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限りなく深いブルー

前髪を作ったショートボブも気づいたら肩近くまで伸びていた。いかんせん年齢と共に髪の水分量が減り、パサパサに広がったそれのせいで頭が1.5倍くらいの大きさになっていた。
怪奇現象のお菊人形のように怖い。

これからの季節、わたしはタートルネックを着ることが断然多い。
硬い太い多いクセ毛の4大難の髪はショートヘアに救いを求めるしかない。
わたしには2つの美容室がある。
もちろんオーナーではなく、利用している客という立場で。
いつもの担当者は急に思い立って予約を入れようとすると大抵埋まっている。
そんな時、以前通っていたお店にSOSを出す。
担当はフリーであれば、時間は比較的選べる。


今回はカラーリング専門でやっていた女の子が担当することになった。
カットも出来ることになって、とうとう一人前のスタイリストになったんだね、おめでとうと祝うと、恥ずかしそうにお礼を言ってくれた。
スマホであらかじめ気に入ったヘアスタイルを見せる。辺見エミリ風にという要望を聞き、確認しながらカットを進めていく彼女に迷いはなかった。
スタイリングもばっちり決まり、嬉々として家路に着いた。


二日目、わたしは鏡の前で困惑を隠せなかった。どうにも決まらない。
耳にかけるとどうにか右側は誤魔化せるが、左側はさまにならない。
なぜだろうと原因を探る。
ここか、というかこれか。
耳たぶの下でカットされたサイドの髪が中途半端な厚みがあり、かつらのように斜めにぱつっと切り揃えられているからだとわかった。
美容室ではメガネも掛けていないので最終チェックの際、鏡を見てぼやけていても雰囲気でうなづいているツケがきたのだった。
これではチコちゃんではないか。
ぼーっと生きてんじゃねえよ。
あの声が聞こえてくる。

仕事が終わり家に帰ってきたわたしは真っ直ぐ洗面所に行き、気になっていた部分を引っ張ったり、耳にかけたり、いろいろやってみた。
だめだ。
どうやっても両サイドは中途半端に四角く飛び出してしまう。チコちゃんたらしめているのはこの部分なのだ。
もうカットするしかない。
梳きばさみはないので、普通のしかも切れ味の良くない工作用はさみで鏡を見ながら覚束ない手つきでカットしてみた。
案の定の出来映えである。


職場で営業達はちらっと見てすぐ目を伏せ、わたしの髪型について何も言わない。
ひとりだけ、あれ、髪の毛切りました?と尋ねてきた強者はいたが、切りましたよと答えるとそれ以上何も言わなかった。
短いのもいいですね、とか、そんな社交辞令すら皆無だ。
夜道を歩きながら、街頭に照らされアスファルトに伸びた自分の頭を凝視する。
頬の横にまだ厚みが残る中途半端な髪の毛が無情にもくっきりわかる。
切っても厚みが消えるわけではない。
ほんの少しマシになったというくらいだ。
その影を辿りながら歩いていると知らず知らず胸の内で唱えていた。


美川憲一美川憲一美川憲一美川憲一。
チコちゃんから美川憲一になっただけだった。

こうしてわたしは今、限りなく深いブルーの中にいる。



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