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絵本を作って感じたこと。その深淵な世界

作家の井上奈奈さんとの共著により、昨夏に出版しました絵本「PIHOTEK ピヒュッティ 北極を風と歩く」

現在、全国学校図書館協議会が主催する、第28回「日本絵本賞」の最終候補作にノミネートされています。

※5月17日に追記
最終候補にノミネートされていました「PIHOTEK 北極を風と歩く」が、第28回日本絵本賞において最高賞となる「大賞」の受賞が決定しました。!

今回の絵本は、私も共著者として名を連ねていますが、とにかく素晴らしい作品になりました。北極という、モノトーンのイメージが先行される世界の中に、色鮮やかな世界を再現したのは、井上奈奈さんの豊かな想像力の賜物です。

北極の環境を実物以上の魅力で描かれた豊かな絵。横長の版型を見開きの1ページで表現する水平の広がり。パントーン特色4色を使用した深い表現。私の心象風景にある言葉にならないイメージを見事に描いた技術。絵本を作る中で、驚くことばかりの連続でした。

PIHOTEK ピヒュッティ 北極を風と歩く

私はこれまで2冊の単著を書いてきましたが、なぜ絵本を出すことになったのか?

今回は井上奈奈さんとの共著です。それもなぜなのか?あらためて、この機会に振り返っておこうと思います。

井上さんとは、私が写真展を開催した時に見に来てくれた縁で知り合いました。ユニークな絵本を作る作家さんだなという印象を勝手に受けていましたが、その後、彼女の絵本「くままでのおさらい 手製本特装版」が、毎年ドイツで開催されている本のコンクール「世界で最も美しい本コンクール」で2018年の銀賞を受賞したことを知りました。

メディアにも多く取り上げられ、あらためて井上さんの作る絵本を見てみると、その哲学的な内容や読者を世界観の中に連れ出していく力量に驚きました。そして、本作りに対する姿勢の真面目さ、考え方のユニークさにも驚く機会になりました。

2020年末ごろ。コロナ禍真っ只中で読書量も増える私の中で、文字を大量に羅列した著作ではない、新しい形での表現方法はないかと考えていました。文字主体だと、どうにも説明的になる。しかし、私が北極を歩きながら頭の中に浮かんでいるイメージというのは、なかなか文字として表現しずらいものがあります。

そんな時に「そうか絵本だとどうなるだろう」と思いつきました。もっと感覚的な要素を表現できるのではないだろうか。私の考えを理解して、芸術性の高い絵にできるのは井上さんしかいないだろうと、私の中では選択の余地なく思いつきました。何より、井上さんの絵本が好きでしたので、一緒に作品が作れるとなれば嬉しい。これ以上のことはありません。

テーマは「風」そして「命」

こうして共著として始まった「PIHOTEK」のプロジェクトですが、私が物語の部分となる文章を書き起こすところから始まります。が、これも私にとって初めての経験なので、どのくらいの分量を書けば良いものか?文字を書こうと思うと、どうにも説明的になって文字数が増えてしまう。井上さんからは「極力、文字は少なくしたい。こんなに少なくて良いのかと思うくらいで良い」というアドバイスも受けて、最初の第一稿の文章を作りました。今から読み返すと、すでに完成型の原型にはなっているが、まだまだ足りていないところが多い文章。恥ずかしいので公開しませんが笑

この言葉の意味は何なのか?頭の中にあるイメージはどのようなものか?それを井上さんと細かく共有し、私の脳内のイメージを移植するようなやりとりを繰り返しました。いま見返すと驚くのは、私の最初の原稿に当てて井上さんが描いたラフの絵が、すでに完成型とほぼほぼ一緒であること。完成型で夢の世界に引き出されていく、青い見開きのページの構成や、動物たちの描写など、私の脳内ではぼんやりしていた完成型が、すでに彼女にはハッキリと見えていたのでしょう。凄いなぁ。

最初のラフではもうこの原型があった

絵本を手がける作家としてまた素晴らしいなと感じたのは、講談社の編集者の方との打ち合わせの一番最初から「特色4色でやりたい」という提案をしていたこと。正直、私もその辺りの知識がゼロだったこともあり、隣で聴きながら「うんうん」と頷いていましたが、心の中では「特色って何だろう。何が変わるのだろう」と思っていました。

井上さんは、これまでの作品「ちょうちょうなんなん」「猫のミーラ」などで特色を使っていました。

「特色」というのは、通常の印刷で使われるCMYKのインクではない、特殊なインク。CMYKとはシアン(青)マゼンタ(赤)イエロー(黄)そして黒の4色。家庭用のプリンタも大体そうですが、出力される色を出すときは、この4色を「混ぜて」出力します。例えば「紫」をプリントするには、シアンとマゼンタを混ぜて紫を作る。緑ならシアンとイエロー、という具合です。
しかし、色というのは混ぜれば混ぜるほどに「暗く」なっていきます。色が濃くなっていくのです。ほぼ黒に近くなっていきます。
つまり、CMYK印刷では、最初のシアンやマゼンタの「明るさ」よりも確実に明度が落ちた暗い紫色しか作れない。明るい紫色が作れないのです。
絵本に限らず、一般的な印刷物はCMYK印刷です。
実は、CMYK印刷では多様な色は作れますが、出せない色がたくさんある。

そんな時に「特色インク」の出番です。明るい紫を出したい時には、CMYKで色を混ぜて紫を作るのではなく、最初から「明るい紫」のインクを作ります。
井上さんも、これまでの自身の絵本制作の中で、何度も特色インクを使用してきて、その表現の幅を知っていました。私は何にも知りませんでしたが笑
今回の絵本では、モノトーンの世界だと思われがちな北極を、もっとヴィヴィッドな色鮮やかな世界として表現したいという井上さんの意見は「特色4色」という選択でした。PIHOTEKでは銀のインクを多用していますが、そもそも銀はCMYKでは出せない色です。この銀も含めた4色の特色インクと、さらにその特色同士の混色で別の色を作り出すという、極めて困難な絵本制作になりました。

その困難な作業を、何度も調整を繰り返して絵本として完成させていきます。
井上さんは「印刷を画材として考える」ということを言っています。よく、この絵本の原画の画材は何ですか?と尋ねられますが、実はシルバーの線画を墨で描いているだけで、着色などは全てPC上で行っているそうです。
ディスプレイ上ではもちろん、完成の特色インクの色は再現されません。そのため、特色インクのカラーチャートを片手に、PCで着色するその色をチャートの色と想像して照らし合わせながら完成させていくという、途方もない労力がかかっていると言います。
印刷当日までの試し刷りができる回数も限られています。試し刷りで仕上がってきた色を見て、また色の調整をし、時には特色4色の色の選択も変えながら、やっと印刷当日。それでも、また当日に細かい調整が入ります。

PANTONE特色4色

私の文章は、何段階も経て徐々にブラッシュアップされ、現在の完成型に接近してきます。文章の前後の入れ替えや、語尾の言い回し、何かを削り、何かを付け足す。そんな作業を何度も行います。井上さんは、絵を具体化していくために、私が北極で使ったウェアやテント、ソリやスキーなどの実物を私の「冒険研究所」に取材に来て、細かくスケッチを取り、装備について細かく質問していきました。
また、私が持っている北極の写真、動物たちの写真なども共有しました。私が一番こだわったのが、夜明けのシーンでの「紫色に染まる」という表現の部分。この色が何なのか?なぜ紫なのか?実際にどんな色なのか?その瞬間はどんな世界なのかという、私の体験として脳内にあるイメージを伝えます。

度重なる文章のアップデート、それに対する絵のブラッシュアップ。何度も打ち合わせとイメージの共有を経て、最初の打ち合わせから1年を経た頃には、中のページは固まってきました。

次に、装丁やデザインの部分です。デザイナーは、これまでにも井上さんの絵本のデザインを手がけている、ondoデザイン室の阪口玄信さんにお願いしました。デザイナーとは、私と井上さんが作った絵本の素材を、最終的な本の形にするためにまとめていく役割。例えば表紙のデザインであれば、タイトルをどの位置にどのようなフォントで、文字の大きさで配置するか。表紙の紙は何を使うかという提案。全ページの文字の配置の調整。などなど、存在としてとても大きな役割です。デザイナーの力で、本の印象は全く変わります。言ってみれば、私と井上さんの著者の役割は良い素材を提供することで、デザイナーはその素材に味付けして皿に盛る、シェフのような存在。力量が問われます。

角度を変えると光る風の表現

阪口さんのデザイン性にも、私は本当に驚きました。最大の効果は、あの表紙の風が光る表現です。UVニスという、印刷ではよく使われる仕様ではあるものを、デザインに活用するアイデアは、最終的に阪口さんからの提案でした。モノトーンの表紙に、圧倒的な力を与えるデザインでした。また、みなさん気付かない人も多いのですが、表紙のカバーを外した絵本本体にデザインされた北極の地図。私が実際に北極で使った地図をもとにしています。が、地図も著作物です。そのままコピーして使うわけにいかないので、阪口さんはその地図を改めて自分で線に起こして手書きで地図のコピーをPC上で作っています。地形には著作権はないので笑、そうやって私の手書きされた記述はそのままに、地図をデザインしています。大変な労力をかけていただきました。

私が絵本制作に関わって感じたことは、一冊の絵本を作るためにそこに情熱を傾けている人たちの熱量の高さです。井上さん、阪口さん、編集の松岡さん、印刷会社の方達、みなさん本当に熱意を持って取り組んでいる。私もその仲間に加えていただけて、とても良い経験になりました。

カバーはリバーシブル。昼の世界と夜の世界を表現する

何より、共著者として絵本を具体化していただいた井上奈奈さんには感謝です。これまでの彼女の作品はどれも素晴らしいものです。「さいごのぞう」はテーマからその発想までユニーク。「ウラオモテヤマネコ」はタイトルからして面白いですが、世界観が私の到底及ばない広さを感じます。「くままでのおさらい」は井上さんの代表作だと私は思いますが、美しい装丁に隠されたシュールな内容にドキリとさせられます。「ちょうちょうなんなん」は、全てのページに一本の線を繋げていくという表現が、世界は些細なことで繋がっているという示唆に溢れます。「せかいねこのひ」は、人間がみんな「ニャー」しか言えなくなったら喧嘩もしないし平和になるのに、という願いをユニークに伝える。「猫のミーラ」も代表作の一つだと思いますが、時間を遡る物語構成が効果的で読み手を本当に感動させます。「星に絵本を繋ぐ」は、これまでの作品づくりの考え方をまとめた作品集兼制作の哲学書。建築設計と造本設計という二つを共通にしていく考えは読む人を驚かせます。
「絵本というだけで、対象年齢が何歳から何歳なんて区切るのはナンセンス。ゴッホのひまわりを見て、これは対象年齢何歳以上なんて書かないように、絵本だからといって年齢に縛られる必要はない。もっと自由に読んでほしい」私の意訳もかなり入っていますが、井上さんが重ねていうその言葉は私も完全に同意するところです。

「PIHOTEK ピヒュッティ 北極を風と歩く」は、その言葉にも後押しされて作りました。絵本だからといって、無理矢理子供向けにする必要はないし、ましてや「大人向け絵本」と言って殊更大人だけに向けなくても良い。私の表現を私はしました。井上さんは井上さんの表現を全力でしました。
その完成した作品を読み手の方達がどう読むか、それは自由です。著者には著者の答えがあります。なぜその言葉を選んだか、なぜその絵を描いたのか、その一つ一つに、著者は答えを持っています。でも、読み手の読み方は100人いれば100通りで良いのです。そうやって読んでくれることが、作り手の喜びでもあります。

私にとって、絵本制作は人生の大きな転機でした。ちょうど、この絵本制作が始まった少し後に、私は冒険研究所書店の設立を思いつきました。書店のロゴを井上さんに作っていただきました。
絵本作りをしていなかった、もしかしたら書店開設はまた違った形になっていたかもしれません。
この絵本は、私にとって自慢の一冊です。誰に対しても、自信を持って語ることができる作品になりました。そんな作品を共著者として作っていただいた井上奈奈さんには、感謝してもしきれません。井上さんだからできた絵本でした。一緒に絵本を作らせていただき、この場を借りて、改めて感謝します。ありがとうございます!!


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