅前で聞いた。たくさんの候補者が一堂に介する演説会で、しかもトリは枝野幸男代表が務めた。

 集まった多くの聴衆は、市井さん目当てではなく、枝野代表やほかの候補者だったような雰囲気だった。実際、各候補者の演説は持ち時間が、わずか2分しかなかった。

 これでは、満足に政見を述べることは難しいだろう。だから、今井さんと市井さんとでは状況が大きく異なり、優劣の判断はもちろんのこと、そもそも候補者・市井紗耶香の一端しか知ることはできない。。

 だから、市井さんの子育て政策という政見の一端しか聞くことができなかった。市井さんは4人の子供を育てたママとしての経験を活かし、永田町では子育て・教育分野で活躍していきたいという。それだけわかった。いや、それだけしか伝えられる時間がなかった。

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 街頭演説後にギャラリーに手を振る市井紗耶香候補

 今井さんも市井さんも芸能界で活躍し、人前でしゃべることにそれほど違和感はない。だから、初出馬でも演説は巧みだった。芸能界で活躍したからとはいえ、選挙演説が巧いとは限らない。

 政治の世界、特に街頭演説まで足を運んでくれる有権者は厳しい目を持つ。そんな有権者を前にしたら、周囲は味方だらけのテレビカメラ前で話す方が気持ちは楽だろう。

 4~5期の実績がある中堅クラスの国会議員でも、選挙演説でまごつくし、超絶に下手なままの人もいる。「これで、よく当選できるな~」とか「政務官を務めたのに、全然ダメだな」という思いを抱く議員に出くわすことも珍しくない。

 選挙演説が巧いからと言って、政策が優れているとは限らないし、永田町で活躍できる人材とは必ずしも言えない。それでも、政治家の武器は何と言っても言葉だ。だから、不特定多数に囲まれた街頭演説で淀みなく話ができることは、政治家にはかけがえのない才覚といえる。

 経験のない新人候補が、具体的な政策を語れないのは仕方がない。そのため、新人候補の多くは理念先行の選挙演説になってしまう。そして、理想が先走りすぎて何を言っているのかわからないというケースはよくある。

 今井さんも市井さんも、街頭演説で「何を言っているんだろう?」と首をひねるような印象を抱かせなかった。そうした意味で言うと、最近のタレント候補は演説がうまくなってきているといえる。

 タレント候補が下に見られる風潮はいまだ強いが、地盤・看板・鞄の3つをつつがなく継承した二世・三世の議員よりはマシのように思える。そこには、芸能人の政治への関心・意識が高くなっているのかもしれない。

 それと同時に、政治へのルートが依然から変わり始めているという現実もあるだろう。以前だったら、それこそ世襲だったり、議員の秘書として下積みしたり、役所勤めから政界に足を踏み入れたり、はたまた地元の名士として知られる経営者というのが常道だった。

 時代とともに政界へのルートが変わり、そして政界そのものが変わっていくのだろう。

 いずれにしても、タレント候補も以前より確実に変わった。



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