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非正規模様 ①「前夜祭」

来月、私は六十歳になる。
この誕生日は、今までの私のどの誕生日とも違う意味をもつ誕生日だ。
なぜなら、定年退職を迎える日だからだ。
私はある機械メーカーの子会社で三十七年間、総務の仕事をしてきた。
転職の経験もなければ、他の会社に出向したこともない。
つまり、ひとつの会社にずっと棲息してきた会社人間だ。一昔前に流行った言葉を使うなら、まさに「社畜」である。
社員は二百人程度、総務に所属していたから全員と顔見知りで、窒息しそうな濃密な空気のなか、出世なんか目指すことなく、ただひたすら働いてきた。
そんな私が定年退職を迎えるにあたって持った実感はこんなものだった。
ーーいつのまに?ーー
定年を迎えたら、年齢にふさわしいそれ相応の積み重ねというものが、普通ならあるであろう。
業績、人脈、スキル等々、他社に迎え入れられてしかるべきものが身についておかしくない時間を私は会社で過ごしてきたはずだ。
しかし、残念なことにそんなものはいっさい身につかなかった。
それに気づき、私は軽い恐怖に陥った。
こんなに長い間、会社で時間を過ごし、仕事をしてきたというのに誇れるべきものがなにもない。
それは、実質的な金銭面でもそうだった。
昔なら六十歳で出た年金も、いまや六十五歳になるまで出ない。
退職金だって、老後に必要だといわれる資金二千万円には遠くおよばない。それは今現在の貯蓄を合わせても、である。
つまり、私のような男は、定年退職後、悠々自適な老後を過ごすなんてことは夢のまた夢であり、まだまだ働かなくては生きていくこともままならないのであった。

夜、家に帰り、リビングでソファに座りながらテレビを見ている妻にそれとなく話しをしてみた。
すると妻は真面目な顔をして、思わぬ言葉を口にした。
「ねえ、お願い。あなたが定年退職したら、頼むから離婚してほしいの。そして退職金を私にもちょうだい」
ふだん、私に話しかけることもなく、正直、なにを考えているのかさっぱり分からない妻がひさしぶりに言葉を発したと思ったら、とんでもない爆弾を投げつけてきた。
「ふふ、離婚したいなんて、私が少しも考えてなかったって顔してるわね」
不敵な笑みを浮かべながら妻が言った。こんな妻の表情を見るのは初めてだ。
「ねえ、私が今、あなたが会社に行ってるあいだ、何をしているか知ってる?」
妻がなにをしているか? 家で家事をしているのだろう? 大好きなテレビでワイドショーでも観ながら悠々自適な専業主婦生活を送っているんじゃないのか?
「まさか、ずっと家の中で専業主婦をしていると思ってた? そうなの?」
え? なんだって? それ以外、お前になにがあるんだ?
「ほら、私のことなんか何もわかってない。あなたはいつもそうなのよ」
身長150センチほどの小さな体を、怒りにふるわせながら妻の顔はみるみる赤くなっていった。
そんなとんでもない緊急事態のはずなのに、私はこともあろうか、妻はいったい何歳になるのだろうと思ったりしていた。たしか五歳下だから五十五歳のはずだ。いや、まだ五十四歳か? 年齢よりも若々しく見えるな、可愛いな、なんてことを思ったりしてしまったのである。
「なに笑ってんの? 人が怒ってるのが分からないの? おかしな人ね」
そう言うと妻は怒りをあらわにして私に話し始めた。
妻は駅前のフラワーショップでバイトをしているらしい。時給は1100円。扶養内で抑えるにはこれ以上の時給はまずいという。
フラワーショップは七十歳を超えた女性店長と二十代の若いバイトの主婦、そして妻の三人でまわしているらしい。実質、店は妻がまわしているらしく、高齢になった店長からは、その気なら店を任せたいと言ってくれているらしい。
妻は前向きに考えているようで、できたらもっと店を大きくしたいという野望があるらしいのだ。
「そういう話、今までときどきあなたに相談していたけど、全然、覚えてないでしょ?」
え? まさか。 そんなこと話していたか?
「まったく覚えてないって顔してるわね」
いや、そんなことないよ、と言いたいところだが、正直、まったく覚えていなかった。
「いいわよ。結婚して三十年、ずっとそうだったんだから。いまさら困った顔なんかしてほしくない」
妻は冷静にそういうと、一瞬、目を伏せ、手のひらで右目を拭った。
「だからお願い、離婚して。いいの。私が家を出るから。あなたは住むところを心配しなくていい。だけど、あなたの退職金が欲しい。家のローンの残りを差し引いた分、ぜんぶ私にちょうだい。それで手を打ってあげる」
え? 退職金が欲しい? それで手を打ってあげる? なんて言い草だ。
「私には貰う権利があるはずよ。三十年間、何を言っても反応のないあなたの面倒をずっと見てきたんだから。その役割から退職するんだから、それくらい貰っても罰は当たらないでしょ?」
そう言うと妻はリビングを出て自分の部屋にいこうとした。私たちの寝室はもちろん別々だ。
しかし、妻はリビングのドアを開けると、そこに足をとめ、呟くように話し始めた。
「子どもができないことに罪の意識をもっていたのよね。ずっと。女として生まれてきて子どもが産めないなんて。。。私はダメな女なんだってずっと思ってて。。。。悲しくてしかたなかった」
そう言うと大きく深呼吸して、目を閉じながら上をむいた。
「けど、今思うとね、できなくて本当によかったって思ってるの。あなたの子どもを授からなくて本当によかった。いま、本当にそう思う」
妻は目から溢れ出る涙を抑えようとはしなかった。
「いやな女でしょ? あなたにとって私って。ずっとそうだったわよね、きっと。勝手な女だって思ってるでしょ? けど、今、話したこと冗談じゃないからね。裁判するっていうなら、それでもいい。ちゃんと考えてほしいの。あなたが私にとってどういう夫だったか」
そう言うと妻は静かにリビングから出て行った。

今、思えばこの日が、実質的に長い会社員生活に別れを告げた日だったのだ。会社に言えば、定年後も六十五歳になるまで嘱託として雇ってもらうこともできた。しかし、妻の怒りがそれを許さなかった。妻に会社員生活の引導を渡されたのだ。
「あなたが私にとってどういう夫だったか、ちゃんと考えてほしい」
妻のこの言葉はその後の私を苦しめた。
私がどういう夫だったか?
正直いってそんなこと考えたこともなかった。
それを言うなら、お前が私にとってどういう妻だったか、そっちも考える必要があるんじゃないのか?
私にだけ考えろなんて不公平なんじゃないか。
そうじゃないのか?
愚かなことに私はそう考えていたのである。

そして、一か月後、私は六十歳になり、定年退職の日を迎えた。
コロナ禍のなか、テレワークを導入した我が社では、送別会が開催されることもなく、同僚から花を贈られることもなく、静かに普段の日とまったく同じように会社員最後の一日を終えた。
変わったことといえば、家にはすでに妻の影一つすらないことと、明日から会社の仕事をする必要がなくなったということの二点であった。
そして、これから私は非正規雇用という、今まで考えたり、知ることもなかった世界に足を踏み入れることになるのである。

2022年3月10日。それが私の六十回目の誕生日だった。

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