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旧芝離宮恩賜庭園(紀行編)――借景は建設中

庭園には様々なしかけがある。例えば、水の上を歩いているような気分が味わえる「沢飛石」があったり、舟や橋を使って池に浮かぶ島に辿り着くといった、冒険心をくすぐられる「中島」があったりする。これらはすべて来園者の心を惹きつけるために作られたものである。私たちは園内にあるこれらの要素のことを「アトラクション」と呼び楽しんでいるのだが、ここ旧芝離宮恩賜庭園は私たちのようなアトラクション目当ての来園者に優しい。なぜなら、エントランス前に園内の各アトラクションの看板がずらりと展示されているからだ。これのどこが私たちにとってありがたいかって、ひとつに、ひと目で何を目的にこの庭園を鑑賞すればよいかがわかる点である。多くの他の庭園でも、園内の見どころは受付でいただけるリーフレットに丁寧に紹介されている。しかし、ひとつ言わせてもらうならばこのリーフレット、相当真面目な人以外はもらった後、それを読まないのが普通である。なんとなく手に取って、検温器に表示された体温が低いなどという実のない話をしながら無意識にバッグの中にしまう。そして、庭園内のアトラクションは、待ち時間が長く行列ができるようなものでもないため、多くの人が「ただの石」「ただの橋」だと軽んじて、せっかくのアトラクションに気づかずに通り過ぎてしまうのである。そういった意味で、エントランス前で一度足を止めさせ、この庭園の見どころを紹介してくれることは非常に優しいことであると言える。なによりも、園内に入る前から私たちをワクワクさせてくれるなんてとても素敵なことではあるまいか。というわけで、私たちはその中でも特に、ここで初めて名前を知ることになった「西湖の堤」と「石柱」を目当てに旧芝離宮恩賜庭園を鑑賞することに決めた。

エントランス前のアトラクション看板

受付でまず気になったのは「園結びチケット」の文字。「縁結び」と庭園の「園」をかけているところまではわかるのだが、意味はまったくわからない。聞くとこれは、「旧芝離宮恩賜庭園」と、ここから徒歩15分の場所にある「浜離宮恩賜庭園」の2つの庭園のセットチケットであるそうだ。それぞれのチケットを通常値段で買うよりも、合計で50円安く入園できる。要は「芝」も「浜」も両パークとも訪れたい人にお得なチケットというわけだ。有効期限なしだったこともあり、私たちは迷わずにそのチケットを購入した。

園結びチケット

さて、いよいよたどり着いた庭園。さっそくエントランス前で私たちが注目したアトラクションの話をしたいと思う。まずは「西湖の堤」である。西湖の堤とは本来、中国杭州にあった当時の景勝地だ。つまりこの庭園の「西湖の堤」は、それを模し、さらに名前まで丸パクリして取り入れられたものということになる。何のために?なぜ日本庭園なのに中国?と疑問に思う方もいるかもしれない。しかし、この理由はいたって単純で、当時の日本人がただ外国の美しい光景に憧れを抱いていたからに他ならない。「海外のもの」というだけで妙にかっこよく見えるその感覚。これは何も昔の人たちだけに限った感覚ではなく現代の私たちも強く共感できるものだろう。長崎のハウステンボスや三重の志摩スペイン村など、人気のテーマパークはやはり今でも海外の街並みを再現しているからである。日本人はいつの時代も外国趣味が好きなのだ。ご参考までにこの「西湖の堤」はここ旧芝離宮恩賜庭園だけでなく、同じく東京の小石川後楽園や広島の縮景園にもあることから、当時「西湖の堤」がとても人気が高く憧れの地であったことがうかがえる。

西湖の堤
西湖の堤のアトラクション看板。
「杭」の字を一度間違えて修正している

次に「石柱」である。この石柱、庭園内に突如として4本現れ、それらが綺麗に保存されている。私たちはこれを見た時、どこまで多くの人に通じるかは不明だが、前衛芸術家の赤瀬川原平らが発見した「超芸術トマソン」を思い出した。トマソンとは街中にある「無用の長物的物件」となった建築物のことである。例えば上がった先に何もない無用の階段、蓋をされた用水路の上に残る橋と手すりなどがそうで(写真を見たほうがわかりやすい)、それらは無駄なものでありながらも展示するかのように美しく保存されている(現にトマソンの語源は、読売ジャイアンツに所属したゲーリー・トマソンという野球選手の名前からであり、彼が四番打者でありながらも空振りばかりで全くチームに貢献することなく終わったことに由来する)。それを踏まえて、この旧芝離宮恩賜庭園の「石柱」を見てみるとやはり誰がどう見てもトマソン物件にしか見えない。この4本の柱は庭園の他の要素、例えば先ほど言及した「西湖の堤」であったり石で滝を表現した「枯滝」のように確固たる意味があるのではなく、全くの無駄でなんの役に立たないものである。この無意味なものに価値を見出し、綺麗に保存している旧芝離宮恩賜庭園の姿勢に私たちはグッときた。そしてこの石柱の周りをぐるぐると回りその光景をしっかりと目に焼き付けた。さらにこの石柱、見る角度によっては妙に後ろの高層ビルたちとシルエットがマッチしており、何かよくわからないがなんとなくそれらしく見える。なお、解説を読むとこの4本の柱は、相模の戦国武将、松田憲秀旧邸の門柱だと判明されたそうだ。この成り立ちもいかにもトマソンらしいではあるまいか。

石柱
完全にトマソン物件
石柱のアトラクション看板
おまけに上がった先に何もない「無用階段」も発見

最後に、さらっと借景の話をする。借景とは庭園の外の景色を取り込んで、空間に広がりを見せる日本庭園でよく用いられるしかけのことだ。多くの庭園において外から借りる景色は山である。私たちがこれまでに訪れたところで言うと、京都の正伝寺の比叡山の借景が特によかった。しかし、ここ旧芝離宮恩賜庭園の借景はなんと山は山でも自然の山ではない。高層ビルの山である。東京の庭園はこのような人工の建物を借景とした庭園が多い。清澄庭園からは東京のスカイツリーが見えたし、小石川後楽園からはなんと東京ドームが見えた。この時代錯誤が甚だしい2つの景色を同時に一画面で楽しむことこそが現代の東京庭園の楽しみ方のひとつだと私たちは考えている。事実、「高層ビルの山」と表現したのには意味があり、不思議とビル同士の間隔はランダムで、高さもまちまちであり、どこか自然風な感じに見えなくもないのである。
そしてなんとこの庭園の借景はこれだけで終わりではない。「想像力がある限り旧芝離宮恩賜庭園は永遠に完成しない」と言わんばかりに、次の借景はもうすでに建設中なのである。こんなにも堂々と借景が建設中の庭園はそう多くない。よって一見の価値ありである。

高層ビルの山
借景は建設中

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