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「知らないよっ!笑」 -男子発言ノート40

アルバイト先の厨房担当の男子に、ただ気に入られたい一心で食器洗いを手伝っていた私は、水切りカゴがいっぱいになったところで完全に手が止まってしまった。

これは……ぬぅぅ。

「どうしたんですか?」

マズい! じっと一点を見つめたまま微動だにしなくなっていたのを男子に気づかれてしまった。

「いやぁ……もうグラス置くとこないなぁって思って」

そう「てへへ」な感じに取り繕うと、

「拭けばいいじゃないですか」

うっ。 

「だよね。はは! でも……もうちょっと頑張ればさ? このグラスの上に重ねられるかなぁ? って」

と、手に持ったままだったグラスを乗せようとすると、

「危ないから!」

と瞬時に制され、手を引っ込めた。
ひゅう。おっかねえ。

「へへ。やっぱそうだよね? でも私、あの……」
「?」
「洗った食器の水が切れていくのが好きなんだよね」

ダ カ ラ 、 ナ ニ ?

心の中でそう思う尺の間(ま)きっかりに、男子は静止して、それから、

「知らないよっ!笑」

と、どーでもいい自分語りを急に始めた女を一蹴した。正しい。
そうしてもう一度「知ーらーなーいよっ!」と念押しして、呆れたように笑った。

へへ。だよね。知らないよね、そんなこと。
「何うだうだ言ってんだ!?」って感じだよね。
「さっさとグラス拭いて、残ったグラスも片付けて?」だよね。
気に入ってくれなかったよね、こんな私のこと。ぐすん。

でも……でもさ……

知ってーーー!!!
「知らないよ」とか言わずに私のこと、ちったぁ知ってくれぇえ!!!

私が、洗った食器を布巾で拭くのが死ぬほどキライなことを。
そして、洗った食器の水が切れていくのが心底好きなことを。

水滴が。洗い上げられ、水切りカゴへと秩序よく重ねられてゆく食器たちから、水滴がすわーっと落ち、水が切れ、下受け皿に溜まったりだぁ、斜めに作られた下受け板からシンクに落ちていくだぁ、の様が大好きだ。

そして皿肌にまだ残った水分が、しだいに、いつの間にか、蒸発し乾いていくのもまた、大好きだ。

洗った食器は、水切りカゴの中で自然乾燥されたし!

それを…… 「布巾で拭く→食器棚に収納」という、世界的には正しくて美しいとされる行為により、寸断されてしまうのが息苦しくってならない。

よくホームパーティの後などに訪れるお片付けタイムで、誰かが布巾を持ちだしてお皿を拭き始めるじゃないですか。
余計なことを! と思いながら渋々加勢するのだけど、もうできることならいっそ、そこでおいとましたい。

だって、布巾で拭いたらさ、布巾の布繊維が皿に付きましょう?
なんかそれ……ヤじゃない? ヤじゃないの?

それに布巾ってば、お皿ちょっと何枚か拭いただけでじっとりと濡れてしまって、それ以降「もうソレ全然拭けてないじゃん」ってなりがちじゃない?
それでも、ポーズでしばらく拭き続けなくてはならない“濡れ布巾”の踏み絵地獄よ。

ってか、もう一枚布巾くれよう! って家主に思うんだけど、言い出せない。(人んちにお泊りすると、お風呂の時バスタオル一枚だけ貸してくれて、でもこっちとしては髪の毛拭く用の細長いタオルももう一枚貸してほしいんだけど、遠慮してなんか言えない。髪、全然乾かない……そんな感じ?)

そして、そもそも……その布巾、おキレイ?

手の皮脂や雑菌が少ーしずつ繊維に染み込んで、もう皿拭いてんだか、汚れこすり付けてんだか、分かんなくなりましょう?

ホコリが付き、半乾きなままで重ねて収納され、雑菌が繁殖……。

ねぇ、それってやる意味ある?
そしてまた、そのようなお皿をできれば次回使いたくない(使うならばすすいでから使う)と思ってしまうのは、身のほど知らずでしょうか?

それならば、かつてオーストラリアの青年が言っていた、
「食べ終わった皿? 洗わないヨ。次に使う時に洗えばいージャン。だって、洗いたての皿が一番清潔デショ?」
という豪快なオージー理論の方が納得いく、ってもの。

でもね……そう。どうしたって必ず最終的にぶち当たるのが、“水切りカゴパンパン問題”。

ならば、よし! そんな時には、空いている場所に布巾を敷いて、水切りスペースを増設してだな……とか、とか、とか。いろんなことを、様々、思いつつ……も、

「やめようよ、布巾でお皿拭くの!」

なんて世界の道理に反旗を翻したりはしない。大人だもの。臆病だもの。
ズボラ女子だと呆れられそうなんだもの。(実際ズボラなんだが)

だから、手が止まってしまっていて。
なんなら、このままこっそり逃げられないかと考えてて。
そうしたら見つかって。

……以上、そんなワケで、“洗った食器の水が切れていくのが好きなんだよね”。

と言ったところで……ねぇ?

こんな馬鹿げたこと言われても、男子はやはり「知らないよっ!」と一笑するだけだろう。

でも、それでいいと思う。

女子は皆んな、気のある男子にはじぶんのことを知ってもらいたい。
どんなスイーツが、アクセが、コスメが、犬が、めっちゃ可愛いと思っているか。

そして男子はいつも、そんな女子がメンドクサイ。
何言ってるかわかんない。意味わかんない。知らない。いや、俺は—(以下、論理的な正論)。

彼らのそんな反応には、今までいくらだって傷ついてきた。
けれど、さすがにもう、男女が分かり合える、分かってもらえる、なんて夢は見なくなったし、それが悲劇だとも思わなくなった。

それなら、それで、いい。からだ。
彼らの言動の中に、「知らないよ」の中に、トキメキを探せばいい。

ツッコんでくれただけでも愛があるよね! とか。
乱暴に「知らねーよ」じゃなくって、ちょっとだけ丁寧に「知らないよ」って言ってくれたの、ヤダ優しいっ! とか。(そこまで親しくないだけ、なんだけど。)

いくらでも妄想して深読みして(ミスリーディングして)、沸ける。

しかも、お気づきだろうか。
そもそもの会話を少しさかのぼると、まず「どうしたんですか?」と聞いてくれている。これって……めっちゃ素晴らしかったのでは?

だって、気にかけてもらえるって、嬉しいもの。
「どうした」からの「知らないよ」の流れ、一級河川である。名水百選に加えたい。

どうした〜知らないよ〜どうした〜知らないよ〜どうした〜知らないよ〜どうした〜知らないよ〜どうした〜知らないよ〜どうした〜知らないよ〜

あゝなんと、清き流れ。

薄手のビニール手袋じゃないかな?
今、私に必要なのは薄手のビニール手袋かもしれない。

“お皿拭けない派”の私が苦肉の策で考えたのが、汗・皮脂を通さない手袋をはめた状態なら皿が拭ける気がする、というもの。それならば布巾は、永遠に綺麗なまま! そこに、「お皿拭く派の人へ」を謳う速乾タイプの洗剤も併せるとなお良いだろう。

それならば次回また、厨房男子に、ただ、ただ、気に入られたい一心で、食器洗いを手伝って、今度こそ気に入られるかもしれない。



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