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タイ東北部スリン県・ブリラム県の失業ゾウのこと

タイには多くのゾウがいる。
人々とゾウのかかわりがどのようなもので、いかなる歴史を紡ぎ出してきたのかは、地域やエスニック集団ごとに大きく異なる。
例えば、林業に従事する南タイのゾウ、エレファント・キャンプで働く北タイのゾウ、観光地や故郷であるゾウの村で働く東北タイのゾウ、そして縮小する森林地帯で暮らす野生ゾウたち。それぞれがゾウ使いや近隣に暮らす住民などと多様な関係を築いている。

私が調査を行っているのは、東北部スリン県およびブリラム県の県境にある「ゾウの村」と呼ばれる地域だ。
従来「ゾウの村」と言えばタクラーン村のことであったが、現在はゾウの飼育地域の拡大や住民の近隣地域への移住などにより、クアイの人々とゾウが暮らすいくつかの村が「ゾウの村」と自称したり他称されたりしている。私はこうしたクアイの人々とゾウが暮らす地域を広義の「ゾウの村」と呼んでいる。

この「ゾウの村」に暮らすクアイの人々は、少なくとも数世代に渡ってゾウとともに生きて来た人々である。かつてゾウとともに王国間の戦争や支配を逃れて現在のスリン県及びブリラム県に辿り着いたとされる。

彼らは、自らのゾウとともに野生のゾウを捕獲し、訓練してきた。そのゾウを自ら飼育することもあれば、売買することもあった。だが、それが国家間の戦争や規制の厳格化などにより困難になるとともに、「ゾウの村」周辺の森林が外部者や外部から持ち込まれたプロジェクトによって伐採されたことで、ゾウの食糧の地域内での確保が大きな問題となった。

そのため、クアイの人々はゾウとともに国内外の観光施設に出稼ぎに出たり、季節労働者のように特定の季節にバンコクなどの都市部へゾウを連れて「街歩き」を行うようになった。

「街歩き」とは、バナナやサトウキビ、ゾウに関連する製品を売るためにゾウ使いとバンコクなどの都市部を練り歩くことを指す。こうしたゾウたちがコンクリートで足を傷つけたり、交通事故や渋滞を引き起こす事態が生じるとともに、国内外の動物愛護団体からの批判が高まったことを受け、社会問題化した。そして、ゾウを連れてバンコクへ入ることは、原則として禁止されることとなった。
しかし、バンコクを追われたゾウとゾウ使いたちには、生計を立て、十分な食糧を確保する手段がなかった。ゾウとゾウ使いたちにとって絶望的な状況だった。
こうした中で、ゾウとゾウ使いたちの出身地の一つであったスリン県でクアイの人々が立ち上がり、小さな観光施設を立ち上げた。その後、そこにタイ航空、スリン県や動物園機構などが入り、複数のプロジェクトが実施されることとなった。これがきっかけで、「ゾウの村」は徐々に観光地として知られるようになっていった。

スリン県内では、現在二つの大きなプロジェクトが行われている。そこに参加しているゾウは約280頭(2022年現在)。それに加えて、プロジェクトには参加していないものの、家庭で飼育されているゾウがおり、この地域では少なくとも300頭のゾウが生活してきた。

それ以外のこの地域出身のゾウやゾウ使いは、主に国内の観光地の観光施設での出稼ぎに出ていた。
しかし、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、こうした観光施設が廃業や一時閉鎖を余儀なくされ、多くのゾウが失業状態となった。こうした通称「失業ゾウ」が、現在少なくとも200頭ほど「ゾウの村」に戻って来ている。
コロナ禍で多くのゾウがスリン県やブリラム県で一時的もしくは長期に渡り暮らすこととなった。

しかし、ゾウの村では、元々いた約300頭のゾウが必要とする土地や食糧を確保することでさえ困難な状況があったため、新たに来たゾウたちを迎える上で、ゾウ舎の建設、食糧を自給するための土地もしくは食糧を購入するための資金の確保といった問題が浮上した。
また、北タイのエレファント・キャンプとは異なり、この地域では失業ゾウが各家庭で暮らしており、それを統括するネットワークもないため、失業ゾウの全体像が把握出来ていなかった。そのため、これまでにタイ国内の主に北部で活動しているNPOやボランティア団体による一時的な支援や、医療費の支援などが行われてきたものの、支援は全体に行き届かず、一部の失業ゾウは今も支援にアクセス出来ない状況にある。

そこで、私は現在、現地のコミュニティ及びプロジェクトのスタッフたちと共同で、この地域における失業ゾウの実態把握のための調査を行っている。

こうした困難な状況にある失業ゾウたちのために、この地域の人々とゾウと16年間の付き合いがあり、現在ここで研究を行っている私に出来ることはあるだろうかと日々考えていた。

そんな中、日本の友人や知人、SNSのフォロワーの方々などから、コロナ禍におけるタイのゾウの現状を知りたい、ゾウのために出来ることをしたいという声が私の元に届いた。こうした声を通じて、ゾウを支援したいと思ってくれている方々がいても、報道ではゾウの悲惨な状況に焦点が当てられて現地の実際の様子が伝わっていなかったり、支援をしたくてもスリン県やブリラム県のゾウに関しては支援を受ける窓口がほとんどないことに気付いた。
そこで、タイのゾウに対して支援を行なっているボランティアの方からの申し出をきっかけとして、調査と支援を行う運びとなった。

調査を通じて明らかになったのは、ゾウ使いたちがソーシャルメディアに活路を見出し、ライブ配信を通じてゾウと生きるために必要な費用を確保しようとしているということだった。
つまり、コンテンツを視聴して再生回数を増やしたり、ライブ配信で「投げ銭」や「スター」を送ることが、失業ゾウやゾウ使いへの支援になる。ライブ配信ではゾウ使いたちが失業ゾウのための寄付金も受け付けており、直接彼らの口座に送金することも出来る(送金はWiseで簡単に行うことが出来る)。

こうした調査の結果を踏まえて、失業ゾウとゾウの支援をしたいと思っている方々をつなぐことが出来たらと思い、失業ゾウたちのソーシャルメディアのチャンネルやページを紹介するとともに、ゾウの村での暮らしを発信するために以下のnoteを立ち上げた。

不定期で、失業ゾウたちのチャンネル等を紹介するとともに、ゾウの村のご近所さんであるオヤジと一緒にゾウの村での日常などを紹介していくことを計画している。
noteでの失業ゾウの紹介を通じて、記事を読んでくれた方々が出来る支援を出来る範囲でして頂けたら、私はとても嬉しい。

また、失業ゾウの中には、ソーシャルメディアへのアクセスのないゾウたちもいる。noteのサポート機能を通じてこうした本当に困難な状況にある失業ゾウたちの支援のための支援金も受け付けることにした。
支援金が一定額集まった段階で、失業ゾウの調査・支援チームで適切な支援を検討し、支援を実施後に詳細を報告していく予定。


※この記事の内容は、学術研究の一部であり、内容を直接もしくは間接引用する際は引用元(本記事)を明示してください。なお、研究・調査アイディアやデータの無断での使用は盗用とみなされます。




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