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説得を科学する - MBA組織行動論

信念を持つ人を変えるのは難しい。
あなたが「同意できない」と伝えると彼は背を向ける。
真実や数字を突きつけると、彼は情報源を問いただす。
論理に訴えても、あなたの言いたいことを彼はきっと理解してくれない。

(レオン・フェスティンガー 心理学者)

合理的な議論は成立しない。あなたはデータや社会的証明、権威を持ち出す。相手があなたに同意すれば、相手の立場はなくなる。
「私が間違いだった。」彼が自分の否を認めてようやく決着がつく。
ということで、彼は否を認めないだろうし、つまり決着しない。

アリストテレスのレトリックのセオリー。
議論の構築は事実や論理に基づいて考え(Logos)、
話し手は信頼感、威厳、倫理観を持ち(Ethos)、
聞き手に情熱をぶつける(Pathos)。

古代ギリシャの時代から、伝え方の根本的なセオリーは変わらない。
聞き手の感情が揺さぶられ、経験として言葉が身体に染み込む。

3月上旬からオハイオ州立大学MBAでOrganizational Behavior(組織行動学)のクラスが始まった。6回あるクラスのうち4回分受講した。
組織内では隠れたルール(Hidden rules)があるので、ルールを正しく見極めて上手にプレーしていこう、というのがクラス全体を通して共通するメッセージで、そのための前提知識やテクニックを学ぶ。
一見不誠実なコンテンツのように聞こえなくもないが、知識やテクニックは目的次第でいかようにもなる。組織のしがらみを理由に組織目標を達成できないと理屈をこねるのは潔くない。
ピュアであることは無条件に尊いが、誠実に学び経験することはピュアを貫くこと以上に尊いしクールだと信じている。


(Ⅰ)説得の3つのモデル

4回目のクラスのテーマは「説得」。リーダーシップクラスで学んだことの近所の議論。
人を説得するために、心理的にも物理的にも社会的にも道筋を作って自動的に相手にコクリと頷いてもらっちゃおう、ということだ。そこでクラスでは、説得の過程における心理的障壁(エゴ)、物理的障壁、社会的障壁に焦点を当て、解決のための糸口を考えた。

教授が説く説得の3つのモデル

(1)心理的な壁 - Ego

障壁1:説得されると興味をそがれて相手を信用したくなくなる。

対応策:
説得者側にとって不利益な行動を取ると、説得される側は少し心を開く。
例えば、説得される側に不利益なことを敢えて伝える等。

障壁2:説得されるとコントロールされている気になり反発したくなる。

対応策
選択肢を与える。(選択肢が多すぎると決められないのでNG)
クラスの中では選択肢の提示の仕方を工夫することで、説得者側の意思に沿って相手を誘導できる、というエピソードがあった。消費者へのアプローチ等でも良く使われるテクニックがたくさんある。
説得者側が妥協できる範囲で少数の選択肢を準備するという基本的なテクニックは、多くのビジネスマンが使っているはずだ。

ほどよく選択肢を与えると、リーダーはコントロールを緩めることができ、グループ内で強い規範が丁寧に作られていく。そしてメンバーは、あなたが気にかけていた大きなアイデアを自ら持ち出してきてくれる。このアイデアを具体的にどのように実行するかについては、オープンにメンバーと議論し相手の自発性をサポートするようバランスを取る。

障壁3:極端にネガティブもしくはポジティブになる。

対応策:
相手の肯定的関心も否定的関心も両方ともについて安心して話せる相手になる。なお、人はポジティブなことよりネガティブなことに注意をひきつけられるが、あまりにもネガティブが過ぎると希望がなくなり関心がなくなる。”ネガティブな情報 + わかりやすい解決策”をセットで伝えると効き目がアップする。

望まない態度や行動をやめさせようとして罰を与えると怒りや無関心を煽る。ネガティブなメッセージをポジティブな言葉に言い換え、望ましい行動を促すよう心掛ける。
自分で説得するのが難しいのであれば、別の人に説得してもらう。立場や相性もあるだろう。それに、上司より同僚の説得のほうが響くことは多い。

(2)社会的な壁 - Social

「みんなやってるよ」とか「そんなこと誰もしないよ」という言葉は、自然と脳内に染み込み、判断の拠り所となる。当たり前だけど、望ましい行動はその頻度の高さを強調し、望ましくない行動は逆に低さを強調するべきだ。
「アメリカ人の65%は肥満だ!」と訴えられてたら、”まだ痩せなくてもいいや”と思うだろう。
組織内のグループのパワーが社会的プレッシャーとして機能することもあるので、これを上手く利用するという手もあるだろう。

(3)物理的な壁 - Physical

障壁4:意思はあっても行動しない。例えば職場周辺のゴミ拾い活動等良い活動だけど実際に行動に移さない人は多い。

対応策:
そんな時は「意思」を行動に移すための設計(Channel factor)を組み込む。
例えば「オプトアウト方式」(以下に説明)という手がある。

例えば、オーストリア、ベルギー、フランス等のいくつかの欧州諸国では、ほぼ全ての人が死後の臓器提供を承諾している。一方、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ等臓器提供承諾者が20%を下回る国は多く、国によっては20%よりもうんと低い。
臓器提供承諾者率が高い国は、「オプトアウト方式」を適用している。「拒否する」と主張しなければ「承諾した」ことになる。日本人としては何とも騙された気分になるやり方だ。もちろん「オプトアウト方式」を適用している国は、臓器提供承諾の重要性に対する社会的な責任を国民が感られる様々な仕掛けが他にもあり、国民も納得しているはずである。
補足だが、承諾を主張することで「承諾した」ことになるというやり方を「オプトイン方式」という。

また、Escape channelを取り除く、つまり逃げ道を封じることも考えよう。説得の場面では「ちょっとすみません、お邪魔しますが。」から続く冗長なご挨拶は逃げ道を広げることになる。
説明はシンプルに。そして相手を理解するための質問を準備して、相手からの質問や懸念点に対してオープンな姿勢で向き合い信頼を得る。
また少しの遊び心は人をワクワクさせ、人々が一歩を踏み出すきっかけになる。

(4)まとめ

説得側は十分なデータと証拠で合理性を主張したいところだ。だけど説得される側は合理的であればあるほど否定されている気分になり反発する。自分の意見を押し付けるのはやめて相手と一緒に新しい解決策を探る姿勢を持てばお互いにやりやすくなる。説得のための理由を準備するのではなく、相手側の情報を集めるための質問を準備し可能性を探る。
1つしか解決策がないということもないだろう。
例えば「給料を上げてほしい」という主張に対して、お金以外の何かで報いることはできる。研修を受講させてあげる、フレキシブルなスケジュールを認めてあげる、サポートメンバーを強化する等、相手の興味に応じて柔軟に考えるといい。
組織特有の隠れた事柄、例えば目に見えない制約やインセンティブ、組織図上の役職とは異なる動きをするプレイヤー、表層化されていないメンタルモデル(暗黙の前提)等を解き明かすためにも、相手に対していつもオープンでいることは大切なことだ。

(5)感想

心理的障壁や社会的障壁は、以前に受講したリーダーシップクラスの内容にも通じるところがあり、クラスを重ねる毎に理解が深まった。
相手と一緒に解決するためのオープンマインドな姿勢を貫くのは結構しんどいと思う。だけど、それができない人がたくさんいる中で、無理しない範囲でわかりやすくこの姿勢を持ち続けたら、私の周りに仲間が増えていつか大きなことができるかも、という気持ちになった。

物理的障壁については仕事の中で真面目に考えたほうがいいと思った。面倒なことは誰だってしたくない。ちょっとした仕掛けで大勢の人の行動が変わるなら考えがいがある。

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