見出し画像

【第15話】風呂星人

バッタモン家族には、風呂星人が紛れ込んでいる。

”風呂星人”は、父の別名だ。毎晩8時になると、ふるさとの星を恋しがる異星人が如く暴れ出す。まるで、明日からお風呂が一生入れないかのように。

風呂星人の生態

風呂星人は「風呂星人」などと呼ばれるだけあって、お風呂が大好きだ。毎日欠かさず風呂に入り、そのうち週に3回は必ず温泉にも出向く。1日でもお風呂に入らなければ「汚い」と罵られる。それくらい、彼にとってお風呂は日々の重要タスクなのだ。

彼は、本来どちらかといえば物を散らかすタイプの性格だ。が、お風呂に関しては潔癖症といえるほど細かい。我が家のお風呂掃除当番は私と妹がすることになっていたが、風呂星人のスタンダードに見合わない場合はくどくどと小言を言われ続けるハメになる(自分で洗うことは絶対にしない)。バスタブの汚れやザラつきも目ざとく見つけて、「今日の浴槽は、汚れが残ってたぞ」と始まる。姑かお前は。じゃあ自分で洗え。チッ。

また、それが理由で、必ず一番風呂でなければならない。理由は、家族であっても、アカや毛が浮いているのを嫌うから。私は、彼が毎週通っている温泉の方が不潔なイメージがあるけれど。

風呂星人は一旦スイッチが入ると、上記の掟に従って、家族全員がお風呂に入るまで「風呂に入れ!」と言い続ける。全員が入ると静かになり、風呂星(自室)へ帰っていく。

風呂ルール

従って、風呂星人には彼なりの「風呂ルール」がある。食卓のそれと同様、これも我が家の鉄の掟だった。

・父が勝手に決める”順番”を守っての入浴を迫られる(順番の意図は不明)
・父以外は一番風呂が許されない
・湯加減は父の好みに合わせなければならない
・指名があってから5分以内に入らなければしつこく「風呂、風呂!」と怒鳴られる
・何があっても、お風呂には毎日入らないといけない

何がうっとおしいって、こちらのタイミングを完全に無視して風呂へ入れようとすることだ。彼自身は自分の好きな時に入り、かつ一番風呂でないといけないため、例えば学校から帰ってすぐ入っておく、といったことができない。また、間違いなく「熱湯」に区分される湯加減が好きなため、前提として入浴には”我慢”が求められる。湯船に使って「はぁ〜♪」とはならないのだ。特段体調が悪いなどの例外を除いては、呼ばれてからすぐに入らなければならず、そうでなければもはや自分の名前が「風呂」に変わったのかと思うほどフロフロフロフロ…と連呼される。

ひとつ言っておくが、私は、お風呂に入ること自体は嫌でない。こちらにもタイミングがある。それを尊重してほしかった、ということだ。

”風呂星人”の名前の由来

さて、前置きはこれくらいにして、風呂星人に支配された我が家の日常を少しご覧いただこう。

基本的には、

風呂星人が好きなタイミングで風呂に入る(だいたい毎晩8時ごろ)
それぞれのタイミングを無視して獲物(次の入浴者)が指名される
それぞれが何とか自分のタイミングで入ろうとあの手この手で先送りにする・もしくは、誰かに獲物役をなすりつける
しばらく誰も入らないでいると、しびれを切らした風呂星人に怒鳴りつけられる
渋々風呂に入り、熱湯に絶句する(いや、マジで)

これを毎晩繰り返す決まりだった。熱湯風呂に関して言えば、物心つきたての小さなときから、どんなに訴えても、100を数えるまではこの湯船から出ることを許してもらえず、毎度入浴後は全身真っ赤でフラフラになっていた。(もしや、私の記憶が飛んでるのは、それによる脳障害…!?

とにかく、上記のルーティンを繰り返しているくらいならまだ良い方で、何らかの理由で風呂星人の機嫌が良くない場合は怒鳴り合いが始まる。彼が部屋まで押しかけてきたら、いよいよ真剣バトルが幕を開けるのだ。

ある晩。テレビや趣味に夢中になって、お風呂を後回しにしたことがあった。

いつのように風呂星人が「風呂ー、風呂ー!」と迷子を探すように1階から叫んでいる。相変わらず順番は勝手に決まっている。相手にするのが面倒なので、何を言ったか自分でも覚えていないほど適当に返事を返す。一旦は静まったので、気にせずテレビを観続けていた。

コマーシャル中。妹と弟がそろそろと部屋にやってきてこう訴えた。

「Maiちゃん、お願い屋から先にお風呂入って。お父さんホンマにうるさいから。」

ははーん。彼らはいわば、風呂星人に遣わされた”メッセンジャー”だ。自分で言いに来ず(いや、来てほしくは無いが)、まるで私の罪悪感に訴えかける狙いで妹や弟を使ったというわけだ。そういうずる賢い所に少しカチンと来た私。

「うん。このテレビ終わったら入るから。」
とだけ告げ、”メッセンジャー”を追い返した。実際、テレビが終わったら入るつもりでいたからだ。

…風呂星人は”待つ”ことを知らない。コマーシャルが終わらないうちに、

 「おい!お前、はよ風呂入れって言うてるやろ?!何してんねん!」

と、階下からまた怒鳴り声が響く。熱湯風呂入ったばかりであんなに怒鳴ったら、また汗をかきそうなものだが。聞こえないふりをしてると、とりあえずその場はやり過ごせる…はずが、この日は違った。

バタンッ!

ドンッドンッドンッドンッ…

緊急事態!緊急事態!風呂星人二階に侵入!緊急事態!危険度MAX!

不思議なことに普段はほとんど2階に上がってこない父が、あんなに大きな足音を響かせて階段を登ってくる。ということは…

緊急事態!緊急事態!風呂星人接近中!緊急事態!危険度MAX!

ドンッドンッドンッドンッ…ドンッ!

バタンッ!

爆撃の様な勢いではね開けられた部屋のドア。目線が合うや否や、

 「はよ、風呂入れやぁぁぁぁぁぁ!!!」
 「ちょッ、待てやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ギャグ漫画か。

その距離2mで叫び合う親子。道路の向こう側にいる友達を呼び止めるのにだってこんな大声を出したことはない。

 「お前は毎日、なんぼ言うてもすぐに風呂に入らへんな!!」
 「うるさいねん、風呂!風呂!って。風呂星人か!こっちにもタイミングがあるねん!」
 「順番やろが!さっさと入れや!」
 「何やねん!その順番。そっちが勝手に決めてるだけやんけ!入りたい時に入ったらええやん!」
 「お前はそうやって、すぐに親に反抗する!しょーもない!」
 「そんな頭ごなしに言うからやん!」
 「お前とは話ができひん!」

と言いたいだけ言って、またドンッドンッドンッドンッ…。本当に嵐のようだ。

 「うっさい風呂星人め!」

ちなみにこのケンカが、”風呂星人”の名前の由来だったりそうでなかったり。

風呂星人と言い合うのは本当に疲れる。何が疲れるって、たかが”風呂”のことでここまでイライラさせられることだ。さっきまで好きなことをしていた気分が台無しだ。今日もまた渋々と、火傷覚悟でお風呂を済ませ、そして、次に入る家族を呼びにいく。

 「今日も派手に風呂星人と争ったね。」
 「風呂星人がうるさいから、はよ誰かお風呂入った方がええよー。」
 
と、苦笑いする家族。もちろん他の面々もうんざりしているのは言うまでもない。

風呂星人は怒りのボルテージは上がりやすいが、冷めるのも早い。こっちがお風呂に入りさえすれば、さっきの争いはなかったかのように優しくなる。そこも少し腹立たしい。

 「お!ゆっくり浸かれたか?湯加減はちょうど良かったか?湯冷めせんようにな。」
 「…うん(え?何?この態度の変わり様は…?何を企んでるの…?)」

さっきの怒りは、一体何だったのだ?

彼が大人しく、静かに風呂星に帰ることは、それからもほとんどありはしなかった。

  


サポートありがとうございます。