コロナ禍で生活困窮者への家賃補助と現金貸付が急増:独自入手した厚生労働省データを用いた検証

安藤道人(立教大学経済学部准教授)
大西連 (認定NPO法人もやい理事長)

■はじめに

新型コロナウイルスの影響で、世界的に経済・社会や日常生活に多大な影響が生じている。

日本でも、2月26日と27日に、総理大臣が大規模イベントの自粛や小中校の一斉休校を要請し、3月9日には「専門家会議」がいわゆる「3密」環境を避けるように提言し、経済・社会活動の縮小が始まった。

そして、4月7日には東京を含む7都府県に「緊急事態宣言」がだされ、16日にはそれが全国に拡大され、経済・社会活動の収縮が本格化した。外出自粛や休業・時短営業の要請など、まさに「コロナ禍」と呼ばれるように、経済活動は著しいダメージを受けた。

しかし、この経済活動へのダメージが、人々の生活にどのような影響を与えているのか、とくに低所得層や生活困窮者層にどのような影響を及ぼしているのか、その全容はまだよくわかっていない。

この記事では、厚生労働省から入手した困窮者支援制度に関する公開・非公開統計を用いて、全国レベルでみて、コロナ禍で生活困窮がどのような形で顕在化しているのかを検証する。

ここで扱う困窮者支援制度は、「生活保護」と「住居確保給付金」という2つの現金給付の制度と、「緊急小口資金」と「総合支援資金」という2つの貸付制度である。おそらく、生活保護以外は多くの人には馴染みのない制度であるため、その説明も簡単に行いたい。

結論から先に述べると、コロナ禍において、経済的困窮や制度の要件緩和の影響によって、住居確保給付金の給付と緊急小口資金・総合支援資金の特例貸付は、4月から7月にかけて急増した。

一方で、生活保護受給者数については、すくなくとも全国レベルでは大幅な増加は見られず、コロナ禍以前の減少傾向を維持している。

これらが何を意味するのかについては、最後に簡単に考察したい。

■コロナ禍の経済対策・生活支援

本題の統計データの検証に入る前に、コロナ禍での国の経済対策や生活支援について、簡単に説明しておこう。(このあたりの詳細な説明に興味のない方は、以下の「使用するデータについて」まで飛んで頂いてかまわない。)

コロナ禍においては、企業・労働者や個人・世帯に対して様々な支援策が打ち出されている。たとえば、下記の首相官邸のウェブサイトなどで、様々な支援策の紹介がされている。

「くらしとしごとの支援策」 

また国の予算という視点からみると、2019年度の2回の緊急対応策、そして2020年度の第一次・第二次補正予算と、4回に渡って予算が確保され、その合計額は約60兆円となっている。また、これらの予算以外にも、政府系金融機関や民間金融機関における融資などを含めると、さらに多くの規模の経済対策が実施されている。

コロナ禍における個人や世帯に対する直接的な生活支援としては、第一次補正予算における10万円の特別定額給付金が大きな注目を集めた。これは総額約13兆円という規模であり、第一次補正予算の半分近くを占める規模だった。

一方で、表1から明らかなように、第二次補正予算では、11兆6千億円の資金繰り対応の強化を中心に企業や労働者への支援は強化されたものの、個人・世帯への追加支援策は小規模にとどまった。

tab1_新型コロナ対策財政規模200913

もちろん、特別定額給付金以外に、国が個人・世帯への直接支援をやっていないかというと、そうではない。下記の厚生労働省の資料にリストアップされているように、特別定額給付金を含む、様々な給付金や貸付、そして税・社会保険料の猶予・免除などが実施されている。

「生活を支えるための支援のご案内」

その中でも、生活困窮者支援の領域においては、既存制度の要件緩和を中心とした対応が多い。これらの既存制度の要件緩和の多くは、厚労省から都道府県・市町村・社会福祉協議会などにだされる「事務連絡」や「通知」などとして、下記ページでみることができる。コロナ禍においては、実に多くの「事務連絡」がだされていることがわかる。

「社会福祉・雇用・労働に関する情報一覧(新型コロナウイルス感染症)」

■コロナ禍の生活保護制度

まず生活保護については、社会福祉施設での感染予防について通知した2月27日付の事務連絡「新型コロナウイルス感染防止等のための生活保護業務等における留意点について」に始まり、以降、多くの「事務連絡」がだされた。

そこでは、感染予防への取り組みや、迅速な保護決定をおこなうこと、住まいがない申請者の増加を見込んで安価な宿泊場所を確保することなど、各自治体に対して柔軟な取り組みを求めている。

なお生活保護は、いわば「最後のセーフティネット」であり、収入や資産が生活保護基準を下回らないと基本的には利用ができない制度である。生活保護基準は、年齢、世帯人数、住んでいる地域などによって決まるが、都内で単身だと生活費と住宅費(家賃分)を合わせて13万円弱ほどである。

生活保護の制度についての詳細はこちらをご参照されたい。

【新型コロナウイルス】いま知っておきたい「生活保護」(大西連) - Y!ニュース

ただし、コロナ禍における生活保護については、厚労省から様々な「事務連絡」等がでているものの、法律自体はコロナ前後で変わってはいないし、要件にも変化はない。

■コロナ禍の住居確保給付金と生活福祉資金貸付制度

一方で、生活困窮者自立支援法における住居確保給付金や、生活福祉資金貸付制度における緊急小口資金・総合支援資金については、大幅な要件緩和が実施された。要件緩和後のこれらの制度の仕組みについては、厚生労働省の下記のサイトでわかりやすく説明されている。

「収入が減少し生活に困窮する方へ」

住居確保給付金と生活福祉資金貸付制度については、なじみのない人も多いと思われるため、コロナ禍での要件緩和についてもう少し詳しく説明しよう。(興味のない人はこの節は読み飛ばしていただいてもかまわない)

第一に、住居確保給付金は、もともと離職者・廃業者を対象とした時限的な家賃補助の仕組みであり、原則3ヶ月(最大9ヶ月)、家賃相当額を自治体から家主に支給する制度である。

コロナ禍においては、「休業等により収入が減少し離職等と同程度の状況にある方」に対象を拡げたり、「ハローワークへの求職申し込みを不要とする」などの要件緩和が実現している。運用変更については、下記の事務連絡を参照してほしい。

「住居確保給付金 今回の改正に関する QA vol 6」

第二に、生活福祉資金貸付制度は、大きく緊急小口資金と総合支援資金に分かれ、前者は「緊急かつ一時的な生計の維持」のための10万円を上限とした無利子・無担保の貸付制度であり、後者は「生活再建までの間に必要な生活費用」のための月額15~20万円を上限とする原則3ヶ月の無利子・無担保の貸付制度であった。

これらの貸付制度は、コロナ禍では「特例貸付」として、「償還時において、なお所得の減少が続く住民税非課税世帯の償還を免除することができる」、「休業状態になくても収入の減少があれば対象となる」、「貸付金額を20万円に拡大(緊急小口資金)」、「償還期限を2年以内に延長(緊急小口資金)」、「貸付期間の3か月の延長についての条件付き承認」などの要件緩和が行われている。

これらの運用変更については、例えば、下記の「通知」などで説明されている。

「生活福祉資金貸付制度における緊急小口資金等の特例貸付の実施について」(2020年3月11日)

「生活福祉資金貸付制度における緊急小口資金等の特例貸付の運用に関する問答集(vol.11)」(2020年7月3日)

「総合支援資金の特例貸付における3ヶ月を超える貸付に関する対応について」(2020年7月2日)

■使用するデータについて

前置きが長くなったが、本題に入ろう。

これまで生活保護、住居確保給付金、緊急小口資金、総合支援資金の4つの制度におけるコロナ対応について簡単に説明してきた。しかし、これらの諸制度については、どの程度の申請件数や利用実績があるのか、生活保護を除いて詳細なデータが公開されていない。これまで、メディアでこれらの利用実績について報道されて話題になったものは、すべてメディアによる独自の調査結果であった。

そこで私たちは、生活保護については厚労省が毎月公表している「被保護者調査(月次)」を利用し、住居確保給付金と緊急小口資金・総合支援資金については国会議員事務所が厚生労働省より提供を受けた月次データを利用し、その推移をグラフ化して検証した。

具体的に提供されたのは、住居確保給付金に関しては、コロナ禍以前の2019年1月~3月およびコロナ禍の2020年4月~6月のデータである。残念ながら、2019年4月~2020年3月に関しては未集計とのことである。

一方、緊急小口資金と総合支援資金の貸付の提供データは、コロナ禍以前の2019年1月~2020年1月とコロナ禍の2020年3月25日~8月15日の決定件数・決定金額のデータであり(2020年2月~3月25日までは未集計とのこと)、コロナ禍の期間については申請件数のデータもある。ただしいずれも「速報値」であり、件数・金額は今後変動が生じる可能性がある。

なお、緊急小口資金・総合支援資金のコロナ禍以後のデータの集計区分は、3月25日~5月2日、5月3日~5月30日、5月31日~6月27日、6月28日~8月1日、8月2日~8月15日という、やや変則的な区分であった。これについては、それぞれを4月分、5月分、6月分、7月分、8月前半分とみなし、4月~7月分のデータを利用した。

本稿で使用したデータについては、下記サイトにグラフ等を公開しているほか、GitHubにデータや前処理・グラフ作成コード(計量分析ソフトRによる)を公開しているので参考にされたい。

ウェブサイト
GitHub

ソースおよびデータの説明として本記事リンクを明記して頂ければ、自由に利用して頂いて構わない。ただし、今後、修正等の可能性がある点に留意してほしい。

■生活保護の推移

最初に、「被保護者調査」の月次調査(速報版)を利用した生活保護の状況を見ていきたい。

画像6

図1には、2019年1月から2020年6月までの生活保護の世帯数・実人員を示している。意外に思われるかもしれないが、両者の趨勢はコロナ前から大きく変わっていない。つまり、現時点では、少なくとも全国レベルでみると、コロナの影響によって生活保護受給者が大幅に増えているという様子は見られない。

なお、コロナ前からの傾向としては、生活保護の世帯数に関しては、単身高齢者である生活保護利用者の増加により増減があるものの、生活保護の実人員(すなわち受給者数)は、現行制度化での過去最高を記録した2015年3月以降、減少傾向が続いている。

なお、都市別・都道府県別にみるとより多様な動向が観察できるが、そのような分析はまたの機会としたい。

追記:その後の検証で、世帯累計別に検証すると、「その他世帯」の生活保護受給世帯数は、コロナ禍以降に減少傾向から上昇傾向に転じていることがわかった.。

■住居確保給付金について

次に、住居確保給付金について見ていこう。

画像2

図2は、コロナ禍以前の2019年1月~3月およびコロナ禍以後の2020年4月~6月の住居確保給付金の申請件数、決定件数、支給額である。残念ながら、2019年4月から2020年3月までの統計は未集計とのことだが、コロナ禍前後の差がかなり大きいことは、この限られたデータでも一目瞭然である。

コロナ禍以前の2019年1月から3月にかけて、申請件数は全国で381件、387件、377件、決定件数は346件、377件、342件と、月ベースで400件に満たない申請・決定件数であった。都道府県によっては、申請や決定件数が0の月もあるほどであった。

しかし、2020年4月以降は急増し、4月から6月にかけては申請件数が全国で9,146件、43,628件と急増し、6月はやや減少して29,892件となった。同時期に決定件数は2,848件、24,961件、34,584件と伸び続けているのは、申請件数と決定件数のラグのためと考えられる。

また、図3には住居確保給付金の支給済額を掲載している。

画像3

コロナ禍以前の2019年1~3月までは、わずか月5500万円程度で推移していたが、2020年4月には約9,000万円、5月には約9.6億円、そして6月には約34億円と、申請件数や決定件数とはラグを伴う形で急増している。

ただし、生活保護の住宅扶助は、2018年度において5,962億円であり、月あたりに換算すると約497億円である(厚生労働省資料より)。それに比べると、住居確保給付金の給付水準は、2020年6月においても住宅扶助の7%程度にとどまっている。

■緊急小口資金・総合支援資金について 

最後に、緊急小口資金・総合支援資金の貸付水準をみてみよう。

画像4

図4には、両資金の貸付の申請件数・決定件数を示している。ただし申請件数はコロナ禍以後のデータのみである。図の右側の決定件数を見れば明らかなように、コロナ渦以前と比べると、コロナ禍以後の特例貸付の件数はけた違いに急増している。

例えば、緊急小口資金の決定件数をみると、2019年1月~2020月1月は一か月で400~700件程度で推移していた。しかし、2020年4月~7月の決定件数は127,881件、175,213件、172,580件、127,900件と10万件以上の高水準で推移している。ただし、申請件数・決定件数のピークは緊急事態宣言中の5月であり、6月、7月と減少傾向にある。

また、「生活再建までの生活費」として位置づけられている総合支援資金は、緊急小口資金以上にもともと利用が少なく、2019年1月~2020年1月のデータを見ると、全国での決定件数は一か月で20~30件程度で推移している。年間を通じて、決定件数がゼロ件の都道府県もあったくらいである。しかし、4月以降はけた違いに急増し、2020年4月~7月の全国での決定件数は、3,681件、37,460件、85,180件、115,540件と急激に伸び続けている。

緊急小口資金と総合支援資金を比べると、緊急小口資金のほうが申請・決定件数が多く、また5月にピークアウトしているのに対し、総合支援資金の申請・決定件数は2020年4月はまだ1万件にとどかない水準であるが、5月以降も増え続け、ともに12万件ちかくとなっている。これは、緊急小口資金だけでは立ち行かなくなった世帯が、追加的に総合支援資金の貸付を受けている結果かもしれない。

最後に、図5は緊急小口資金・総合支援資金の決定金額の推移を示している。

画像5

コロナ禍前の一か月あたりの全国合計値は、緊急小口資金でわずか3,100~5,700万円程度、総合支援資金は同わずか700万~1,200万円程度に過ぎなかった。しかし2020年4月から7月にかけて、緊急小口資金は、217億円、312億円、319億円、242億円、総合支援資金は20億円、198億円、445億円、632億円と急増している。

このように、緊急小口資金、総合支援資金ともに、これまで想定していなかった規模の申請・決定件数と決定金額となっている。

■まとめと提言

ここまで、生活保護、住居確保給付金、緊急小口資金・総合支援資金のコロナ渦前後の動向を全国集計データで検証した。ここで明らかになったことは以下のようにまとめられる。

・生活保護は、世帯数・実人員ともにコロナ禍前後で大きな趨勢の変化はない。
・住居確保給付金と緊急小口資金・総合支援資金は、コロナ禍後で急増し、コロナ禍以前と比較するとけた違いの件数・金額となっている。

ただし、これらはあくまで2020年6月、7月までの全国集計データから観察される傾向である。本記事では地域レベル・都道府県レベルの検証は行っておらず、また今後の動向がどうなるかはわからない。

今後、さらに分析を進める必要があるが、最後に現時点で検討すべき事柄を簡単に述べたい。

第一に、要件緩和によってアクセスが容易になったとはいえ、住居確保給付金や生活福祉資金(緊急小口資金・総合支援資金)は時限的措置である。例えば、住居確保給付金は現時点では最長9か月であり、2020年4月から給付を受けている人は年内に切れてしまう。また緊急小口資金は20万円が上限であり、総合支援資金も貸付期間は原則3か月である。

したがって、社会全体の経済状況や雇用情勢が好転しない限り、現在、これらの制度で生活を支えている人の多くが、生活を再建する前に制度利用の期間をこえてしまう可能性もある。

第二に、緊急小口資金と総合支援資金は給付ではなく貸付である。条件付きの償還免除などの規定はあるものの、中長期的に貸付対象の世帯の家計を圧迫する可能性が高い。

前者は最大20万円、後者も月最大20万円を3か月で合計60万円と比較的少額ではあるものの、償還期間を通じて家計に与える影響は無視できない。

第三に、住居確保給付金や緊急小口資金・総合支援資金は、生活保護制度の「手前」で、生活困窮者の生活を支えていると考えられる。したがって、コロナ禍の影響が長期化し、両制度の利用期限を超えてなお生活再建が立ち行かない人たちは、さらに民間の金融機関で借金を重ねたり、あらゆる手段を尽くして生活費を捻出したのちに、生活保護制度の利用につながる可能性も高い。

そして、住居確保給付金や生活福祉資金の4月以降の給付・貸付実績を見る限り、そのようなリスクに直面している人々の数はこれまで経験したことがないほどの膨大なものになっている可能性がある。

これらの状況を考えると、今後、下記のような対応が必要であると考える。

・生活保護について、その申請にあたってネックになることの多い「扶養義務」の特例的な緩和(扶養照会を一律に控えるなど)や、即座に現金化できない資産について(不動産、車など)の保有要件の緩和をおこなう。
・住居確保給付金について、最長9か月となっているところを無期限化する。
・緊急小口資金や総合支援資金について、「償還時において、なお所得の減少が続く住民税非課税世帯の償還を免除することができる」という免除要件をさらに緩和する。

これらの対応について、必要に応じて法改正等も含めて、検討していくべきである。

生活保護や住居確保給付金、緊急小口資金・総合支援資金の動向については、今後も動向をチェックしていきたいと考えている。また都道府県別のデータについても分析を進めていきたい。

参考文献
Ando, M., Furukawa, C., Nakata, D., & Sumiya, K. (2020). Fiscal Responses to the COVID-19 Crisis in Japan: The First Six Months. National Tax Journal, 73(3), 901-926.
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/20070005.html (プレプリント版)

以上

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