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【歴史に学ぶエネルギー】21.7人の魔女「セブンシスターズ」

こんにちは。エネルギー・文化研究所の前田章雄です。
「歴史に学ぶエネルギー」をシリーズで考えています。第一次世界大戦のあと、中東の石油利権を分け合った欧米列強の企業群は、その後のエネルギー市場を支配することになります。
 

1)セブンシスターズの時代

メジャーと呼ばれるアメリカの大手石油会社には、ロックフェラーのスタンダード系とメロン財閥のガルフ、そしてテキサス生まれの独立系テキサコがありました。
スタンダード石油はあまりに巨大化したため、反トラスト法(日本でいう独禁法)によって34社に分割されました。分社化しても冠のスタンダードは残しており、スタンダード・オブ・ニュージャージー(通称、ジャージー)のほかにはスタンダード・オブ・ニューヨーク(通称、ソコニー)や、スタンダード・オブ・カリフォルニア(通称、ソーカル)として活躍していました。
長男格のジャージーはのちのエクソンになり、聞き分けのよい次男格のソコニーはのちのモービルとなって、やがて合併してエクソン・モービルになります。暴れん坊の末弟ソーカルはのちのシェブロンとなって、さらにはガルフを買収し、近年はテキサコと合併してシェブロン・テキサコとなっています。
 
欧州勢のアングロ・ペルシャは、のちのブリティッシュ・ペトロリアム(通称、BP)へと成長します。
当時の米系エクソン、モービル、シェブロン、ガルフ、テキサコ、そして欧州系のロイヤルダッチ・シェルとBP。国際石油企業のなかでも、とくにこの7社が中東の石油を独占し、強大な力を誇示しました。
イタリア石油公社ENIの会長エンリコ・マティは、羨望と恨みを込めて「7人の魔女(セブンシスターズ)」と名づけます。
マティはことあるごとにセブンシスターズと対立したのですが、のちにソ連のフルシチョフと売買契約を結ぶなど、突飛もない行動により彼らを翻ろうさせます。やがてメジャーが全面敗北を認めることになり、マティは休戦協定を結ぶためにアメリカへ向かう途中、飛行機事故で死亡します。事故の真相は今日にいたるまで明らかにされておらず、魔女たちの暗躍した時代の怖さを物語っています。
 
ここで、エクソンの前身であるジャージーが歴史的な方針転換をします。
それまでのスタンダード系企業は、市場に近い油田にしか興味を示しませんでした。もともと精製・輸送・販売で成長した会社です。油田掘削のようなギャンブル的な要素とは相入れにくかったのでしょう。
しかし、39歳の若きタフガイ、ウォルター・ティーグルがジャージーの社長に就任するや、経営戦略の舵を切ったのです。
「石油の存在するところ、世界中どこの油田でも手に入れる」
と彼は宣言します。
ティーグルは、ロックフェラーの最初の相棒だったモーリス・クラークの孫にあたります。小心者だった祖父と違い、石油市場の世界制覇をもくろむ積極果敢なオイルマンのひとりでもありました。しかし、のちの彼は独ナチスへ協力した黒い噂がたつようになり、石油業界から消えていきます。
 
当時のジャージーは、スタンダードから分割された際に、いびつな事業構造になっていました。スタンダードはもともと市場に近い油田しか保有しておらず、ギャンブル的要素の強い石油掘削には消極的でした。そのため、ジャージーのもつ石油権益が小さく、市場の大きさとの間でアンバランスが生じていたのです。
ティーグルの発言は世界制覇への宣言そのものであり、世界中の石油企業の目を上流の油田にむかわせることになりました。油田を制したものだけが、世界の支配者となる。世界は、さらなる騒乱の時代に突入したのです。
 

2)実在した闇カルテル

じつは、セブンシスターズの真の恐ろしさは、裏の世界にありました。
1928年8月、ロイヤルダッチ・シェルのデタージングは、スコットランドのアクナキャリー城ヘジャージーのティーグル社長とアングロ・ペルシャのカドマン社長を招待しています。世界市場を牛耳るビッグスリーのトップが休暇をとって雷鳥狩り、というのが表むきの理由でした。
もちろん、単なる休暇で集まったのではないことは、誰の目にも明らかです。この時に締結された「アクナキャリー協定」の全容は長い間、極秘にされ続けてきたのですが、第二次世界大戦後のアメリカ連邦取引委員会によって、そのベールが剥がされました。密約の内容は、衝撃的なものでした。
 
世界市場の販売シェアを固定し、高価格を維持させる巨大カルテルだったのです。
このカルテルは闇で「ガルフ・プラス方式」と呼ばれていました。米メキシコ湾岸(ガルフ)の石油を「基準価格」とし、そこからの運賃を加えたものをそれぞれの地点における石油の価格としていたのです。
たとえば、日本はガルフよりもっとも遠い位置にあるため、世界一高い石油となっていました。パナマ運河がまだできていない当時、メキシコ湾から日本へはアフリカ喜望峰を回ってインド洋を横断する航路として計算されていたわけです。たとえ生産コストが安くて日本から近いボルネオから輸入しても、日本には高値のまま販売されていました。
この世界的規模の価格統一システムにより、石油価格が高値に維持されていたのです。
 
この闇カルテルによってセブンシスターズは大きな収益を確保しました。しかし、その結果として中東の油田開発が加速され、新興の勢力が誕生するきっかけとなってしまいます。石油の価格と油田の新規開発、ここから先の時代はこの関係がつねに付きまとうようになりますので、注意してみていきたいと思います。
 
 
このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。


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