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4年後を、20年後を視野に入れる/広瀬智央 みかんの旅&タイムカプセルプロジェクト

2024年の美術館初めは、長野県立美術館へ行った。北軽井沢へ通うようになってから群馬のお隣の長野県が身近になったということもあるし、何よりアーツ前橋の仕事で知り合った廣瀬智央さんの展示を今見てみたい気分だった(アーツ前橋の床一面がレモンの黄色で埋め尽くされた「地球はレモンのように青い」展を覚えている人は多いだろう)。

長野県立美術館は、初めての訪問だったがぴかぴかしていた。3年前にリニューアルされた建物は窓が大きく直線的で、常設作品の「霧の彫刻」は残念ながらメンテナンス中だったが、東山魁夷の青い森の白い馬の作品も見られたし、常設展も見た(正月効果もあり盛況だった「庵野秀明展」は見ず)。

廣瀬智央さんによる展示「みかんの旅」は、チケット購入をせずに誰もが見られる小さなスペースにあった。入口の外には瓶詰のみかんジュースがずらりと並び、それらはラベルが剥されていた。オレンジ、という色にも濃い色薄い色、こんなにバリエーションがあるのかと思わされる。見ているだけで甘酸っぱい。展示室内に入ると、みかんの香りに包まれた。奥に大きく垂れさがっているみかんと繊維から作られた紙から香るのだ(天然の果汁が定期的にかけられている様子)。その紙は触ることもできて、目を凝らすとみかんの皮の細かいものも見え、ざらざらしている。香りと手触り。

「みかんの旅」はアートプロジェクト<コモンズ農園>の経過発表でもあるようだ。この<コモンズ農園>というのは和歌山県で行われた「紀南アートウィーク2022 みかんマンダラ」展をきっかけとし発案されたアートプロジェクトで、みかんを生産することから始め、収穫されたみかんをアート作品の素材としても使う(!)。作品制作だけが目的ではなく、アーティストや現地の農家や様々な人々が関係できる場を作り、みかんや自然といった共有資源を守っていく。人中心で物事が進んでいく現代にあって、みかん中心で物事を考えてみようという世界観も面白い。

配布されている冊子を見ると、2028年以降のビジョンまでが記載されている。年表に添えられた「流動的に変化しながら」という一言も大切だ。(現時点から数えれば)4年後以降を視野に入れて、絶対こうなるではなく、人もみかんも物事も流動的に展開していく。柔らかいということは、信頼できることだと思った。

アーツ前橋では、新体制となった今も「のぞみの家プロジェクト」が継続している。これは、廣瀬さんと、アーティストの後藤朋美さんが市内の母子支援施設「のぞみの家」と関わり、イタリアに住む廣瀬さんとのぞみの家の子らが空の写真を交換し合う「空のプロジェクト」や、入れ替わりの多い施設にあって20年後にまた集まろうという機会を作る「タイムカプセルプロジェクト」等を行ってきた。僕は一度も現地へ行ってはいないが(夫の家庭内暴力等からの回復を図る母子支援施設は通常閉じた施設である)、アーツ前橋で度々行われた活動報告は見ていたし、昨年3月にリモートで行われた「空のプロジェクト・タイムカプセルプロジェクト 記念集刊行記念トーク」の編集を担当させていただいた縁もある。

空のプロジェクト・タイムカプセルプロジェクト 記念集刊行記念トーク
https://youtu.be/3a14vTPOUDE?si=UZvYL1hHX_lxBrPW

このトークを見ると、アーティストや学芸員がいかに丁寧に、時間をかけて施設の職員や利用者たちと協働を進めていったかがわかる。アート活動として対象を利用するのではなく、のぞみの家にとっても、好ましい人たちと接せれらる機会を持ったことは大きなことだったと思う(2035年にタイムカプセルを空けるという緩やかな約束があるので、離れ離れになる利用者とまた会えるのではないか、と職員の方たちが期待している様子はとても良い)。

廣瀬智央さんは、人間中心ではない視点から作品を作り、香りや手触りや時間を作品に取り込み、作品が出来て終わりではなく数年先、数十年先を視野に入れて活動を行っている。僕に真似ができることではないが、僕自身が自分中心で硬直し目先しか見られない今、それに触れたい気分だった。みかんの香りによって、少しは自分が拡張された気がした。

広瀬智央 みかんの旅は2/12(月・祝)まで
https://nagano.art.museum/exhibition/artlab_hirose

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