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自己決定

先日、NPOコクレオの森さん主催の『ミライの学校のつくりかた』第2回目に参加してきました。

2回目のテーマは『自己決定』

自己決定っていう視点でみると

学校も家庭も社会も

子どもたちが自己決定できる場面って

すっごく少ないことに改めて痛感しました。

『大人が決めること』『子どもが決めること』を題材に自分たちの生活の中で考えていきました。

わたしは学校現場でしか子どもたちと触れる機会がないので学校現場での『大人が決めれること』『子どもが決めれること』を探しました。

多くは『大人が決めれること』の中に『子どもが決めれること』が存在しているのが現状で、箕面子どもの森学園や、きのくに子どもの村のように、学校行事も修学旅行先も子どもたちが決めれるという決定権はない

まず、学校選びからすでに大人が決める世界

職場の先輩は「みんな遊び」というところに疑問を持っている方で、その方の視点も含めたら

子どもたちって休み時間さえも「みんなで遊ぶ」というルールがあり、時間割は決められている。授業内容も決められている、ましてや唯一自由な時間になるはずの休み時間でさえ「みんな遊び」というルールが設けられる。

わたしのいる学校には、子どもたちが決めれる『自己決定』という場面はとっても狭まれた枠の中でしかない

わたしが思いついたのは、例えば図書の時間だったら好きな本が読めるとか

図工だったら作るものは決められるがそこに書く絵柄は自由とか

他にもたくさんあるだろうけど

『自己決定』という視点で一度見てみると、いかに子どもが決めれる場面って少ないかを目の当たりにしました、、、

ディスカッション形式やったので、親としての視点や、子どもたちとのふれあいを職にしている方の視点も聞けたので学校現場だけに限らないということ

世の中でみると、子どもたちの自己決定できる場面って本当に限られてる

自己決定で何が育まれるかというと

自分で決めることが培われる

そうすることで自分で決めたことへの責任感がでてくるので、誰のせいにもできない

失敗したとき、そこで終わるのではなくて

じゃ次はどうしたらいいのかと考えるきっかけになる

それこそがわたしは『生きる力』やな!

と感じました。

そして、自己決定で大人がよくやりがちなことは

「こっちにしといた方がいいよ」

あとから「ほら、お母さんの言うとおりにしてた方がよかったでしょ」

などという言葉がけ。

これは、子どもたちの自己決定という場面を邪魔してしまう言葉になります。

でも大人って経験があるからこそ

その先どうなるかが読めてしまうから

つい言いがちやけど

そこはぐっと堪えて

子どもの選択したことを見守る

子どもに教えるだけではなくて

子どもと一緒に成長する

子どもっていろんなことを教えてくれる存在ですよね

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