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ヤツと同居をはじめた話。

この部屋のどこかに、今もヤモリくんがいる。

初対面は、アパートの外階段だった。階段をのぼりかけたら右側の手すりに、ヤモリくんが一匹貼りついていた。あらぁーー、おうちを守ってくれてるのね?? とかなんとか(心の中で)声をかけながら、いつものように階段をあがる。いつものように鍵を取り出し、差し込んでまわし、ドアをあけたら、サササッ!とちいさな何かが我が家にすべり込んだ。

え!! ついてきちゃったの!!?

そのまま彼は、今も我が家のどこかに潜んでいる。主にキッチンの界隈である。だいたいは物陰にいてくれるのでいいのだけれど、たまに何かの拍子で、出くわしてしまう。扉をあけると、冷蔵庫裏の隙間へと、ちいさな何かが横切ったり。ものを動かすと、その下から、ちいさな何かが飛び出したり。さっきなどは、体重計を足元に引きずりよせたら、その下に隠れてた彼がピタッ!と動きを止めており、そのまましばらく見つめ合ってしまった。

どうしたらいいんだろう。

「ヤモリ」で検索してみたら、「害虫を食べてくれる」だとか「金運・家庭運の象徴」だとかで、駆逐せず共存をすすめる物言いが主流だ。私もなんとなく、対決せず共存する方向で、日々を紡ぎつつある(ていうかその他にすべがない)。

でも一方で、「不意に出くわす瞬間のびっくり」がちょっとキツいなあと思い始めてもいる。前触れなく、思ってもみない方向から、ササササ!と音もなく飛び出す彼に、私はいちいち肝を冷やす。一般社会でドキドキハラハラ暮らしている私にとって、家の中だけは、ドキドキハラハラから解放される安心空間なのに。

「ヤモリ 寿命」で検索したら、「15年」って書いてあった。

まあそこまで共存することはないにしてもだ、たとえばある日、音もなく現れた彼を、不意に踏んづけてしまったりしないだろうか。家の中で私は主に裸足だし、踏んづけてしまった場合の後始末をするのは、他でもない私である。ああやっぱり外で暮らしてもらったほうが穏便なんじゃないかしら。でもでも彼を何らかの方法でおびき寄せ、両の手のひらで包み、外へと導くのもまた、他でもない私である。どうやっておびき寄せるの? どうやって身柄を確保するの? ていうかそもそも、両の手のひらで彼を包んでしまったら、窓やドアは誰がどうやって開けるんだ??

チーーーン……←詰んだ音

こういうとき、普通の大人はどうしているんだろう。「ひとと暮らす」を選ばなかった私は今、なすすべがまったくわからない。わからないので、このままなし崩し的に、彼と共存していくんだろう。ササササ!と現れる彼にいつか慣れて、「あら久しぶり! 元気ぃー?♪」とか話しかけちゃえるくらいのマインドを目指そう。

思えば私が、私以外のいのちとともに暮らすのは、家族以外には初めてのことじゃなかろうか。ありえないって思ってた。ひとだけでなく、ペットさえ。エンジョイ、エンジョイ。今日も彼に守られながら眠る。(2022/08/08)

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