荻利行

日々感じたこと、見たこと、考えたことを綴っていく不定期ブログです。 なにかしら興味があ…

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日々感じたこと、見たこと、考えたことを綴っていく不定期ブログです。 なにかしら興味があるものが見つかったら、寄っていってください。

最近の記事

非正規模様 ③「受付にて」

久々に会社に顔を出した私は、テレワークで社員の姿が見えない事務所の受付で呼び鈴を鳴らした。 しばらくすると人事部の沢井絵美という入社十年目の女性社員が手に資料をもって現れた。細身で背が高く、艶やかなボブの黒髪が印象的だが、顔色はつねに白く決して人と目を合わせようとしないその姿は、彼女の良い印象を損ねるほどに大きな影を落としていた。 その理由は分かっていた。 入社当時はもっと溌剌としており、その美貌も手伝ってどんどん契約をとってくる優秀な営業ウーマンだった。が、オーバーワークが

    • 非正規模様 ②「余波」

      退職金で家のローンを返済し、残金はすべて妻に渡した。 そして妻は家を出ていった。 こんな六十歳を迎えるとは思いもしなかった。 これじゃ、熟年離婚の典型的なパターンだ。 三十年も連れ添い、六十歳にもなって情けないばかりだが、熟年離婚なんて言葉があるくらいだから、きっと私たちのような夫婦はたくさんいるのだろう。いや、案外、普通なのかもしれない。特別なことではないのだ。うん、そうに違いない。 と、自分に言い聞かせても、今の自分の状態が改善されるわけでもない。 それどころか妻から離婚

      • 非正規模様 ①「前夜祭」

        来月、私は六十歳になる。 この誕生日は、今までの私のどの誕生日とも違う意味をもつ誕生日だ。 なぜなら、定年退職を迎える日だからだ。 私はある機械メーカーの子会社で三十七年間、総務の仕事をしてきた。 転職の経験もなければ、他の会社に出向したこともない。 つまり、ひとつの会社にずっと棲息してきた会社人間だ。一昔前に流行った言葉を使うなら、まさに「社畜」である。 社員は二百人程度、総務に所属していたから全員と顔見知りで、窒息しそうな濃密な空気のなか、出世なんか目指すことなく、ただひ

        • 掌編 人生最初の記憶

           我が家の前は未舗装の細い道が横切っており、その向こうは草木が繁る窪地が広がっていた。窪地は子どもが隠れるくらいの高さに掘られており、五平方メートル単位にニ列に連なっていた。かつては葡萄畑だったが、すでにその役割は終え、荒れ地となっていた。それがかえって子どもたちには、恰好の遊び場となっていたのである。  私もその窪地が大好きで、親や兄弟と出かけるとき、わざわざその窪地に入り、親や兄弟が未舗装道路を進む速度に合わせて窪地の中を進んだりするのが楽しみだったりした。  ある日、子

        非正規模様 ③「受付にて」

          「坊ちゃん」もう一つの結末

          夏目漱石の有名な小説「坊ちゃん」の結末は、主人公と山嵐が松山を離れ、東京に帰ってしまいます。それを自分なりに考えてリメイクしてみました。よろしければお読みください。  汽船は夜六時の出帆である。山嵐もおれも疲れて、ぐうぐう寝込んで眼が覚めたら、午後二時であった。下女に巡査は来ないかと聞いたら参りませんと答えた。ただ、新聞屋が参りましたと答えた。今、呼びますからと言って奥にさがった。  新聞屋が赤シャツや野だへのおれたちの天誅を嗅ぎつけたのだろうか。さらし首にする記事を書くた

          「坊ちゃん」もう一つの結末

          掌編 チャボ

           蝉がなく日曜の朝早く、近所の滑り台しかない小さな公園で五歳の息子と遊んでいると、茶色い羽に覆われたチャボが、知らぬまに公園の隅に現れた。クワックワッと鳴きながら、右に左にゆっくり歩き始める。異様なその行動に驚いた五歳の息子は遊ぶのをやめ、私の右足にしがみついた。やがて、チャボはゆっくりこちらに向かって歩いてきた。私たちを公園から追いだそうとする威嚇行動に私には見えた。  しかたない、家に帰ろうかと思ったその瞬間、息子が地面の砂をつかみ、チャボに向かって投げつけた。その攻撃に

          掌編 チャボ

          映画「山歌(さんか)」を観て日本の経済成長を考える

          前々から観たい観たいと思っていた映画「山歌(さんか)」をテアトル新宿で観てきました。 この映画は群馬県で開催されている伊参(いさま)スタジオ映画祭の第18回シナリオ大賞で大賞を受賞した作品です(受賞時のタイトルは「黄金」)。このシナリオ大賞は面白いコンクールで「地元中之条町周辺を舞台とした映画化を前提としたシナリオコンペ」であり、さらに大賞を受賞すると作家自身が映画を作れる権利を得るのです。 資金や人員は伊参スタジオ(中之条町役場 観光商工課)がバックアップするようで、ある意

          映画「山歌(さんか)」を観て日本の経済成長を考える

          ウクライナ侵攻の今だからこそ挑む ローリングストーンズ「ギミー・シェルター」和訳!

          本日は2022年4月7日の木曜日です。2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まってから42日目となりました。 ここ数日、ウクライナから撤退するロシア軍がその去り際、各地でウクライナ市民をレイプ、拷問、殺害したと思われる死体を道端に放置していたというニュースが、その現場とおもわれる悲惨な映像とともに流れています。 過去においても戦争では非戦闘員への殺害、レイプ、強奪略奪が必ず行われてきました。それがあたかも勲章でもあるかのように語る兵士もいると聞きます。それが人間という生物

          ウクライナ侵攻の今だからこそ挑む ローリングストーンズ「ギミー・シェルター」和訳!

          映画「ウィンター・オン・ファイヤー ウクライナ、自由への闘い」を観て「自由」の意味を考える

          今日は2022年3月12日(土)です。 2月24日(木)に始まったロシアのウクライナ侵攻は、二週間を過ぎても終結の様相は見えず、それどころかロシアの攻撃はますます苛烈になっています。 ウクライナのゼレンスキー大統領はロシア軍による包囲が迫るキエフに留まり、欧米からの軍事的支援も得られぬまま十倍近い兵力のロシアに対して徹底抗戦を国民に訴えています。 国民総動員令を発令、18~60歳の男性国民を出国禁止とし、イギリスのチャーチルの言葉を引用して「私たちは海でも空でも、森でも畑でも

          映画「ウィンター・オン・ファイヤー ウクライナ、自由への闘い」を観て「自由」の意味を考える

          「まとまらない言葉を生きる(荒井裕樹著)」を読んで

          昨年の十月頃、新聞記事にこの本の紹介が著者の荒井裕樹さん(二松学舎大准教授)の写真とともに出ていて、その記事を読んでから、いつか読んでみたいと思っていた本の一つでした。 著者の荒井裕樹さんは「被抑圧者の自己表現」を専門にしている文学研究者です。その荒井さんが書いたエッセーなのですが、その執筆の出発点を以下のように綴っています。  「言葉が壊れてきたと」と思う。いや、言葉そのものが勝手に壊れることはないから、「壊されてきた」という方が正確かもしれない。  この本は、こうした

          「まとまらない言葉を生きる(荒井裕樹著)」を読んで

          映画「牛久」を観て思う「人権」と「差別」意識

          昨日、2022年3月1日(火)に渋谷イメージフォーラムにて、トーマス・アッシュ監督のドキュメンタリー映画「牛久」を観てきました。 数年前から入管収容施設での職員による度を越した収容者への拘束の映像をニュースなどで見るようになりました。 昨年はスリランカ女性のウィシュマさんが、名古屋入管の施設で亡くなった事件が大きく取り扱われたりもしました。 体調を崩し、入院レベルであったのに、入管は適切な処置をすることもなく、その死に対しても一切の責任を認めていない、人ひとりが死んだにも関

          映画「牛久」を観て思う「人権」と「差別」意識