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それなれば違法薬物を使っても仕方ない...とはならないよ!な話(覚醒剤取締法違反) 傍聴小景#38

傍聴をしていると大なり小なり、被告人の犯罪にいたる経緯に同情してしまうことがあります。ただ、同情はしますが、同じ状況なら自分も犯罪に手をかけてしまうかも、と思うことってのは、ほぼありません。絶対に無いとも言いませんが。
今回、当人に同情を誘う気があったかはわかりませんが、「いや、そう言われてもねぇ」と思ってしまった事例を紹介します。皆さんはどのように感じるでしょうか。

はじめに

罪名 :覚醒剤取締法違反
被告人:30代の男性
傍聴席:5名

私調べだと、裁判所で行われている事件で一番多いのが覚醒剤の事件(二位は窃盗)。数が多いので、その中でどうやって傍聴するのを選べばいいですか?と聞かれることもあるのですが、それは全く分かりようがないのです。一期一会と割り切って、目についた法廷に入りましょう。

事件の概要 -事案として目を引く点はあるか―

被告人は、自宅にて覚醒剤を0.3g所持をしていた疑い。
また、お寺の駐車場にて、覚醒剤を気化させ吸引した疑い。

特に覚醒剤の裁判で、事件内容を聞いただけで「おっ!?」となることはまずありません。聞くポイントとしては、どれくらい所持していたのか、どこで所持していたのか、どこで利用したのかくらいで、そこに差があることはまずないのです。
ただ、その中で今回特殊だなと思わなくもないのが、お寺の駐車場で利用したというところくらいでしょうか。ここからどう展開していくのでしょうか。

検察官が証拠として提出した資料や供述など

・被告人は23歳(約10年前)のときに初めて覚醒剤を使用している
・事件当時、交際相手と半同棲状態にあって、今回使用したのはその交際相手が所持していたもの
・交際相手は、違法薬物(詳細不明)で逮捕されるなどしており、保釈中の身だった

・交際相手に対し、薬物の売人の連絡先を消すように伝えたところ、その点で揉めた。交際相手はその後、自殺をした。
・交際相手が自殺をしたのは自分のせいではと思い、覚醒剤を利用して自身も死のうと思った

最後2項目の突然さ。えーっていう。
いろいろパニックにはなったんでしょうけど、なんで使ったのというのはよくわかりませんので、詳しくは関係者から直接話を聞きましょう。


証人尋問 -薬物を使う暇を与えない労働環境-

証人は被告人の元奥さん。今は被告人との間の子どもと、証人の両親と一緒に住んでいるんだそうです。

弁「証人のお仕事は」
証「経営者です」

弁「被告人は現在あなたのもとで働いているのですか」
証「そうです」

弁「被告人の普段の仕事はどのような予定なのでしょう」
証「朝6時に家を出て、夜は10時半くらいに帰ってきます。
  だいたい週6日ほど働いています

うーむ、なかなかブラックですね。今度は、この生活が苦しくて、変な気を起こさなければいいのですが。まぁ日ごろは奥さんの目が届く範囲でバリバリ働いているから再犯はしないという主張だと信じましょう。

弁「今回、どうして身元引受を」
証「子どもにとって、父親には違いありませんので」

弁「休みの日は被告人はどうしていますか」
証「家のことや、子どもの送り迎えなどをしてくれています」

弁「禁止薬物を使っている様子などは」
証「全くありません」

まぁそうでしょうな。あったら止めろよという話ですし。
裁判では時に、そう答えるしかないって質問をすることがありますが、この場で証明をしなければならないという意味では必要な作業です。
この予定調和感を楽しめるかというのも、裁判にハマるかどうかの重要なステップな気がします。

被告人質問 -自ら使う意思があったのか-

続いて被告人。覚醒剤使用の状況よりも聞きたい事がいくつかある気もしますが、それがどれだけクリアになるかも含めて聞いてみましょう。

弁「今回の逮捕の経緯を教えてください」
被「交際相手と喧嘩をして、
  電話の途中にその彼女が自殺して、
  その後覚醒剤を使用したことで捕まりました」

弁「その喧嘩の原因というのはなんなのですか」
被「彼女が覚醒剤を使用するのをやめるやめないという話で」

弁「あなたは止める立場だったのですね」
被「はい、そうです」

弁「喧嘩はどこでしていたのですか」
被「家でしていまして、ただ仕事でその後出まして。
  でも、こんなことになるなんて...」

思い出したように、ところどころ言葉に詰まる被告人。今でも辛い思い出として残っているのでしょう。
元奥さん兼、現上司の前で、前の彼女のことを思い出して泣いているという、なんともな状況でありますが、元奥さんはその辺りは割り切って付き合っているのでしょうか。

弁「その後、何があったのでしょうか」
被「ずっと精神が安定せず「死にたい」などと
  言ってて、急に電話をしているときに反応がなくなって...」

弁「それでどうしたのですか」
被「すぐ家に帰りました」

弁「するとどうなっていたのですか」
被「彼女が自殺していて...。
  ...すぐに、降ろして、心肺蘇生や、
  人工呼吸を行ったり、警察を呼んだりしたのですが...」

なんと自殺した彼女を発見したのは被告人だったのですね。それは特にショックな経験だったのでしょう。ましてや最後に顔を合わせたのは揉めたときで、電話で話している中から様子がおかしくてというのは後悔しきれないのでしょう。

弁「その後、どうしましたか」
被「警察に行って話をして、待合室で待たされている間に、
  外にタバコを吸おうと外出して、そのまま帰りました」
俺(え?なんで帰ったん?)

弁「そしてどうしました?」
被「彼女の両親とも話をして、
  なんだか彼女やその両親にもすごく申し訳ない
  気持ちでいっぱいになりました」

弁「そして、どうしました」
被「山へ行って、覚醒剤を使用しました

だから、そうはならんのよ!
彼女との出来事については、大変だったと思いますよ。でも、なんで覚醒剤使うことになるんだよ!途中の話をだいぶ端折ってる訳でなく、この流れなんですよ。

弁「どうして山へ行ったんですか」
被「いろいろあったので頭を整理したいなと思い」
俺(うん、それはわかるよ)

弁「それでどうしたんですか?」
被「覚醒剤を使って死のうと思いました」
俺(なぜ、覚醒剤を使って?

弁「なぜ、覚醒剤を使って?
俺(そうだそうだ
被「自暴自棄になってて、よく覚えていません」

そこは、なんでなんだよ。普段使ってない人は、その手段にそれを選ばないんだよ。
どうしても、被告人の最後の行動原理がよくわかりません。
弁護人としては、実際使ったのはもちろん悪いけど、なんとか事情を考慮して欲しいということで押し通したいようです。それは分かるんだけど、なんだか説明が足りていない気が。

続いては検察官。なんとかこのモヤモヤを晴らしていただきたい。

検「交際相手と出会ったのはいつ頃の話なんですか」
被「一年半くらい前です」

検「覚醒剤を使っているとはそのときは知らなかった」
被「はい」

検「令和4年1月にその交際相手の持ってた覚醒剤で
  あなたも取調べ
を受けていますね」
被「はい」

検「その取調で、令和3年6月から
  使っていたようだなどと言っていませんか?」
被「はい」

検「そこであなた、
  もう彼女と関わりを断つって言ってなかった?」
被「クスリを使う人とは言いましたが、
  彼女と特定して言った記憶はありません

苦しい、それは苦しいよぉ...。取り調べでは彼女との話のはずなんだから、いきなり第三者を持ち出しちゃダメだよ。
例えそうだとしても、少なくとも彼女はその後も使ってたのは知ってるんだから、関係を断つ対象だしなぁ。

検「彼女さんの精神状態はどのような状態だったのですか」
被「覚醒剤の影響などで、不安定なことが多かったです」

検「その様子などを知ってるのに、
  どうして自分で使おうと思ったんですか」
被「そのときは自暴自棄だったので覚えていません」

検「少なくとも、家に彼女が所持している覚醒剤を
  山に行くための車へ移動させている
よね。
  これはなぜ?」
被「そのときは自暴自棄になってたのでわかりません

検「覚醒剤を使おうと思ったんじゃないんですか?」
被「それは絶対にありません」

検「そのとき自暴自棄だったんでしょ?なんでわかるの
被「・・・」

綺麗なカウンターだねぇ(綺麗な花火を見るようなテンションで)
これ以上、検察官は問い詰めることはなかったですが、違法薬物に関する規範意識の低さを指摘して、懲役二年を求刑しました。判決は見ていないのでわかりません。

個人的に、最終的にどこまで覚醒剤の使用意思があったかは、状況も状況だけによくわからないと思っていますが、力説すればするほど「じゃあ、なんでよ」という疑問符がより強くなるという稀有な体験でした。

  お腹が空いた→食べ物を盗る
  むしゃくしゃした→何か物を壊す

善悪は抜きにして、これらは行動の流れとしてはわかるのですが(え?僕だけじゃないよね?)、やはり違法薬物については、使用経験者でないとその思考には一生たどり着かないんだと思います。
世の中、失敗に寛容になりつつありますが、この失敗に関しては何があってもしてはならないと改めて思う裁判でした。

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