ツルでもガキでもわかる『太陽がいっぱい』の解説【決定版!】<vol.7>「ロストワンの号哭」
数学と理科は好きだけど、国語がどうもダメなええじゃろうだよ!
げほっ、げほっ…ワイは鶴や…げほっ…ツルヤナンボクや…げほっ…
おや、今日は病弱なワイだね。
大丈夫や、おかえもん…
さあ、vol.6の続き行こか。
じゃあ始めるよ。マルジュを船から降ろしたところからだね。
フィリップは、トムが自分の財産を奪おうとしていることを知る。他人の筆跡を真似ることが上手いトムは、なりすましが可能だとうそぶく。
自分が殺されるかもしれないことを薄々知りながら、なんでフィリップはそれを阻止しようとしなかったの?
逃げようと思えば出来たのに。
トムの大胆な企みに魅入られてしまった感じだったよね。でも彼はイエスだから当然と言えば当然。イエスも裏切られることをわかった上で、敢えて死地に向かった。
そんで運命の正午が…
『太陽がいっぱい』の原題は『Plein Soleil(照りつける太陽)』なんだけど、英語タイトルは『Purple Noon』って言うんだよね。直訳すると「紫の正午」なんだけど、紫ってのは神の色を意味してるんだ。イエスは処刑される前にピラトの館に連行され、紫の布を被せられた。それ以来、ヨーロッパで王の色といえば紫を指すことになる。日本でも紫は至高の色だね。
さて、フィリップはトムにナイフで刺されて死んでしまう。
実を言うと、これは…
フラ・アンジェリコの『受胎告知』で暗示されていたことだったんだ!
なぬ!?
『受胎告知』が「告知」しとったってことか?
そうなんだ。まあ、絵を見てみよう。
どうゆうこと?
左上に注目してみようか
な、なんや!?天使がカップルの男を刺そうとしとるやんけ!
あの天使もガブだ。
なぬ!?
あそこはエデンの園の入り口。ミルトンの『失楽園』によると、ガブは楽園の番人もしていたそうだ。そして刺されそうになってる男はアダム、連れはもちろんイヴだね。
映画の中で、トムは殺人をした後に必ず何かを食べる。フィリップを殺した後は、リンゴかナシみたいな果物だった。
絵の中の楽園にも果物がぎょうさんあるな。そうゆうことやったんか。
フィリップの死体と格闘するシーンも面白いよね。
それまで穏やかだった海が突然荒れだして、死体を包んだり投げ捨てるのに苦労する。
なんで急に大荒れになったんだろう?神様が怒ったから?
う~む、どうだろうね。神は全てをお見通しだから、そうかもしれないな。
表ストーリーのトムも、裏ストーリーのガブも隠蔽工作に必死だ。誰にも犯行を見られていないと思ってるからね。
そしてこのシーンもまた、聖書の有名な場面からの引用になっているんだ。それは旧約のヨナ書。というか、映画のラストシーンもこのヨナ書のエピソードの引用なんだけどね。
どんな話?
教えて、おかえもん!
紀元前7世紀頃、小国イスラエルの人々は超大国アッシリアの陰で怯えながら暮らしていた。そんなある日のこと、ユダヤの神ヤハウェはヨナという男にこう命令した。
神「ヨナよ、アッシリアの首都ニネヴェへ行け。奴等に言ってきてほしいことがある」
ヨナ「主の命とあらば、このヨナの命にかけても」
神「頼もしいな。ではこう伝えてくれ。『お前らマジむかつくんで、40日後に滅ぼしてやる』とな」
ヨナ「え…いや…それはちょっと…マズいのでは…」
神「わしに逆らうとどうなるかわかっておるだろうな。では、さらばじゃ」
相変わらずの無茶振りやな。外資系のボスは大変や。
ヨナは超焦った。だって当時のアッシリアって言ったら中東のジャイアンみたいな存在だ。のび太がジャイアンに向かって「ぎったぎたにしてやるから覚悟しとけよ!」って言うようなもんだからね。
で、どうしたの?ヨナさんは…
逃げた
ええっ~!
ニネヴェとは反対方向、地中海を船でイベリア半島を目指して逃げたんだ。そこまで行けば神の目も届かないと思ったんだね。
しかし穏やかだった海が突然大荒れとなる。船乗りたちは怪しんだ。きっとこの中の誰かのせいに違いないと。誰かが呪われてるに違いないと…。
ヨナ、大ピンチや!
そしてこんな展開となる…
船乗りA「空も海も恐ろしい程に黒く染ってしまった!誰かが神の怒りを買っているに違いない!このままでは沈没してしまう!おい、どうすんだよ!」
船乗りB「心当たりある者がいるはずだ!おい、誰なんだよ!」
船乗りA「よし、くじ引きで決めよう!当たった奴は己の罪を告白するんだ!」
ヨナ「こ、これ…当たりですか…?」
船乗りA「おお!そうだ!お前は何をした?どんな罪を犯した?」
ヨナ「じ、実は…僕にはヤハウェという神がおりまして…その神が僕に…」
船乗りB「ヤ、ヤハウェ!?切れたら超ヤバいことで有名な、あのヤハウェか?お前はヤハウェを裏切ったのか?」
ヨナ「そ、そうです…。隠していて申し訳ありませんでした…」
船乗りA「何も知らずこんな驕傲な奴を匿っていたとは…」
ヨナ「自分、責任取ります。死んでお詫びします。自分が海に身を投げれば、神の怒りも鎮まるでしょう。なにせ生贄には目の無いお方ですから…」
船乗りB「バカ野郎!なぜ死にたいなんて言うんだ!同じ船に乗る俺たちはバディなんだ!お前は一人じゃないんだよ!」
船乗りA「そうだな…よし、なんとか陸まで戻ろう。全員で生きて帰るんだ」
ヨナ「皆さん、ありがとう…」
おお!熱いドラマや!そんでどうなるん?
しかし彼らの船は、ヤハウェの嵐からは逃れられなかった…
船乗りB「なんて嵐だ…。どうすることもできない…」
船乗りA「うむ、やはり仕方がない。ヨナよ、我々のために死んでくれ」
ヨナ「……」
船乗りB「いちおう体を布でくるんで紐でぐるぐる巻きにしたほうがいいよな」
ヨナ「……」
船乗りA「急に死が怖くなって、泳いで逃げられたら俺たちが困るよな」
船乗りB「だよな」
ヨナ「駄洒落で僕の気を紛らわせようなんて素晴らしい心遣い、どうもありがとうございます…。でも大丈夫です。もう覚悟はできてますから…」
そして船乗りたちはヨナを持ち上げ、海に放り投げた…
あーっ!ヨナさん死んじゃう!
デヴィッド・カッパーフィールドでも脱出不可能や!
ヨナは荒れ狂う海に沈んだ…
しかしそこに巨大魚がやって来て、ヨナを飲み込んだんだ!
ぎょぎょぎょ!
そして3日後、ヨナは巨大魚によって海岸に吐き出された。
よかった!死ななかったんだね!
なんかイエスはんの復活の話に似とるな。みんなのための犠牲になって、三日後に蘇るって。
新約聖書は旧約のパクリというかリメイクだからね…
さて、一度は死んだ身のヨナは、もう何も恐れることはなくなった。超強気でニネヴェへ向かったんだ。
ジャイアン帝国のジャイアンシティーやで。
ヨナ、ふるぼっこやろ。
到着したヨナは、ジャイアンたちに向かって叫んだ。
ヨナ「ニネヴェの民たちよ、よく聞け!」
ジャイアンたち「なんだ、なんだ?」
ヨナ「君たちは”お前のものは俺のもの”と近隣諸国民をこれまで散々イジメてきたな!」
ジャイアンA「それがどうした、文句があるか?」
ヨナ「雨の横丁…じゃなくて、大有りだ!君たちは人間のクズだ!酒もあおるし女も泣かす!」
ジャイアンB「なんだと!それもこれもみんな地域の平和を守るためなんだぞ!ストレスフルなんだ、そういう仕事は!酒や女くらい大目に見ろ!悔しかったらお前らへブル人がやってみろってんだ!ケチで潔癖症のお前らには無理だろうけどな!今にみてみろ!俺様たちは世界一になってやる!世界一だ、わかってるのか?なんだその辛気臭い顔は?酒や!酒や!酒買うてこい!ただし、お前のカネでだ!」
ヨナ「…君たちは、我が神ヤハウェによって40日後に滅ぼされるであろう…」
ジャイアンB「な、なに…?へブル人のくせに生意気だ…」
ヨナ「ふふふ。怒ったかい?じゃあ気が済むまで僕を殴るがいいさ。その覚悟は出来ている。さあ、殴りたまえ!煮るなり焼くなり好きにするがいい!僕はここで死んで預言者となるのだ!歴史に名を遺すのだ!はっはっはっはっは!」
ジャイアンA「おい、みんな…ちょっと待て。こいつヤバいぞ」
ジャイアンB「うむ…話は本当かもしれん。いっちょ聞いとくか」
こうしてニネヴェの民は改心してジャイアンの心を捨てた。
ヨナさん、すごいよな!めでたしめでたし、じゃんか!
ふふふ。話はそんな単純ではないんだ。さて、ついに運命の40日後がやって来た。ヨナはニネヴェの町が見下ろせる高台で見物することにしたんだ…
ヨナ「わくわくするな。いよいよ予言が実現する日だぞ。いくら奴らが改心したところで、今までの非道の数々が許されるわけはないもんね。そもそも”悔い改めたら許す”なんて一言も言ってないんだから。バカだね、あいつら。さて我が神はどんな技で町をぎったぎたにしてくれるんだろう?やっぱり炎かな?それとも地割れかな?まさか雷の雨あられ?こんなショーを独り占めできるなんて、僕って超選ばれし者じゃん!」
だけど、待てども待てども町が滅ぼされる気配はない。
ヨナ「いったいこれはどうなってんだ?」
神「ヨナよ…」
ヨナ「あ、我が神!何をしてるんですか?早く奴等を滅ぼしてください!」
神「いや、やっぱやめようかなって思ってきた。奴等も心を入れ替えたし」
ヨナ「え!それじゃあ僕は偽預言者になってしまうじゃないですか!そんなの嫌だ!恥ずかしくて故郷に帰れない!僕はニネヴェが滅ぼされるまでここを動きませんよ!」
めんどくせーな、おい
ヨナは小っちゃな小屋を建てて待ち続けた。自分の預言が達成される瞬間を待ち続けるために。
しかしいくら待っても何も起こらない。やがて太陽がギラギラとヨナを照りつけてきた。小屋の中は灼熱地獄だ。周りにも日差しを遮るものが何も無かった。
ヨナ「せめて木の一本でもあればな…。涼しい木陰で休みたい…」
すると不思議なことに木が一本生えてきた。そしてヨナはそこで涼んだ。
ヨナ「ああ、気持ちいい…最高の気分だ…」
だけどそれも束の間、神が大量のイナゴを送り込んで、木を枯らしてしまった。ヨナはまた強い日差しに照りつけられた。喉は乾き、肌は焼け、意識も朦朧としてきた。瀕死のヨナはブチ切れて神に叫んだ。
ヨナ「おい!いつになったら僕を預言者にしてくれるんだ!」
神「だから言ったではないか。ニネヴェ殲滅はやめるかも、と。お前が勝手に残ったのだ。わしは知らん」
ヨナ「あなたにはガッカリしましたよ!これまで私たちへブル人は、あなたにどんな理不尽なことを要求されても従ってきました。なぜなら、あなたの言葉は絶対だったからです。あなたの言葉が全てだと聞かされ続けてきたからです。なのに何ですかこれは!?」
神「まあ落ち着け、ヨナよ…」
ヨナ「預言を伝えろって言ったのは誰なんだよ!滅ぼすって言ったくせに、どうすんだよ!」
神「……」
ヨナ「しかも僕が熱くて死にそうだったのに、あなたは木陰を奪いましたね!僕を預言者にするどころか、殺そうとしたんですよ、あなたは!なんて酷い人だ!」
神「なにを言う。巨大魚で助けてやったではないか」
ヨナ「てか、そんな状況に追い込んだのは、そもそもあなたでしょう!あなたはこれまで一方的な命令で僕らを縛ってきましたよね!?あなたは”契約”とか言ってますが、これはまったくの押し付けですよ!」
神「……」
ヨナ「この石板の文字が読めますか?全部あなたの言葉ですよね?今の僕の心象が読めますか?あなたに植え付けられた精神的束縛という首輪、外してもいいですか?」
神「……」
ヨナ「僕の夢をドブに捨てたのは、おい、誰なんだよ!?いつになったら預言者になれるんですか!?そもそも預言者とは一体全体何ですか!?」
神「……」
ヨナ「どなたに伺えばいいんですか!?おい、どうすんだよ!?もうどうだっていいや!」
神「もう気は済んだか?」
ヨナ「へ?」
神「言いたいことは済んだか、と聞いておるのだ」
ヨナ「あ、ああ…」
神「では言わせてもらう。お前は、たった一本の木を惜しんだ。それを奪われたことで我を忘れた」
ヨナ「……」
神「ではなぜ私がニネヴェの12万の民の命を惜しんだことを非難できようか?できぬよな?」
ヨナ「……」
神「そうだよな?」
ヨナ「す、す、すみませんでしたっ!」
こうしてヨナは神の忠実な僕となったそうだ。
めでたしめでたし!
しかし、ヨナが神さんを待っとるシーン、なんか見覚えがあるな。
映画のラストシーンだ。
日差しの熱さと不安で少し気分が悪くなってるけど強がってみせるトム・リプリーには、ヨナが入ってるね。
なるほどな。
さて、フィリップの死体を海に捨てたトムは、先に帰ったマルジュのもとへ向かう。ここから財産乗っ取り計画が本格的にスタートするんだ
今日もすごい深い話だったな。剣を片手に楽園から追い出すガブさんとか、海に捨てられるヨナさんとか、これって全部ほんとのことなの?おかえもんの作り話とかじゃなくて?
ノーフィクションや
続く…
inspired by『ロストワンの号哭』Neru
つづく
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