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[ショートショートJAZZ]JUST FRIENDS

これはジャズスタンダードの曲に着想を得た、オトナのショートショートです。楽器ではなく、文章でアドリブを取ってみました。
それでは、ショートショート JAZZのナンバーから「JUST FRIENDS」、どうぞお楽しみください。

立った!遂に立った!

私の結婚フラグが、ピコンと立ったのです!

「結婚について話したい。待ち合わせ時間は明日の午前11時半。場所はいつものカフェ。普段着で。以上。」

この果し状のようなメールが届いたのは、昨日の夜のこと。
「連絡事項は簡潔に」というのが、いかにもハカセ君らしい。

あ、ハカセ君というのは、1ヵ月ぶりに会う私の恋人です。

「結婚したい」と言ったら、「考える時間をください」と言われて、「1ヵ月あげる」と言ったら、「では1ヵ月後に」と言われて、そこから音信不通になったのだけど。

今日で、ちょうどぴったり1ヵ月!
パンパカパーン!
「締め切り厳守」。うん、これもハカセ君らしい。


ハカセ君というのはあだ名で、本名は博士と書いて、ひろし。

ご両親は二人とも学者で、お父さんはウミガメの甲羅と首の境目を研究する第一人者。お母さんは、裸婦像と下着の関係について研究する権威だと、聞いたことがあります。

博士と書いて、ひろしと名付けた一人息子は、「数値化できないエレメントを用いて未来予測をする」という研究をしている、らしい。
今はまだ学生だけど、書いた論文はことごとく注目されていて、来年には「ドクターの学位を授与され、研究所に就職する」と言っていた。

ハカセ君の将来は、絶対安泰!
天才博士になること、間違いナシ!

だから、マスコミから注目されて、ヘンな女たちが近づいてくるその前に、さっさと結婚しておきたい、というのが私の本音なんです。

ハカセ君のご両親は、私のことを気に入ってくれるでしょうか。
研究のことは何一つわからないけど、ハカセ君を精一杯応援したい!
そんな嫁を、可愛いと思ってくれるでしょうか。


天才博士の嫁・・・。うん、いい響き!

思い返せば、ここまでの道のりは、けっこう大変でした。

中2の時にドイツから転校してきたハカセ君。「特技はピアノ。スポーツは何でもできます」と自己紹介して、一気にクラスの興味を引いたのです。

気の荒い男子たちが早速ハカセ君を音楽室に連れ出し、「ほら、ピアノ上手なんだろ?弾いてみろよ」と煽ったところ、ハカセ君は涼しい顔でショパンの幻想即興曲を弾き倒したのでした。

よくある「ピアノ上手ねぇ。パチパチパチ」というレベルではなく、「ブラボー!ハラショー!」と、立ち上がって、涙するほどのレベル。

ラストノートが鳴り終わった頃には、女子全員がハカセ君に恋をしていたのでした。

さらに荒立つ男子たち。今度はグラウンドに場所を移して「サッカーも上手なんだろ?ドイツは本場だもんなぁ」と言って、男子15人対ハカセ君という、めちゃくちゃなPK合戦が始まった。

すると、どういうことでしょう!
ハカセ君は次々とゴールを決め、ことごとくゴールを守ったのです。

今度は男子が全員、ハカセ君に恋をしてしまったのでした。


クラスのみんなが、ハカセ君に近づきたかった。

でも、クールでロジカルで天才肌のハカセ君は、世の中学生からしたら捉えどころがなさすぎました。

「ピアノ上手だね!すごいね!」とほめると、「人間の指は10本だから、最も多い場合でも同時に出す音は10音までだと仮定できて、さらにクラシックの場合、構成する和音はうんちゃらかんちゃら、ほんちゃらら・・・」と説明されたりします。

「今夜電話していい?」なんて誘ってみても、「なぜ電話である必要があるのでしょうか。何について話すのか、もし答えが必要なものだったら事前に内容を教えてもらえると、調べることができるからうんちゃらかんちゃら、ぱっぱらぽー・・・」と、煙に巻かれてしまう。

そんなこんなで、ライバルは一人減り、二人減りしていく中で、根気強く口説き続けたのが私だった、というわけです。


昔のことを思い出していたら、待ち合わせのカフェに到着。

時計を確認すると、11時半まであと10分ある。

「待つ時間は最小限に」と考えるハカセ君は、待ち合わせの1分前に登場する。私は、いつもの席に座って待っていよう。

いつもの席というのは、古くて大きな振り子時計の一番近くの席です。ハカセ君がある日、「時計の精密な動きが愛おしくてたまらない」と言って、私は大笑いしたことがあったっけ。

本人は自覚がないけど、私はハカセ君のおもしろい発言に、涙を流すほど笑わされるのです。

そういえば、ハカセ君と私が付き合い始めるきっかけとなったのも、この席での会話でした。

「好きよ」と言っても「ありがとう」と言われ。
「付き合って」と言っても「メリットは?」と言われ。

あの手この手で口説き続け、断られ続け、なんとなく「男女が初めて付き合い始める年齢で、一番多いのが16才なんだよ」と言ったところ、それが心に響いたらしい。

「なるほど。では、キミと僕の16才の誕生日の、ちょうど中間の日に付き合おう。ぴったり平均だ!」と言って、バレンタインでもクリスマスでも、どちらの誕生日でもない、なんでもない日が、二人の交際記念日になったのでした。

そして今日、私はハカセ君にプロポーズされる!
思い出のカフェで、思い出の席で、未来が約束されるのです!

ハカセ君のことだから、どんな話の展開になるかはわからない。またおもしろい理論で、結婚の日取りを勝手に決められちゃうかも。

でも、結婚さえできたら、私はそれでいい。


「ちょうどぴったり、1ヵ月ぶりだね」

午前11時29分。ハカセ君が登場して、向かいの席に座る。

元気だった?ちょっとやせた?そんな言葉はすっ飛ばして、「結婚について考えました」と、早速本題。

あぁ!久しぶりのハカセ君節。たまらない!

「今回は、一蓮托生のエレメントを使って未来予測、つまり僕たちの結婚について考えてみたんだ」

なるほど、なるほど。いいですね。

一蓮托生とは、良くても悪くても運命を共にする!という意味。結婚にぴったりの四文字熟語です。

「ひとつの蓮の花の上に生まれ変わる、という意味だから、まずはその確率について考えてみたわけだけど、そもそも生まれ変わるという概念は、世界中の宗教をベースに信者の割合を加味して計算した場合・・・」

ふむふむ。よくわからないから、聞き流そう。

「・・・だから今度は、一蓮托生のエレメントに加えて、覆水盆に返らずのエレメントも採用してみたんだけど・・・」

おっとっと!覆水盆に返らずは、聞き捨てならない。
離縁した夫婦の仲は戻らない、という意味のことわざを、なぜ!?

「一度、キミと僕を水として考えた場合、お盆に乗せてどんな動きをするとこぼれるのか、その限界値を計算して・・・」

ふむふむ、結婚を決める前に離婚のリスクを考えたのね。

こうして、私が液体にされ、お盆からこぼされたり戻されたりしていると、ハカセ君は急に結論にたどり着いたのです。

「・・・というわけで、僕らのベストな関係を平均してみました。すると、僕たちは、ちょうどぴったり・・・」

来い!プロポーズ、来い!!!

「友達、ということになります」

へ!?

「以上。ご清聴ありがとうございました」


ボーン、ボーン、ボーン。
沈黙を破り、振り子時計のチャイムが店内に鳴り響く。

「あ、ちょうどぴったり12時になりましたね。どうでしょう、友達に戻った記念に、ランチでも一緒に食べますか?」


ジャスト・フレンズ
ただの友達 もう恋人じゃない
私たちは友達 でも昔とも違う
これまでの二人を思い返して
二度とキスできない関係なんて
そんなのあり得る?
まだ終わってない そう思いたいだけ

友達だけど 離れていくの
二人は友達 でも一人は傷心
愛して 笑って 泣いたりもした
そして突然 愛が消えた
物語は終わってしまったの
そう私たちは ただの友達
(訳:小倉麻未)
JUST FRIENDS
Lyrics : Sam M. Lewis

Just friends, lovers no more
Just friends, but not like before
To think of what we've been and not to kiss again
Seems like pretending it isn't the ending

Two friends drifting apart
Two friends, but one broken heart
We loved, we laughed, we cried, suddenly love died
The story ended, but we're just friends


人気なジャズスタンダードのひとつ、「ジャスト・フレンズ」。

歌&トランペットで魅了したチェット・ベイカーのテイクが有名ですが、その他にも多くのアーティストがそれぞれのテイストでカバーしています。

そんな中、ご紹介したいのがこちら。

ビッグバンドのオジサンたちを引っ提げ、「かわいいお嬢ちゃんが、ステージの真ん中で何してんだい?」と思ってしまいますが。

実は彼女、スペインの歌手でトランペッター、かつサックス吹きでもある、マルチプレイヤーなんです。名前は、アンドレア・モティス。

ジャズ界のエマ・ワトソンと、私は勝手に呼んでいます。

このアンドレアちゃん、12歳からバンド活動を始め、15歳にして最初のアルバムを録音。この動画の当時は20歳くらいでしょうか。

えらくこざっぱりと唄っていますが、「ジャスト・フレンズ」はメロディーの高低差が激しい曲なので、あまりこぶしを効かせるとダサい…というのが、私の持論です。

歌詞も若々しいので、アンドレアちゃんにぴったり!
疾走感あるテンポでさらりと歌うのが、なんとも粋でしょ?


※このショートショートは、ジャズスタンダードの曲にインスパイアされたもので、作詞家の意図とは異なります。たぶんね。

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