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【歴史に学ぶエネルギー】15.ロイヤルダッチとシェルの合併劇

こんにちは。エネルギー・文化研究所の前田章雄です。
前回のコラムでは、合併を打診するロイヤルダッチのデタージングに対し、会社規模の大きなシェルのマーカスが首を縦に振らなかった背景をみてきました。しかし、アメリカのスタンダード石油の安売り合戦によってボロボロになった彼らは、ようやく合併を決断するにいたります。
ここで、のちのエネルギー史にも大きく影響する、あるひとりの重要人物が登場します。
 

1)タフ・ネゴシエータの登場

シェルとロイヤルダッチの合併劇の裏には、ガルベンキャンという男の存在がありました。
カルーステ・サルキス・ガルベンキャン。表の世界には、ほとんど登場してこない人物です。しかし、オスマントルコの石油利権に喰らいつき、のちに「ミスター・ファイブパーセント」と呼ばれ、世界屈指の大富豪に成りあがった人物でもあります。彼はのちの物語でふたたび登場しますが、別名の由来はそこで紹介しましょう。
ガルベンキャンはパリ、ロンドン、リスボン、カンヌ、ベイルートなど、世界のいたるところに豪邸をもっていた一方、暗殺を恐れて居場所はつねに特定させず、写真もほとんど残しておりません。いわゆる、歴史を陰で動かしていた闇の帝王です。しかし、彼を抜きにして石油の歴史を語ることは、決してできません。
 
カルーステ・サルキス・ガルベンキャンは、アルメニアで誕生しました。
子供のころのカルーステ少年は学校には馴染めなかったらしく、放課後はひとりバザールで過ごしていました。そのような境遇のなか、彼は商人たちを注意深くじっと観察して、オリエント独特の交渉術を吸収していったのです。
青年になったガルベンキャンは、バクー油田で働きはじめたことがきっかけで、石油の虜になります。21歳でロシア石油に関する一冊の本も書きあげています。彼は、メソポタミアの地下にも石油が埋蔵されていると確信をもっていました。この確信がガルベンキャンを中東にむかわせ、石油利権の獲得へと導くことになるのです。
また彼は、不屈の闘志を秘めながら、辛抱強くチャンスをうかがうタフ・ネゴシエータ(交渉人)でもありました。
 

2)ロイヤルダッチとシェルの合併

シェルとロイヤルダッチが合併を検討する際、ロイヤルダッチのデタージングはガルベンキャンに仲介を依頼します。どちらから話を持ち掛けたのか史実でははっきりされていませんが、デタージングから接触したのではないかと言われています。
しかし、シェルのマーカス・サミュエルはなかなか首を縦に振りません。
イギリス海軍の動力源としてシェルの石油が選択されれば、シェルのメリットは途方もなく大きなものとなります。そのためには、シェルは完全に大英帝国の会社でなければならなかったのです。オランダ系である弱小企業のロイヤルダッチと合併など、マーカスの視野にはまったくはいっておりませんでした。
マーカスはイギリス海軍へ猛烈にアタックします。三浦海岸ではじめた貝殻細工の商売から今までにつちかった経験や人脈すべてをつぎこむ、いわゆる生死を賭けた交渉をおこないました。
しかし、イギリス海軍がだした答えは「ノー」でした。
 
ガルベンキャンの真価が、そこで発揮されます。
シェルがイギルス海軍の承認を得ようと近づいてはいるものの、チャーチルは必ずやマーカスのシェルを拒絶すると見込んだガルベンキャンは、機が熟すのを待ったのです。
ここで疑問が生じます。なぜ、ガルベンキャンはチャーチルが拒絶すると予測できたのでしょうか。
「世界情勢を的確に把握し、未来を創造する」
当たり前だけれども、実際にできる人はわずかです。しかし、それだけでガルベンキャンを語ることはできません。彼は、支配者たちが発する言葉の裏を探っていました。ガルベンキャンには、世界の指導者たちの心のうちに秘められた思慮を読み解くという特殊能力があったのでしょう。また、彼にはさらに秀でた技能がありました。
マーカスから断られても、決して対話は閉ざさない。忍耐強さは、タフ・ネゴシエータの絶対的条件です。3年もの時をじっと我慢しながら好機をうかがい、そうしてついに歴史的な合併劇を成功させたのです。
 
もともと大企業であったシェルですが、スタンダード石油との戦いでボロボロになっていました。結果として4対6の合併となり、6のデタージングが新会社の主導権を握ることになります。
交渉開始時のシェルとロイヤルダッチの資産比率が8対2であったことを考えると、この合併はマーカスにとって屈辱的なものに終わったのです。
しかしマーカスが新会社に対して、決して譲らなかったことがあります。それは、若き日に日本の三浦海岸で夢見ていた象徴である貝殻の商標です。
「貧しいユダヤ少年として、日本の海岸でひとり貝を拾っていた過去を決して忘れない」
マーカスが書き残した言葉です。シェルマークは、ムール貝からはじまって今はホタテに変わっていますが、合併会社の旗印として現在にいたるまで連綿と使用され続けています。
 
こうした紆余曲折のすえ、スタンダード石油に対抗できるヨーロッパ唯一の巨大企業ロイヤルダッチ・シェルが誕生したのです。
 
 
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。


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