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タグを留めるな!

子供達を連れて買い物に出かけていた妻は帰ってくるなり私にコートを差し出した。

「ちょっとコレ見て」

と。 息子用のベンチコートである。

受け取って指差された部分を見ると、防犯タグが付いたままになっている。

「いい年してやるね……」

と言えば「そんなワケないでしょう」と真顔で返ってきた。

なんでも帰宅してからこの状態に気付いたらしく、お店に電話をすると、スタッフさんが取り忘れてしまったとの事。 しかし何のための防犯タグなの、店を出る時に鳴ったでしょと聞けばプンとも音はしなかったのだとか……。

店の方は「今から外しに伺います」と言ってくれているらしいがそれもかえって悪いので「コチラで取り外しても良いですか?」との交渉の末、私の目の前に防犯タグは現れたのだった。

ちなみに取り外す際万が一コート本体を破損してしまったら、新品と交換してくれると先方さんは言ってくれているらしいメチャ親切。

初めての経験だが、そんなヘマはしない自信はある。 コートは無傷なまま防犯タグを取り外すという人生初の試みはこうして幕を開けたのだった。

私は料理人であるがDIYおじさんでもある。 倉庫にはKTCのツールワゴンに入った工具が各種揃っている。 ハッキリ言って勝つ気しかしない。

店を出ても音すら鳴らさぬこの役立たずのプラスティックが我にどう太刀打ちできよう、粉々にしれくれるわフハハ、といざ解体に取り掛かったのだった。

よく見ると、当たり前だがカンタンに取り外せる位置にこのタグは付いていない、コートの生地と、白い品質表示ラベルタグとの境目に、無理に取り外そうものならコートが破れて使いものにならない場所にチャッカリ食い込んでいる。

まずはこのタグの構造を解析しなければならない。

ためつすがめつすると、タグは二枚の円盤がピタリと合わさりその中心を棒が貫いている事が分かった。 その棒は、僅か1ミリほどの境目から見ると直径0.3ミリのステンレス製である。

円盤の間に糸ノコを挿し入れて引き切ってやろうと勇んだがいざ合わせてみるとスキマに入らない。

となればニッパーでブッツリ切断するかとまず周辺のプラ製円盤をラジオペンチで破壊しはじめた。 コート本体にダメージを与えてはならないから作業は慎重を要した。 意外やこの円盤は固い。 ラジオペンチの細い口ではちょっと崩せそうにないので今度はラジオでないペンチを持ってきた。

グリップを両手で握りしめてこめかみに血管を浮き立たせながらめいいっぱい挟み込むも、少しヘコんだくらいでヤツはまだピンピンしている。

次第に腹が立ってきた。

次なる道具はボルトクリッパーである。 よく映画等でどこかの施設に忍び込む際金網や錠前なんかをパチンと切ってまんまと侵入しているアレである。

てこの原理を二度組み合わせたレバー比率により、小さな力をハンドルに加えるだけでも刃部では何十倍もの力となって対象を切断してしまうというスグレモノである。

「どうしてそんなものを自宅に備えているの?」

よく聞かれるが意味はない、単なる道具フェチなだけなのだがまさかこんな所で力を借りる事になるとは、カ・イ・カン。

クリッパーの口を大きく開き、円盤をもろとも挟みこみ静かにレバーを閉じていった。 するとかのタグは、あたかも飴細工であるかのようにモロくも崩壊しはじめた。

はじめからこれを使えばよかったのである。

まるでピザでも切り分けるかのように、タグの中心から放射状に切れ込みを入れていく。 そしてそのピザをつまみ上げてかじるかのように1ピースずつ切り取っては、タグの核心部へとかじり進んでいった。

見えた、コアである。

境目から確認した際よりも、実物はもうひとまわり径が太い。

このクリッパーなら楽に切断できるハズなのだが、とにかくコートがオジャンになったらこれまでの苦労が水の泡なので、今度はニッパーに持ち替えた。

芯を挟んでグッと力むも、さすが防犯仕様、カンタンに跳ね返してくる。

だがここで諦めるワケにはいかない。 傍らにはこの戦いを見守る妻子が居るのだからだ、アレ私ひとりだ(むこうで皆シフォンケーキを食べている)。

いわゆる人生はつまり孤独な一人旅である。

一旦水を入れる事にした。

ぬれせんべいをかじりながらお茶をススり、ぼんやりどうやれば切断できるだろうと考えていたら妙案が生まれた。

ニッパーのグリップにテープを巻いて固定し、それを万力でジリジリ圧していこうではないか。

「何で万力持ってんの?」だからフェチだとさっき言ったばか「パチン!」あっけなく芯は切断されると同時に円盤は口を開いて足元に転がった。

コートはノーダメージ、つまり勝利である。 この勝利は私だけの勝ちではない、これを読んでくれたあなたのビクトリーでもあるのだ。

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