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足りない自分に殺されかけた話

 こんにちは、岡まことです。

 今日は夜に札幌にて弾き語りのソロライブがあるので、このnoteを書き終えたら準備をはじめます。


 皆さんは時々、自分のいやな面を振り返って、
「どうしてこんな人間になってしまったんだろう」なんて思う事はありますか? 

 まっすぐに物事をとらえられない性格、すぐに他人と比較して自分にうんざりする弱さ、覚えたことをすぐ忘れて同じ失敗を繰り返す頭、そのくせ嫌なことはいつまでも忘れられない切り替えの下手さ...まぁこれは全部僕のことなんですけど。笑

 でも最近自分の中でこの「どうして」の性質が微妙に変化していることに気づきまして。

前までは
「どうして~」→「どうしてこのような~になってしまったのか。もう状況を良くする手段はないのに、死にたい...」
だったんですけど、

今は
「どうして~」→「どうしてこのような~になってしまったのか。まぁとりあえず状況を認めて具体的な改善方法を考えるか...」
といった感じです。

前者は
どうして→後悔・あきらめ・自責

後者は
どうして→後悔・自責→分析・改善

の流れになっています。

 おそらくこの流れの変化から考えられるのは、
自分に必要なのは、まさに今起きていることの分析と改善なのでは』ということが前より把握できるようになった」ということなのかもしれません。

 もちろん、がむしゃらに「自分はもっとできるはず...!」と思いながら自分自身を鼓舞して前へ進んでいける人は立派だと思うんですけど。

 僕のような自分をなかなかありのままに見つめられない人間は、どうしても追いつけない人たちと比較を始めたその日から、まるで自分の存在価値が突然世界から丸ごと消えてしまったような気分になるんですよね。それが毎日のように続いて、日々生産されるのは生まれたことへの後悔と自責の念ばかり。

 で、じゃあどうしてそんな僕が自分のエンジンの程度を把握できるようになったのかといえば、自分自身を受け入れ始めたからということなのかもしれません。人間心理学でいうアクセプタンスというものでしょうか。

 今でも度々思い出しては超ダサくて死にたくなることなんですけど、
「自分はもっとできる」と思ってたんですよ。
「本当はもっとコミュニケーションもうまくできて、たくさんの人に見てもらえる価値が自分にはあるんだ!」って疑ってなかったんですよね。
痛いどころの騒ぎではないですが。笑

 もちろん可能性を信じて邁進する気持ちは絶対に必要だと思いますし、僕自身も現在こうしていろいろな形でアウトプットして一人でも多くの方に知ってもらおうとしているわけなんですけども。

 前の自分は、そこに必要な考えや姿勢が一切足りてなかったわけです。
歌やさまざまなコンテンツを観てくれる人への感謝とか、悪いところも受け入れてくれる人たちへの謙虚さとか...

 要するに、足りない自分から逃げていたことに気づいたんですね。


 とはいえ、まだまだ「今日はダメだなぁ」って日も普通にありますし、
自分がやっていることに対する不安が無尽蔵に浮かぶ日もたくさんありますけど。そんな日は新しいことを学ぶために本を読むようにしています。
もしかしたらなにかひとつでも、いつか誰かの役に立てるかもしれないしなぁと。


 今日もどうにか自分自身ときちんと並走する形で生きたいと思います。


こちらがライブハウスで歌っているようすです。

今日はマイクなしでギターと声だけで表現します。
予約なしでふらっと入れて、スタッフさんもみんな優しいお店なので、
お近くの方はぜひー。


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岡まこと

ブロッコリーを冷凍のまま食べます。シンガーソングライター。「美術2」作者。有料マガジンが二つあり、それぞれエッセイと編曲したての曲を上げています。photo:知世

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