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[映画感想文]|『THE REPORT』『バッドマン』対極に位置するような2作品

休みの度に映画を見せろとせがむ子供達以上に、私の映画鑑賞欲が強まっている。次は何を観ようかと探し続ける日々を送っているのだ。

THE REPORT

911直後、CIAが行った”尋問”の実態を暴こうと奮闘する若い調査官が、それを明るみに出すまいとする各方面からの圧力や謀略に苦悩する。実話を基にした映画。タイトルは「TORTURE」の部分が黒塗りされており、作中でも印象的なシーンである上にエンドクレジットにも同様の演出がカッコ良く使われている。

ニュース報道くらいは憶えているけれど、その中身や実態についてはほぼ何も知らない。という日本人は少なくないだろう。私もそのうちの1人であり、単純に好奇心から鑑賞を始めた。本作を鑑賞していなければ知ることがなかったであろう様々な情報に触れる興奮、正義の名の下に非人道的な行いを繰り返す組織への畏怖、狂気にも似た正義感と執着心で黙々と仕事を続ける人間への畏敬の念が押し寄せる。

このテの話はあくまでも映画として捉えることが大切だと思っているので、全てが真実とは限らない(全てが虚構であってもおかしくない)というのは前提になるが、何が本当かは結局のところ殆どの人間にはわからないのだ。

事実というものは人間の認識によって形を変えてしまうものであるから、誰も嘘を言っていないのに主張が食い違うということは我々の日常生活に於いても決して珍しくはない。勿論意図的な隠蔽はあっただろうし、自身の行いに疑問を抱いていた人間も存在しただろう。

しかし当時は紛れもなく戦争状態であり、戦争から長く経った日本を生きる我々には想像もつかないような混乱と恐怖に支配されていたのだろう。正義のため、防衛のためと本気で信じていた或いはそう考えるしかなかったのもまた事実であり、改めて戦争というものの恐ろしさを思い知らされる。

拷問の映像など幾つか登場はするものの、直接的な描写は避けられており、観ていて苦痛に感じることは殆どなかった。『悪魔の飽食』とは違う。加えて派手な演出や戦闘も無いので、そういう意味で平坦な映画と言えなくもない。ただ、全編に渡る緊張感に満ちた暗いトーンの映像は、かなり計算されたものに感じられたし、会話シーンは可能な限りテンポ良く(ただ早口でまくしたてるというだけではなく)纏められていた。説明過多にならないよう、きちんと説得力ある映像で描写される点もプラスに作用していたのではないか。何度も目にする廊下や踊り場の圧迫感・閉塞感は印象に残る。

そして何よりアダム・ドライバーの熱演ぶりは素晴らしい。特にCIAと話をした直後の反証シーンは本作随一の見せ場とも言える。観ているこちらも感情移入して、同じように怒りを覚えてしまう程の迫力だ。

そうした熱量と緊迫感によって退屈する間もなくエンディングへと突き進んでゆくわけだが、実話ベースであるからこその消化不良感を残して話は終わる。罰せられるべき人々は大手を振って贅沢な余生を楽しみ、責任を負うべき組織は何食わぬ顔で存続し、苦労の末に公開となった報告書の概要は、正義の国アメリカのイメージアップに使われて終わるのだ。その肩透かし感や不完全燃焼感がある意味で心地良い。一体ダニエルはどういう思いで退職したのだろうか。やり遂げた充足感や達成感よりも、虚無感や無力感が大きかっただろう。全てが馬鹿馬鹿しくなったのかも知れない。

とにかく真面目で疲れる映画ではあるし、制作の意図を考えれば諸手を挙げて称賛するのは気が引けるという感じもする。しかし胸を張って正義は自国にある、過ちを認めて反省できる凄い国であると言えること自体に、見習うべき点もあるのではないかと思わずにはいられない。それが本心であるかどうかはともかくとして。

果たして今の日本人が、どれだけ同じことをできるだろうか。少なくとも私にはできない。

バッドマン

『THE REPORT』が余りにも真面目だったので、翌日には頭を一切使わないで観られそうな映画を観たくなった。いっそ観ると頭が悪くなるくらいの映画を探していた。そして誠に失礼ながら、本作に辿り着いてしまった。

存在自体は以前から認識していたのだが、ショボいパロディ系だろうと思ってスルーし続けていた。しかしそれでも強烈に惹かれる何かがあったこと、上にも書いた通り何も考えたくなかったことが重なって、禁断の扉を開く運びとなったのだ。そういうわけなので私はほぼ何も期待しないで鑑賞を開始した。一切の思考を放棄し、投げやりな気持ちで、可能な限りだらしない格好で臨んだのである。

しかしどうだろう。意外や意外、実に真面目に作られた映画ではないか。内容こそ不真面目極まりないし、ジョークは悉く下品で面白くない。女子供がひどい目に遭う上にノートルダムは燃える。老人には厳しいし堂々と近親相姦である。今の世に存在していること自体が奇跡のような品の無さだ。

しかしパロディ自体はヒーロー映画への愛と情熱に満ちており、カメラワークから音楽まで妥協がない。そしてこういったパロディ映画にあるまじき迫力の戦闘シーンが目を引く。

タイトルの『バッドマン』は本作の中で撮影される映画のタイトルと同一であり、要するに作中作である。その設定もまた見事に活かされており、一見すると雑にバラ撒いているだけの伏線も丁寧に回収する抜け目のなさに驚かされる。繰り返し映るバッドスーツの後姿には、並々ならぬコダワリを感じる。

そのためどれだけ下らないジョークを連発されても、いや寧ろそういう作りであるからこそ目が離せなくなり、その先の極めて真面目に作られたパロディが笑えてしまうのだ。コレが全て計算して作られているのだとしたら、天才としか言いようがない。

特に私は「似ているけど微妙に違う系の音楽ネタ」に弱いので、アベンジャーズのテーマをムズムズする感じでパロった曲が流れると不覚にも鳥肌が立ってしまった(オープニングの時点で予想出来ていたにもかかわらず!)。こんなにも不本意な鳥肌があるだろうか。更にこの曲はただ使い回すだけでなく、シーン毎にきっちり雰囲気を合わせて作られているのだ。かと思えばピーター・クィルがノっていたアノ曲はそのまま使われていたりと油断ならない。

と、ここまで来たところで改めて強烈な違和感となるのがタイトルの『バッドマン』である。そう、本作のパロディは概ねMCU寄りであり、黒いマントの自警団要素はスーツとモービル、オマケ程度の執事くらいしかない。各種ガジェットは何となく雑に使い捨てられるだけだし、コウモリのシグナルは終盤で思い出したようにチラっと出て来るだけだ。何しろ思い切り銃を使うし、その構え方も身のこなしも実に見事である。

登場人物のほぼ全員がイカレており、どう考えても現実味はない。コミックの世界を実写でやっているという意味では、リアル志向っぽいMCU以上とはまた違った方向性の表現なのだが、実際には思い通りいかない戦闘や制作の舞台裏などはヘンに現実的だ。しかしそれらも不真面目なガワを被っているからこそ際立つものになっており、改めて計算し尽くされた作品なのではないかと思わされる。

更には意外とカッコ良く仕上がったバッドモービルを始めとした数々の自動車はどれも美しく撮られている。洗練された動きのアクションも相俟ってB級感が薄く、良い意味で裏切られた。

感想を書く程中身のある映画ではないかと思いきや意外と話はきちんと作ってある。とは言え、実際に観なければ面白さが伝わらない。という絶妙なバランスに仕上がった作品であり、結局色々考えさせられてしまったので当初の狙いとは少しズレてしまった点もまた誤算だった。

ラリった偽アイアンマンを始めとした痛烈な皮肉やブラックユーモアが随所に散りばめられており、恐らく気付いていない小ネタも残っているだろう。だからきっと今度は吹替版で観直すに違いない。

ネタ元の映画も改めて観直したくなる、良いパロディだった。

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