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15『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』

#15 ジュラシック・脚トレ③リベンジ・スミス&ジム史上初の種目


(つづき)
消耗し切った体力と、絶望的な気持ちでスミスラックの前に立つ。


そして、例によって木澤さんがド背後に立った。間違った姿勢(#12参照)でスクワットすると尻を押し付けてしまうから、絶対に崩せない木澤さんオリジナルの鉄壁のスタイルだ。矯正このやり方以外に方法ないのか。

「もっと前。もっと。……そう、足先もう少し開いて、膝気をつけて」

ひとつひとつ丁寧に指導が入り、緊張が高まっていく。ローバーで担いで、すでに荒くなってる呼吸を整える。

「GO」

ゆっくりと、着実に正規のフォームで降りていく。ケツ祭りの再来はまじで避けたい。緊張し過ぎて背中がヒクヒクしているが、必死の身体操作でなんとか擦らずに下まで降りることに成功した。

「前向いて!」

尻に意識を集中させすぎて下を向いていた。ハッとして顔を上げる。ガニ股でえげつない顔した無様な姿が映り、瞬間的に目を逸らしてしまった。

「下向かないって!まっすぐ!」

真正面から見る私の脚太すぎて草。食いしばった歯を剥き出して真っ赤になっている。こんな顔してたらそれは笑うわ。
正視に耐えないがやるしかない。だが、もう四頭筋がぶるぶるしている。切り返し絶対不可能の予感に、喉から細い悲鳴が出続けている。

「はい挙げて!」

「い゛いぃ……」

全然挙がらない。ベンチプレスでは挙がるのに脚で挙がらないってどういうこと?まじで意味が分からない。
膠着状態で微動だにしないバーが突然少し緩まった。補助してくれている!たった7kgが徐々にあがっていく。やった。もちあげれた。

「そう。ゆっくり、ゆっくり下がってー……」

成功の余韻に浸る暇もなく次の指示がくる。

「はいガッと上がる!」

「……ぅぉお゛……!」

「顔下げるな!」

やっぱり自力では挙がらない。ボトムからの切り返しがとてつもなく苦しい。しかも2回目にして、やはり私のデカいケツが木澤さんの脚に擦れまくり、下を向くたびに指でデコを持って上げられる。
この光景、「パーソナル指導は接触してはいけない」派の方々が見たら「木澤さん!木澤さん落ち着いて!ちょっとそれは……!」って止めに入ってる。止めないの合戸さんくらいだ。

触るどころではない


だが、常にうっすらと補助の力を感じる。木澤さんはやり方はアレだけど、一生懸命指導してくれてる。私もがんば


「どこ見てんの前向けって!」


「膝のあたり見て!横のプレート見てる意味ないから!」
「前!前向いてって!下向くな!」
「右膝、内に入ってる!見てりゃわかるでしょ見てないからわかんないんだよ!」
「目つぶるな!」

激励しすぎ。
やろうとしてるが、頭も眼球も勝手にどっかいっちゃうのだ。白目剥いてるのと同じ状態だ。注意されるたびに気力を振り絞って鏡を睨み直す。しかしすぐにグラグラになる。持ち上げるのも辛いが、身体の軸が定まらない。

「クネクネしない!」

私もしたくない。なんでこんな脚太いのにこんなに非力なんだ。ださすぎる。情けなくて色んな涙が出そうになる。
でも、前回は全くできずに変な姿勢とってただけなのに、今回は一応動きにはなってる。やれると思ったからやらせたんだ。どんなに無様でも終了されるまでやろう。その後も補助につぐ補助でギリギリの上げ下げをし、やっと1セットを終えた。


「脚痛い?」
「ちょっとベンチで休んでてください」


インターバル中に、珍しく優しい言葉がかけられた。あまりの辛さに座っても全身が震え続けている。木澤さんと目があって、「やばいです、私チワワになってる」と言ったら、身震いする私を見て爆笑しだした。やはり人が窮地に立っていると笑う性癖なんだ。

「もうこれ怖いです……」
「怖いのwwwなんでですかwww」
「わかんないですけどなんか、めっちゃ難しいです」
「まあそのうちです(笑)」

そのままチワワで3セットやった。「そのうち」はまだ訪れず、突如ドーベルマンになることはなかったがやり切った。
脚トレ、本当に長かった。感無量で感慨に浸って終了の言葉を待っていると、木澤さんが2階へ続く扉を指差した。


「じゃあ、階段行ってください」


「階段????」
「階段」

意味がわからない。更衣室ではなく階段?これどういう指示なんだろう。意味もわからず曖昧な返事をして、1階の廊下の隅に移動した。しばらくして、どこかに消えていた木澤さんが近づいてきた。

「はい、じゃあこれ持って」

ゴトン、と20kg?プレートが2枚床に置かれた。


「これを持って、階段を上がってください」
「!?!!!?」


なにそれ。聞いたことない。これトレーニングなの?まだやるの?これを持って上がる???

「はい、登って」
「重……重い!!!ダメですこれ!」
「いいから。はい、登る」
「重……あああ!!」
「もっと早く!あと前傾になって。ほら早く早く」

おもりを持たされて急かされ階段を登るという人生で初の体験。多分ジムでも初めてやった人間なんじゃないだろうか。
すれ違った人の、「この人達廊下でなにしてるの?」という視線が痛い。私も何してるのか全然わかんない。でもめちゃくちゃ辛いのはわかる。

なんとか上まで登り切ったら、また下に降りるように言われる。今度は16kgのダンベルが置かれた。なんて凶悪なドラえもんだ。

「はーやく登る!」
「ほらもっともっと!」

そんなに急かされても脚が回らない。買い物袋持ったおばあちゃんが歩くみたいな速度でしか登れない。あと地味に、確実にやばいことが起きてきた。

「木澤さん!これダメです!」

「ダメじゃない早く」
「違います!落ちます!ダンベルが落ちます!」

私は握力も本当にない。昔、計測したとき8kgだった。さっきプレートを持てたのを考えると多少上がっているが、もう指先に力が入らない。危機感で手汗がどんどん出て滑っていく。

「ああぁ!!!」

無意味な雄叫びを上げながら、なんとかギリギリで2階までもった。あやうく階段からダンベルを転げ落とす人災を起こすところだった。なんてことをさせるんだ。

「はい降りて。……あとパワーグリップ付けてください」

まだやるの!?
今度は8kgのダンベルが置かれる。急いでグリップを付けようとするが手が震えて付けられない。

「ちょっと早めにつけて」

終了時間が(やっと)迫っているのだろう。焦った私は、あろうことか私は無言で手を差し出して木澤さんにグリップを渡した。一瞬、やらせんのかよコイツみたいな間があったが、付けてくれた。すみません、時間押すよりマシだと思って。あと口がもう動かなくて。

3回目はギアのおかげとかなり軽くなったおかげで、なんとか登れた。お疲れ様でした、と呆然の頭に声が響いた。その言葉を待っていました。

「あなたの場合は、“トレーニング”になると無駄に構えて出来なくなっちゃうから、こういう日常動作に負荷を加えてやるのが、本当は一番いいんですよね。エクステンションはまだ難しい」

なるほど。たしかにこれなら家でも米とか持ってできる。こうしてまたひとつ自主練の候補を増やして帰路についた。あまりの疲労に、帰る途中のコンビニで煙草三連で吸った。

こうして思い返してみると、木澤さんの引き出しの多さってすごい。経験値が高いから、どんな人に対しても色んな対処法が思いつくんだろう。この人に教わってよかった。これからもがんばろう。
家帰って最初に、手帳の来月の1日のページに、「ジュラシックアカデミー予約」と書いた。



脚トレ編おわり
#16につづく

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