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【第7話】ネズミ狂想曲

私の家族は昔から、とかく深呼吸というものを知らない。毎日、誰かが叫ぶか、怒るか、泣くかしている。本当にいつもうるさい。

本日絶叫しているのは、母。金切り声と呼ぶにふさわしい大声を上げているのが、家の2階までキンキンと響き渡ってくる。

*読む時のお願い*

このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。

*読む時の注意*

このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。

***

「ぃいいやぁぁぁぁぁーーー!誰かぁ!来てーー!」

まるで殺人現場にでも出くわしたような声。さすがに何かあったのかと思い、私は自室から母の元へ駆け出していた。

「ど、どないしたんや!」

珍しく、誰よりも先に父が母のそばに駆けつけていた。自分の叫び声とともに腰を抜かして、口をパクパクしている母の尋常じゃない様子に、普段は”オレオレ”の父もさすがに慌てている。

みんなが集まって来たところで、力なく、母は押入れを指差す。刑事ドラマの殺人現場で、第一発見者の可愛そうなOLの人とかがやる、アレだ。父は恐る恐る、すでに開いている押入れを覗き込んだ。普段のすごみは見る影もないが、先頭に立ってくれたことは頼もしく思った。何があったんや?何をみたんや?父と母の背中が壁になり、私は押入れの中が見えない。

 ……
 
 ……

「あ、ネズミ死んでるわ。」

と、父。押し入れにしまいこんであるチャイルドシートの上で、ネズミさんがご臨終しているらしい。母は変わらず「気持ち悪い!気持ち悪い!」と取り乱している。そういう意味で母は、刑事ドラマのように確かに”死体の第一発見者”となったのだ。私は”家の中に死骸がある”ということ自体が気持ち悪くて、無意識に後退りしていた。

ここでも書いた通り、母は潔癖症だ。外から帰ってきて裸足になった私の後を「足跡がつく!汚い!」と、クイックルワイパー片手に追い立て回す人だ。自分が食べたり寝たりする空間に、汚物の代表選手とも言えるネズミが死んでいるということ自体がすでに気が狂いそうな事実なのだろう。

「お前がそんなに叫ぶから何事かと思ったけど、ただのネズミやんけ。大げさやな…」
「ひゃ!ホンマに気持ち悪いわ!はよ!片付けて!有り得へんくらいデカイやんか!もう…ほんま気ぃ悪いわ!」

そんなに?あの母の腰を抜かす程のネズミか。ちょっと興味は…ある。

「どのくらいデカイん?」

口をついて出た疑問に、こんくらい、と手で大きさを表現する母。とにかく語彙力がない家族の面々は、言葉で何かを説明したり、表現したりするのが苦手だ。擬音語やボディーランゲージで表現する。母の手の中に作られた空間から察するに、だいたい15センチ強はあるだろうか。母の精神的ダメージが加算されて大きさが誇張されている事を差し引いても、でかい。

さて、事の顛末はこうだ。

普段から、父は物を捨てずに何でも押入れに放り込むクセがあり、母はそれがお気に召していなかったらしい。彼女は使わないものはすぐに処分したいタイプなので、今日は意を決して掃除を決行することにしたようだ。

押し入れを片付け始めて間もなく、母はこの、もう使わなくなったチャイルドシートを見つけた。これももう捨てたろ、と手前のダンボールを退けていると、ふと異臭が。鼻をつく臭いに眉をひそめつつ、ようやくチャイルドシートが姿を表したその時、座椅子部分に灰色の物体を認めた。とたん冒頭の大絶叫に至ったわけだ。

ちなみにネズミさんは安らかに眠っていた…とは全く言い難く、結構腐敗が進んでいたみたいだ。

 「…もうほんまに嫌やわ。なんであんなでかいネズミおるんよ!信じられへんわ!」
 「家ボロいからやろ?」

そう。どこかでまたお話できればと思うが、とにかく当時の我が家はボロかった。雨漏りなんて当たり前。天井は中程でたるんで、今にも落ちてきそうだったし、家はいたるところがスキマだらけ。お風呂場は取ってつけ、コンクリートの上にバスタブがポンと置かれて、洗い場には板を敷いてあるだけ。極めつけは、トイレに電気がなかった。ひとつ釘を抜けば、崩れ去ってしまいそうな、それまでネズミさんに出くわさなかった方が不思議なくらいのボロ屋だったのだ。

  「もうほんまに嫌。きもちわるい。」

例によってヒステリックに陥った母がそう連呼している。かと思えば次は、狂ったように掃除機と雑巾がけを始めた。本当に、深呼吸ひとつつく間もなく。

掃除をする母の背中を見つめながら、「もし違うネズミが死んでたら、またイチからこの一騒動を繰り返すのかなと」と頭をよぎった。幸い他にネズミは発見されなかった。

頭をつんざく母の大絶叫に逃げ出したのか。はたまた、気が触れたように掃除をする母の姿に怖気づいたのか。

次は、私の友達を選ぶお父さんの話を書きます。



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